教室のアリ 第16話 「4月25日」③〈魔法の水、ヒャー〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
オレは傷ついたポンタを、エサを運ぶように口にくわえて走った。必死に走った。サクラさんのリュックまで、あと10メートル、5メートル…オレたちが転がり込むようにリュックに入った瞬間、フワッと体が浮いた。ギリギリセーフだった。「大丈夫?」息を切らしながらオレは聞いた。
「ありがとう。ちょっと痛いけど我慢できるよ」「ところで、名前はなんていうの?」。
「コタロー。昔はコタって呼ばれてた」。
オレは久しぶりに自分の名前を口にした。シロツメグサの日から誰とも喋らなかったんだ。ポンタは心配で顔を真っ黒、肩は震えていた。そりゃそうだ、仲間とエサを探しにきたら、色々あって、知らないアリとバスに乗っているなんて人生(アリ生)最大の出来事だ。足の傷は思ったより大きい。だから、窓から景色を眺めることなんてせずに、真っ暗なリュックのポケットの中でとにかくじっとしていると1時間くらいで学校に着いた。「ダイキがかっ飛ばすから、ボールが無くなっちゃじゃん」とか「サクラさんにもらったブロッコリー美味しかった」とか、ワイワイしている子どもたちに見つからないように、リュックを抜け出し、ポンタをオレの居場所に運んだ。「ここに住んでいるの?」「そうだよ」オレが答えると、ポンタは周りを見渡し、不思議な顔をした。オレはここに住むようになった理由とがを話そうと思ったけどやめた。まず、最初にしなきゃいけないのは「治療」だ。
〈保健室のヒミツ〉
オレは学校のいろんなことを知っている。給食室のこと、音楽室のこと、図工室のこと…そして、保健室のこと。体育とかでケガをしたり、熱が出たりするといくところが保健室。で、ケガをした子どもには、「魔法の水」みたいなのが塗られる。綿に染み込ませて血が出ているところにチョンチョンってつけると、子どもは「ヒャー」って言うんだ。そして、綿はビニールの袋に捨てられる。きょうは全校生徒みんな遠足だからたくさんの子どもがケガをして、保健室に行って「ヒャー」と叫んだはずだ。4時になって子どもたちが帰ったあと、オレはポンタを連れて保健室に行った。そして、綿が捨てられている袋を見つけた。「ポンタ、この袋に入って、ケガしたところをあの綿にこすりつけるんだ。ヒャーってなるけど、あしたには治るから」。ポンタは小さくうなずくと、袋に飛び込んだ。そして、何回か傷ついた後ろ足を綿に擦り付けた。「うっ、しみるーーー、ヒャー」。オレはポンタの大声を初めて聞いた。痛いのか、ポンタは泣きながら袋から出てきた。「きょうはおとなしくしておくんだよ」オレが保健の先生のマネをすると、ポンタは「うん」と言った。5年2組に戻ると、オレもポンタも眠ってしまった。
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