『君と明日の約束を』 連載小説 第五十七話 檜垣涼
檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いている京都の大学生。
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毎日一話分ずつ、長編恋愛小説の連載を投稿しています。
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日織の母親も、僕に対して非難したい気持ちがあることは彼女の目を見ていたらわかる。だったらなんでその言葉が出てくる。
「いつも日織が嬉しそうにあなたのことを話すの。こんな子だけど、これからも一緒に遊んであげてね」
「あ……」
そして彼女は、僕の返事を聞くことなく、日織に「お母さん一度帰って着替えとってくるから」と言って病室を後にした。
耳には、心臓が血液を運ぶ、でも無機質な音しか聞こえなかった。
日織の母親が帰った後、彼女は緊張が解けたように僕に笑顔を見せた。それは何か別の感情を悟られまいとごまかしているようにも見えた。
「明日に一度退院して、また五日後くらいに手術の準備のための入院に入るの」
彼女は感情のこもっていないアナウンスのようにそう言うと、彼女は大げさににっこり笑う。
僕は、やっと忘れていた言葉を口に出した。
「……そんなにすぐ」
「もともとそういう予定だったってだけだから、仕方ない」
そして、すぐに人懐っこい声に変わって。
「だから、水族館。約束通り行こう」
「なんで」
彼女は瞬きしながら続ける。
「行こうよ、手術前に。私も早く行って書きたいし、少しは運動もしたほうがいいらしいし。それに入院してる間に書きたいでしょ。そのための勉強なんだから書く前に行っとかないと意味ない」
でもそうやって僕と何度も会って、モチベーションになって夢中になったせいで彼女の体力がなくなってしまったのだ。
「だめだ、行けない」
「なんで」
彼女は予想以上に食い下がる。
「また無理することになってしまうから」
「大丈夫だって。それまでの部分はもうほとんど書いちゃったし、むしろ入院中暇で死んじゃう」
涼しい顔で死んじゃう、とか言う彼女にイラっとした。本当に彼女に対しての苛立ちなのかはよく分からなかった。
感情を制御できていなかった。
「手術終わって治ってからでいい」
さっきの日織の母親の表情が脳内に残酷にこびり付いて離れない。
「そんな約束したまま手術って、死ぬフラグみたい」
息が止まる。彼女が無理して行こうとしている事に意味を持たせて考えてしまっていたせいで、彼女のその言葉が、僕の中の不安定な部分を心の内側に引っ張った。
「死なないんじゃないのかよ」
彼女も自身の失言にはっとしたのか、すぐに目を伏せる。
ーー第五十八話につづく
【2019年】恋愛小説、青春小説
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