「小世界大戦」の【記録】 Season1-4
*注)物語の設定時代背景が「昭和末期」の学校であるので、現在においては一部不適切(職員室の喫煙、体罰、上司のパワハラ、現在では差別用語ととられる表現)と感じられる表現が、演出上混じることを、ご容赦くださいますようお願いいたします。また、制度その他の呼称も当時の表現です。
「ネクタイしていると、ツッパリに胸ぐらつかまれやすいからだよ。」
近くにいた、やせた貧相な風体の教師がそう言った。
たしか、金山という数学の教師だった。
剣道の有段者だという。
見た目は老けて見えたが、まだ20代だと本人は威張った。
「といっても、今年大台に乗るんだけどね。
前の学校でも、普段はネクタイすんなって言われたよ。
堂々とネクタイしていける学校に行けるといいんだけどねぇ。」
吾郎は妙なところで納得した。
・・・この学校は、本当にまだ「荒れてる」んだな・・・
ほどなくして、鶴澤教頭が入ってきた。
「皆さん、お待たせしました、
職員室での着任式を行いますので、ご移動ください。
あと、お渡ししてある封筒の中に、
職員室の配置と机、ロッカーの位置、
教科担当時数と校務分掌、学年団が書いておりますので、
各自ご確認ください。」
と、一気にまくし立てた。
ミドルトーンの聞きやすい声ではあったが、
何しろ早口だった。
「なぁ・・、わかったか・・?」
満仲はこっそり聞いてきた。
「・・書類を見ろって事だろ。」
「あ、そうか・・。」
新・転任教員たちは、鶴澤教頭のあとを
カルガモの親子の行列のようにとことこ付いていった。
歩きながら吾郎はちょっとした違和感を感じていた。
トイレの戸がないのだ。
男子トイレも女子トイレも廊下から丸見えであった。
吾郎が不審がっていると、金山がにやりと微笑んだ
「ここも例外ないなぁ・・。
荒れてる学年の階は、もっと悲惨だろうな。」
「・・え?・・。」
驚く吾郎に対し、金山は
「まぁ、まもなくわかるって・・。」
とだけ言った。
「ここが職員室です。順番にお入りください」
吾郎は唖然とした
・・・狭い・・・それに、ものすごいたばこの煙だ。・・・
しかも向こう側は、たった今工事が終わったような雰囲気で、
荷物の移動の途中なのか、何かと雑然としていたが、
机だけはずらっと島のように並べられていた。
何人かの教員はくわえたばこでこちらを一瞥して、作業をしていた。
「転任、新任の先生方を紹介します。ご注目ください。」
鶴澤教頭がよく通る声でそう言うと、
作業中だった教員たちが一斉にこっちを向いた。
目の前に財前の姿が見えた。
目が合うと彼は微笑んで、すっと指を立てた。
吾郎たちは、廊下側の壁側にずらりと並んだ管理職席、
通称「ひな壇」の前にずらっと並んだ。
見ると壮観な数だ。
小さな学校だと一校分の職員の人数だが、
この学校だとほんの二割程度の数だ。
なんだかんだで自己紹介も終わり、吾郎は自分の席に着いた。
あてがわれたのは古い木製の机だった。
教員数の急増に、市の予算が付いていかないのだそうだ。
工事で拡張したためか、普通よりは広い職員室なのだろうが、
そこに80人近くがひしめくとなると、
さすがに手狭な印象はぬぐえない。
吾郎の分掌は2学年副担任、
生徒指導部で5学級4時間単位で20時間の授業持ちコマだった。
週あたりの総時数が30時間だから
延べると毎日平均2時間の空き時間はある計算だ。
学級担任を持たない教員としては、ほぼ平均だと言える。
だが、これでもこの学年の3分の1強の教科担当でしかない。
したがって、同じ社会科の教員は学年で3人いることになるが、
学級担任も混じるので、学年をまたがって担当しなければ、
担当時数に偏りがでるのだ。
そのため、吾郎は2年生の他に
1年生を2クラス担当することになっていた。
そこまでは、前年度の「新年度人事企画委員会」
という幹部的な教員の会議で、
そのガイドラインがすでに決められていた。
「今日の業務日程について、黒板に書いておきましたので、
各主任の先生は、これに沿って、諸会議を行ってください。
場所割り当ては、私の方でしておきました、
よろしくお願いします。」
教務主任だという平山先生は、40くらいの女性教員だった。
バリバリと指示する姿は教員と言うより、
なんとなく「官僚」というような雰囲気だった。
その時、廊下の方から
ヴォンヴォン・・パラララパラララ・・
というけたたましい音がした。
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