【短編】時空間漫才
茜「どうもー!『綿花ドブ落ちて満開アタシみたいだ』です~!」
葵「頑張っていきましょうね」
茜「今日はわざわざ遠いところからきてやったぞ~って方どれぐらいいますかね?」
葵「上げづらいわ!というか遠いもクソもないやろ同じ学校の生徒さんやから。」
茜「ね、皆さん言うほど遠くもない場所から大して苦労もせず来てくださって、どうもあざ~~す。」
葵「言わんでいいことしゃべんな!」
振りかぶった葵の平手を察知すると、茜はボックススタイルに切り替え華麗なスウェーバックで平手を回避した。茜の瞳はまるで「来いよ、最初から一戦交えるつもりで来たんだ」とでも言いたげな好戦的な目だった。
茜「シッシッ!ヘイカモーン!ビビってんのか?ハーン?」
クイクイッと挑発する茜。
葵「アカン、とんだ戦闘狂を目覚めさせてもうたみたいや。」
腕をまくり、第二ボタンをはずす葵。今までなんだなんだとざわついていた観客たちも、これには息を呑んだ。主に男子。ステージは笑いとかとは別で盛り上がってきた。
茜「来ないならこっちからいくわよ。ママにサヨナラは言うてきたかしら」
葵「アメリカンなんか関西かはっきりせえや」
茜がステージを大きく使いながら礫のような激しいジャブを繰り出す。たまらずポジションを大きく下げる葵。「キュッ」と床をこする音が鳴ると、さっきまで彼方にいたはずの茜が葵のウィークポイントを捉えていた。
葵(ヤバいッ……!)
瞬時に顎をガードする葵。
茜「かかったな、アホが!」
茜の握り固めたグーが葵のあの何とも言い難い、しいて言うなら大事なところめがけて容赦なく襲い掛かろうとする。「やれー!!!」「○○せーー!!!」と歓声が上がる観客席。
葵「アカン!!健全なこの作品が2話目にして不健全なことになってまう!!」
葵の思いとは裏腹に熱狂する観客席。なんなら今日が一番まで盛り上がっていた。君たち漫才見に来たんじゃないの?
茜「これがMDMAの漫才じゃああああああああい!!!!!!」
葵の何とも言い難い部分に手がかかろうとした瞬間。空気が凍り付いた。客も、照明も、眩しい日差しさえも一様に凍り付いた。
※ここからは日本語に翻訳してお送りします
「ふう……やれやれ。間一髪でしたね。」
四界天使第四位、時空間操流のサルヘトがやや呆れてつぶやいた。
「ジハハハハ!せっかくここから面白くなるところだったのによぉ!!」
同じく四界天使第三位闇喰らいのザリュードが暗黒の翼をはためかせ、心底楽しそうに笑う。
「上の決定だ。任務に背くわけにはいくまい。」
と、サルヘト。
「とか言ってお前もギリギリまで止めなかったくせによぉ!ホントは見たかったんだろ?人の愚かさをよ!」
「バカ!私はただ上の意思に従ったまでのこと!そのようなことは……」
「その辺にしておけ。」
サルヘトとザリュードの諍いに割って入るものがあった。
二年A組16番白取さよ。学級委員長であり、きっての優等生、メガネの清楚美人。もとい、四界天使第1位、全界創致のフライツァイトである。
その姿を見るやいなや、白翼と黒翼の二人の大天使は制服の女子高生に跪いた。
「フライツァイト様、ご命令通り『地上世界あんぜんマニュアル』135ページに従い、著しい公序良俗を乱す行為は時空間停止の措置を取らせていただきました。」
と、サルヘト。
「うむ。何とか間に合ったようだな。あのままではせっかくの漫才研究会が廃部になってしまうからな。」
よしよし、とうなずくフライツァイト。が、その傍らにやや首をかしげる黒翼のが一人。
「……それにしても何でフライツァイト様はそこまでなさるんで?たかだか漫才研究会ごときに。」
はぁ、とため息をつくフライツァイト。
「まあ、お前にはわからんだろうな。平和を守るため地上世界の1学校に潜入している私の気持ちなど。私が手を下す度、地上の人間は義に厚く、正しい魂に形成されてゆく。それが私の使命なのだ。だがな、あの二人は違うのだ。マジで一ミリも天界のセオリーが通用しないのだ。正直頭を抱えてるよ。」
……それのどこが彼女らを守る理由なんで?とザリュード。
フライツァイトは雲一つない澄み切った青空を見上げ、こう呟いた。
「私、ドМだから。」
ゾクゾクする体を抑えるフライツァイト。ああ、なるほどと膝を打ち爆笑するザリュード。(転職したい…)と思うサルヘト。
「さぁ、時を戻しますよ。」
時空回帰の魔法陣が学校を包みこんでいく。
―――――5分前。
茜「今日はわざわざ遠いところからきてやったぞ~って方どれくらいいますか?」
葵「上げづらいわ!というか遠いもクソもないやろ同じ学校の生徒さんやか……。」
観客席は欧米人、遊牧民、インディアンからアボリジニまでワールドワイドな人種のサラダボウルになっていた。
茜・葵(……は?)
