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さじを投げる

「さじを投げる」という言葉があります。
この「さじ」というのは、昔、薬を調合する際に使っていた道具のことで、「前途の見込みがないとして物事を断念する」という意味だそうです。
「さじ」のあとに「投げる」という言葉を使うのは、おもしろいと思います。

「ボールを投げる」と聞くと、その行為が頭に浮かびますが、「さじを投げる」と聞くと、どのような気持ちだったのかが頭に浮かびます。
頭に思い浮かべるのは、その方が、状況がよくわかるからでしょう。

僕もそうでした。
年齢と共に会話の内容がわかるようになるにつれ、状況を想像するようになりました。そして、よく聞いていても、話の流れとして、つじつまが合わない言葉があることに気づいていったのです。

それまでの経験から、自分だけがおかしいと感じている場合、間違っているのは、おそらく僕の方だということも学んでいました。
だからといって、わからない言葉の使い方について、そのひとつひとつを周りの人に聞いていたわけではありません。

僕にとっては疑問というより、頭の隅に引っかかった「もやもや」みたいな感じで、「あれっ」「何だか変だな」という程度だったからだと思います。

もう一度、同じ言葉が出て来た時に、前回その言葉を使った場面が、頭の中に蘇って来ることがあります。
無意識のうちに、言葉の使い方の共通点を探していたのかもしれません。
そんなことの繰り返しの中で、学んだ言葉も多いような気がします。

気になっていた言葉の使い方がわかると、「もやもや」がひとつ減って、「そうだったのか」とすっきりします。自分でも使ってみたくなります。初めて買ってもらったおもちゃで遊ぶのような気持ちに近いのだと思います。

僕はテレビもよく見ますし、ラジオも聞きます。ゲームは出来ないのでしません。

家族はみんなお喋りなので、いつも好き勝手に話しています。家の中で静かな時間というのは、ほとんどありません。

ちょっとにぎやか過ぎると思うこともありますが、家族も僕のことをいつも「うるさい」と思っているみたいなので、お互い様なのでしょう。



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作家。著書「自閉症の僕が跳びはねる理由」「自閉症の僕が跳びはねる理由2」「跳びはねる思考」最新刊「世界は思考で変えられる自閉症の僕が見つけた「いつもの景色」が輝く43の視点」が発売中です。 東田直樹オフィシャルサイト https://naoki-higashida.jp/
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