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「はるか」を・・繋ぐ・・α(alpha)

はるか、誕生

 咲の退院の時期が遅れていた。
 僕は、最近職場から直接病院に立ち寄って、それから帰る生活が続いていた。
 産まれてきた我が娘「はるか」は、日を追うごとに顔立ちがはっきりしだしてきた。考えれば、不思議な感覚だった。まるで恋人に逢いに行くような感覚に似ていた。

娘に逢うのはこういうものなのかも知れない)
 
 僕は、そのいい知れない感覚に酔っていた。

 今日も、僕はいつもの日課のように、咲の入院する病院に向かっていた。髪を三つ編みにした咲は、まるで女子高生の頃に戻ったかのようなあどけない顔と、はるかを見つめる母親の深い表情とが複雑に入り交じった、神々しさを覚えるくらいの雰囲気で僕を迎えていた。

「お帰りなさい、毎日大変だね・・。」
「今日は元気そうだな・・。」

咲は不服そうな顔で、僕に文句を言い始めた。
「こうさくぅ、聞いて、また検査だって・・・。」
「あ・・、じゃ、また退院が延びるのかな・・。」

咲は溜息をつきながら、僕を見つめた。
「そうみたいだよ・・。」
「ははは・・、大事をとってるんだよ。」
「そうかなぁ・・。」
「そうだよ、大丈夫、顔色もいいし、心配ないって。」

 隣ではるかが何も憂いのない表情で眠っていた。赤ん坊とは不思議なもので、こうして眠ってる間、時々大きな声でけらけらと笑う。
「・・・時々笑うんだ・・・、この子。」
「かわいいよな・・。」
「・・うん・・。」


 僕は明かりの消えている部屋に戻った。僕はわびしい思いで電気をつけた。考えれば、咲と結婚する前は至極当然な事だったのだ。
 しかし、僕はいつしか帰ってきたときに部屋が明るく、咲が僕を待っている生活に慣れてしまったのだろうと思っていた。そして、ふと気づいた。

(本来無一物なのにな・・・。)

 僕は自分で自分を嘲笑った。咲という、また、はるかという失いたくないものが僕には新しく加わったのだという感傷を持った。しかし、同時に僕自身が生きる証のような気もしていた。

(僕は、咲やはるかを守るために生きているのかも知れない)

 そんな実感がわいていた。だから、飛鳥を守り、浦上一家を守り、僕につながるすべてを守り、僕たちの安全を保障するシステムを守り・・・。という結論が出るのだった。それは何なのか。僕は深く考えるようになっていた。
 守るべきもののためには、自らの命を天命と思う。という言葉をはけば、僕の周りの人々は「右傾化している」という言葉を平気ではいていた。僕はいつもそれに違和感を隠せないでいた。
 それなら、彼らはなにに命を懸けるのかという問いには、彼らはなにも答えることはなかった。
 強いて言えば、「革命に命を懸ける」という言葉が返ってきた。ならば、なにに対する革命なのか僕にはそれが不可解に思えていたし、強い違和感を覚えていた。

「弱者のために」

 という言葉も彼らは言うが、自分がどこか高見にいて物事を言っているような怪しげな偽善が漂うのを僕はずっと感じていた。自分がその境遇に陥る覚悟もなくただ偉そうに活動に酔う姿に嫌悪感すら覚えていた。

部屋の電話が鳴った。咲からだった。

<来週・・、退院だって。>
「・・そうか・・、よかった。」
<うん、はるかと今度三人だね。>


 咲の退院の日が来た。僕はそわそわする気持ちを抑えながら咲の病院に向かった。

  咲ははるかを胸に抱いた姿で病院の待合室にいた。咲だけでなく、飛鳥、義母も一緒だった。

「お義兄さん、おそーい。」
飛鳥が口をとがらせた。咲はくすくす笑いながら
「ベッドが一杯なんで、追い出されちゃった。」
「・・・っとにぃ!」
飛鳥は僕をむすっとした顔で睨みながら、威張るような仕草で腰に手を当てた。
「ははは、ごめん、遅刻だったな・・。」
「気にしないでいいのよ、耕作さん。そんなに待っていた訳じゃないから。」

 義母は苦笑しながらそう言った。僕は軽くわびを入れると、病院前からタクシーを拾い、大岡山の咲の実家に向かった。

「・・明日、金沢に取材に行くんだ・・・。」
「・・・忙しいのね・・。」

咲は珍しく不機嫌そうに言った。

「ねぇお義兄さん、社会人って、何のために仕事してるのか疑問に思うことがあるなぁ。」
飛鳥も同じように不機嫌そうに言った。

「・・・え?」
「おねえがせっかく退院したって言うのに・・・。」
「飛鳥、耕作さんは咲とはるかのためにがんばってるのよ、そう言う言い方はないでしょう。」
義母はそう言ってたしなめた。しかし、僕は少し疑問があった。

(どうして俺はがんばってるんだろう?)

「・・自分のためでもあるし、あたしたちのためでもあるよね。」
咲がぽつりと言った。
「・・・こうさく、命は大事にしてね・・・。」
咲は懇願するように僕に言った。
「・・大げさだな・・・ははは、もちろんだ・・・。」
「あたしは、しばらく実家の方に行ってることになるけど・・、帰ったら必ず連絡してよ。」
「うん、わかった。」

僕は、目もあかないはるかの小さな手に触れながら答えた。
「ほら、はるか、パパにバイバイ・・・。」

咲はくすくす笑った。

「お義兄さん、金沢には何時に発つの?」
「朝一番で・・・。」
「うわぁ、忙しいんだ。」
「あまり経費が出ないからな、そんなにゆっくり取材できないんだよ。」
「じゃ、早めに戻って来るんだね。」
「・・まぁ、そう言うことだな。」
「いいことだか、悪いことだか・・・。」

飛鳥はやれやれという顔をした。

こうりんぼうで飲み過ぎちゃダメだよ。」
「飛鳥ちゃん、そこってなんだかわかる?」
「大きな料亭みたいな?」
「いや、地名だよ、この辺でいえば新宿みたいな。」
「へぇ~そうなんだ。」

 咲はまた、くすくす笑った。久しぶりに咲のこんな屈託のない笑顔を見た気がしていた。

 はるかは、すうすうと寝息を立てて、咲の実家が用意したベビーベッドでなんの憂いもなく眠っていた。

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