『君と明日の約束を』 連載小説 第五十六話 檜垣涼
檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いている京都の大学生。
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「大丈夫だよ。経過観察しながら、手術できるタイミングまで待ってただけなんだから。だから心配しないで」
その時、僕の背後の扉が開かれる音が耳に入った。
「日織……あら?」
振り向くと、疲弊した表情を浮かべる女性が立っていた。
整った目鼻立ちに、彼女が日織の母親なのだと確信する。
疲れ切った表情には、見覚えがあった。
父が入院した時の母の顔と同じ。
「日織のお友達?」
日織の表情が少し強張った気がした。
「もしかして、小坂くん?」
冷たい声が病室に響く。
「お母さん」
日織が慌てたように話に入ろうとする。彼女のその焦った様子で気づく。
おそらく日織の母親は僕のことを知っているのだろう。それで僕のことをよく思っていない。そのことも日織は分かっているのだろう。だから今の反応。そりゃそうだ。実の娘を振り回している赤の他人なのだから。
当然だ。だからしっかりと日織の母親を見て、
「はい。小坂満です」
淡々と答えた。
僕の回答を聞いた途端、彼女の目の奥に揺らぎが映った気がした。それはふつふつと奥から湧き上がる嫌厭のようなものだと理解した。
何かを口に出そうとして、首を振る。
僕は覚悟した。詰られることを。
彼女は何か葛藤しているように見えた。
視界の端でそんな彼女の様子を日織が心配そうに見つめているのが分かった。
深呼吸ともため息ともつかない深い息を吐き、彼女はゆっくり目を開けて僕を見据えた。
「……日織と」
彼女が何かを噛み殺したような表情でポツリと声を漏らす。
「日織と、いつも仲良くしてくれてありがとうね」
音が、止まったように感じた。周りを囲むすべてのものから自分の聴覚だけが離されてしまったような。
目をそらすことはなかったけれど、言葉が、出てこなかった。声の出し方を忘れたみたいに、彼女のいろんな感情の混ざった表情を見ていた。
どうして。どうしてそんな言葉が出てくるんだ。
彼女はそんなこと思ってないはずだ。
人は何かがあった時怒りをぶつけなければならない。実際にその現場を見たこともある。それもほとんど同じ状況で。
父親が亡くなった時、母は病院の医師に対し、汚れた言葉を漏らした。普段から我慢強い母が。
ーー第五十七話につづく
【2019年】恋愛小説、青春小説
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