ふふ、成功だ。と白取さよの皮をかぶったフライツァイトはごった返すサラダボウルの中でほくそ笑んだ。
私の【全界創致】は万物を創造、顕現する力。生物も無生物も自由に発生させることができる。本来であれば世界のバランスとかが崩れる危険があるため乱用はできん、が、その危険さえ顧みなければ制限なくオブジェクトの構築が可能。
この場所は平和な学園生活にあって唯一無二の狂気のたまり場、いわばオアシス!サラダバーのカレーライス!平穏な日常に劇薬を投与してくれるアンダーグラウンド……。なんとしても守護らねばならない!この漫才、私の力で結末を変えて見せる!
フライツァイトが決意を固めていた時、ステージの二人は茫然と人種の博覧会を眺めていた。
葵「え?宇宙船地球号の縮図かなにか?っていうかこのまま漫才続けてええの?」
茜「たぶん外国からの転校生の方々やろ!知らんけど!」
葵「半裸に槍の人もいるけど……。」
茜「聞いてみましょか!なぎなた部の人ですか~?」
マオリ族の戦士「オッオッオッ!オッオッオッ!」
戦いの舞を披露するマオリ族の戦士。
茜「ふむ、これは『応』的な意味の可能性があるな。イエスととるか。」
葵「いや、明らか話通じてないやろ。どないすんねん。」
いつもなら鋭いツッコミが入るタイミングにもかかわらず、おどおどと動揺している葵。
茜(葵、スイッチキレてもうてる。よし、私がボケて取り返さな!)
茜「いやー!こんな時はあれやなドラえもんのあの道具使ったらええんとちゃうか?なんや言葉を翻訳してくれる食べもんがありましたやろ。思い出した!フォールンダークこんにゃくや!」
葵(茜……私のフォローしようと必死にアドリブボケ入れて……。こうなったらやるで!渾身のツッコミ見したる!)
葵「いや、地獄町深淵村の特産品か!!」
振りかぶった葵の平手を察知すると、茜はボックススタイルに切り替え華麗なスウェーバックで平手を回避した。茜の瞳はまるで「来いよ、最初から一戦交えるつもりで来たんだ」とでも言いたげな好戦的な目だった。
茜「クク、かかったな葵。私の念能力は相手の攻撃を回避して発動する。最初からこれが狙いだったのさ。」
もちろんそんな能力はない。
葵「ピッキーン。一瞬でも友情が芽生えたと思たアタシがアホやったわ。アンタみたいな戦闘狂にのう!」
フライツァイトの額から冷や汗が一筋落ちた。
(あれ?さっきより状況悪くなってない?結局こうなるの?ってことは運命は変わらないよ?)
