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教室のアリ 第21話 「5月5日」①     〈対決の刻(とき)〉

 オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
 計画的に食べてはいたんだ。でも、給食室のエサは少しずつ減っていった(ポンタはよく食べる)。きょうも学校に子どもたちは来ないから給食もない。公園か、スーパーマーケットか?遠征に行くとしたらこの2か所しか思いつかない。朝起きて、ポンタに相談しようとしたとき、雨が降ってきた。オレたちは雨に弱い。朝ごはんはヒラヤマ先生が隠し持っているうまい棒のカスで済ませ、ランチは給食室に貯めているエサを食べると決めた。

〈対決の刻(とき)〉
 時計の長い針と短い針が12のところで合体した。いつもだとダイキくんのお腹から「グー」と大きな音がしてみんなが大爆笑する時間だ。オレとポンタは触角で風を切りながら給食室に向かった。雨は上がったけど、太陽は出ていない。階段を降り、廊下の真ん中を歩き、ドアの隙間から給食室に入ったその時だった。
「ブーーーーン」その音が聞こえてすぐ、ポンタは言った。
「やっぱり…」
ものすごいスピードでオレたちの頭の上を通り過ぎていったのは『蝿』だった。エサが隠してある戸棚の小さな隙間をするりと抜けて中に入って行った。蝿はオレたちを襲うことはないとわかっていたけど、少し怖くなって柱の影に隠れた。
「ポンタは何でエサを取ったのが蝿だとわかったの?」
「エサを食べたあと蝿は飛び立つでしょ。その時、風がエサを吹き飛ばす。残りのエサがそんな形をしていたんだ」ポンタの説明に納得。それは同時に大きな寂しさ…学校に仲間はいなかったんだ。やっぱり、全滅したんだ。久しぶりに涙が出てきた。

「コタロー、棚の中から変な音がするよ」ポンタが言った。オレはよく聞いてみた。
「ブーーン…ガサガサ」「タタタ、ブーン」確かに変な音がする。ひきつけられるように棚に向かった。隙間から入る僅かな光がエサの周りを照らしている。オレが見たのは真っ黒な蝿と…『真っ黒なアリ』だった。2匹は戦っている。エサを食べようとするアリを上から攻撃する蝿。かなりやり合っているようだ。息が荒れている。暗くてアリが昔の仲間なのかどうかはわからない。今度は蝿が食べようとしたところをアリが足で攻撃した。このままでは、2匹ともゲガをしてしまうかもしれない。だからオレは心の底から叫んだ。
「ケンカをやめるんだ!オレたちは同じ『虫』だ!足が6本あるだろ!」
「みんなで分ければいいじゃないか!」ポンタがオレに続いてくれた。蝿はオレたちの方を見ると震える声で言った。
「アリはいいよね。目立たないから。ボクは油断すると、すぐ叩かれる」
アリ(まだ、仲間かどうかはわからない)は戦いに疲れたのか、動かない。とにかく、戦いをやめさせるのが第一だ。オレは蝿とアリに言った。
「オレは学校に詳しい。学校の周りにも詳しい、誰よりも!(おおげさ)オレと教室に住めばお腹を空かすことは絶対に無い(少し嘘)。公園やスーパーマーケットでは簡単にエサが手に入る(やや嘘)。もう少しすると運動会がある。その日は美味しいエサが食べ放題になる(妄想)!ダイキくんの家に行けば足が速くなるコロッケをダイキくんのママが作ってくれる(オレのために作ってくれたわけではない)!だから、ケンカはやめるんだ!」しばらく棚の中はシーンとしていた。聞こえてきたのはアリの荒々しい呼吸だけだ。
「少し考える」蝿はそう言うとどこかに飛んで行った。

〈再会〉

人間もそうなのかもしれないが、オレは棚の中の暗さに目が慣れてきた。暗闇の中の黒いアリが少しずつ見えてきた。息はまだ荒い。
「大丈夫?」
「とりあえず、ケガはないよ。ん?んん?コタローじゃないか!」
「あっ、まるお?まるおかぁ〜」
一番食べて、まるまると太っているから名前はまるお。あの日、離れ離れになってしまった『仲間』だった。

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