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旭製作所の歩み

勢いで始めて、2度目の投稿です。
今回は弊社、旭製作所の歴史ついて少しお話させていただければと存じます。

今から45年以上前、祖父は旭製作所を個人事業主として開業しました。
その当時、祖父はある大手企業に勤めていましたが、副業として始めたのが旭製作所。
最近は副業が少しづつ浸透してきましたが、その当時副業を始めるということは、今考えるとすごいですね。。
同じ職場で働いていた祖母に退職してもらい、旭製作所の代表者なってもらったとのこと。
すこし強引(笑)

じいちゃん写真2

そして立ち上げた旭製作所は、主に個人住宅やレストランの流し台(シンク)を制作していたらしいです。(その当時はドル売上。沖縄の歴史ですね~)

私の父(2代目)、そして父の兄も学生時代から家業の手伝いを始め、ホテルや学校の流し台(シンク)や作業台を制作し、少しづつ大きくなっていったとのこと(父曰く、強引に働かされていたらしいです(笑)昭和ですね。)

そして徐々に従業員も増え、パチンコ店のステンレスドアやドア枠、そしてステンレスの手すり制作などステンレス加工に特化し事業をすこしづつ拡大していきました。

従業員みんなの頑張りもあり、平成8年12月18日に法人化し現旭製作所が誕生しました。

一部事業実績をご紹介します。

名護パイナップル園:ワインバー内装 金物パイナップルオブジェ
琉球新報本社:外壁アルミパネル
NISSAN豊崎店:外壁アルミパネル
ウミカジテラス:店舗内装金物
那覇空港:ステンレスフロント、ANAラウンジ内金物
美ら海水族館:ジンベイザメシルエットパネル
沖縄県平和祈念資料館:展示内金物
T ギャラリア 沖縄 by DFS:コルトンボックス
パシフィックホテル沖縄:回転自動ドア
名護道の駅:ステンレス手すり   (実績一部)

現在はステンレスだけではなく金属金物加工全般をカバーし、日々ものづくりをしています。

写真3

2015年9月に祖母、2020年12月に祖父(先代)は他界しましたが、これからも私たちで旭製作所を守っていきます。

次回はもう少し詳しく工場について、お話させていただければと思います。

つづく



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