欧米人「キャットファイトFooooo~~↑!!」
マオリ「オッオッオッ!」
葵「どうやって収拾すんねんこれ……。」
茜「ママにお別れは済ませたかいベイビー!」
葵「しまった!」
茜の礫のようなジャブが当然葵のポジションを下げ、当然のように顎をガードした葵。そしてその隙にガラ空きになったあの部分に魔の手が迫る。
茜「これがMDMAの漫才じゃああああああああい!!!」
フ【全界創致!!!!】
葵「ぎゃあああああああプロテクトシステム起動、緊急換装開始。」
ガン!!と鋼鉄が衝突したような、いや、ようなではない。葵の身体は確かに鋼鉄の人型スーツに身を包まれていた。
フ(ふぅ、なんとか間に合いました。地上でマンガを読んでいたことがまさかこんなところで役に立つとは思いませんでした。)
自分の身に起こった事態を確認する葵。あわわわわという顔をしている。
葵「あわわわわわ」
なんなら言ってる。
茜「どうしたんや葵その恰好は!!コッペパン食い過ぎて太ったんか!」
葵「いや、どちらかというとブッピガンって感じなんやけど……。茜もなってるで!」
茜「うわ!ほんまやなんやこの小学生みたいな真っ赤なカラーリング!」
文句を言いながらも強力な兵器を嬉しそうに見回す茜。
対して、いや、そんなことより!と、葵は状況を整理しようとする。どう考えても漫才どころではない、そもそも夢か何かでは?と話し合う。
一方、観客席で一人残ったフライツァイト。当然のようにほかの観客は逃げ出した。
葵と茜は一人ぽつんと残った白取さよの姿を見た。
葵「白取さん!何やってんねん!はよ逃げ!」
茜「そうやで!アタシでもこの力は抑えられそうにないんや!」
少し照れ笑いする茜。
葵「なにわろてんねん!」
茜「一回言ってみたかったんや!」
やんややんやと言い争う二人をニヤ―っと見つめるフライツァイト。
フ(あんな姿になっても動じないなんて、流石狂気の煮凝り!)
フ「二人とも~!」
葵「な、なに?」
茜「なんや?」
フ「自然体で頑張って~!」
葵(え、続けろと?この状況で?自然体?)
ズシンッ
葵「感情って知ってる?」
茜「お前はロボか!」
ブッピガン!
―—ロボである。
フ「くくく……け、けっさくwwwひぃひぃwww」
葵(なんかウケてんな……よし。終わるか!)
葵「どうもありがとうございました。」
茜「もっとペッパー君っぽく!」
葵「またアソビニキテクダサイネ~!」
フ「くくくくwwwwwww」
―———翌日
ただ事ではないという様子で生徒たちが噂をしている。
「聞いたか、昨日の視聴覚室の騒ぎ。」
「ああ、なんでも世界中のあらゆる人種が一堂に会してボヤを起こしたとか。」
「世界的犯罪組織でもそんな恨み買わないぞ。何したんだMDMA。」
ざわつく教室の中心で白取さよは静かに本を読んでいる。昨日のは小規模なボヤということになっている。サルヘトの【時空間操流】で事実を改変したのだ。漫才研究会の不祥事でなく、不審者の犯行として処理され、MDMAはおとがめなしとなった。そこまではよかったのだが。
——遡って昨日
「目的不明の能力複数回使用および、器物損壊、事実改変などなど……。四界天使第1位の自覚がないようだなフライツァイト。」
四界天使を束ねる天界神ゴッテス・アンベーテリンはひどく落胆していた。
「いえ、その、目的はちゃんとあったんですけどね?なんていうか世界の均衡とかよりちょっとだけ大事だったっていうか……。」
フライツァイトの見苦しい言い訳に激高したゴッテス。
「そんなものあるか!!!罰として能力の半永久的はく奪および堕天の刑に処す!!!!」
「そ、そんなぁ~~~~~~!!!!」
―——現在。
そんなこんなで私はもうフライツァイトでも四界天使第1位でもないただの白取さよになったわけだ。ああ~~~これからどうしよ。
「白取さん!」
ふと背後に元気よく呼ぶ声があった。葵だ。
「昨日は見に来てくれてありがとな。ホンマ嬉しかったわ~。」
そうだ、漫才自体はやったことになってるんだった、と思い出す白取。
「本当にお二人の漫才が好きで、いつも励みになってるんですよ。」
と、白取。と、次の瞬間、葵の口から予想だにしない言葉が飛び出した。
「ねえ、白取さん。よかったらウチの漫才研究会入ってくれへん?」
「へ?」