京都へ行こう❣【244】
今回は、猫猫寺(にゃんにゃんじ)開運ミュージアムの『猫国武将展』に行って来ました。(4月22日まで延長されています)
『猫猫寺』は、築100年の古民家を寺院風にした猫アートの美術館。
『京都へ行こう❣』では、3度目の登場。
京阪『出町柳駅』より叡山電車に乗り換えて、『八瀬比叡山口駅』下車、徒歩約15分です。
近くには、『九頭竜大社』があります。
この古い橋は、毎回撮っています。
『橋』好きさんへのサービスショット✧*。
私はいつも、途中から高野川沿いを歩きます。
かなり上流なので、桜の時期は穴場スポットですよ🌸🌸🌸
『猫国武将展』のポスターとのぼり旗が目印。
大きな木には、たくさんの絵馬が掛けられていました。
猫猫寺 開運ミュージアム
入り口
こちらから入ります。
猫猫寺開運ミュージアムの入場料は500円で、『猫国武将展』は300円。
合わせて800円となります。
受付前に置かれていた『猫の被りもの』のインパクトが凄い!
どうやら猫の日(2月22日)にお披露目されたばかりのようです。
こちらを被って写真撮影をする事が出来ます。
『天使猫の間』襖絵
MND(招き猫だるま)48
『招きだるま』をよく見ると、結構なお値段!
猫国武将展
『猫国武将展』は、こちらからスタート!
ネーミングにも遊び心がいっぱい。
今回も突っ込み所が満載です(=^・^=)💕
猫古屋城
築城主は徳猫家康(とくにゃがいえやす)。
『黄金の猫耳』を携えた天守閣は、猫国最大の
延床面積を誇ります。
この猫耳は猫民の声を大切に聴く象徴とし、
その徳の高さから徳猫家は22代に渡る長期猫権を築きました。
実際には5枚が横並びに展示されていますが、お気に入りなので1枚ずつ紹介しました。
徳猫家康
猫ヶ原の戦いで天下をおさめた徳猫家康は、
『征夷猫将軍』に任命され、武家の棟梁として
事実上の国の最高権力者となりました。
【徳猫の名言】
猫の一生は自由を喜びて楽しき道を行くがごとし。急ぐべからず。
猫判
猫国時代前後に流通していたお金の総称を猫判(ねこばん)と呼びます。
猫判には様々な種類があり、一番高価なものは金で作られた大きい猫大判金(にゃんおおばんきん)で、それ以下の小さいものは猫小判(にゃんこばん)。猫判には金、銀、銅のものもあり、時代ごとに素材や形に違いがあります。
直江猫続の愛刀/水神切猫光
猫光作。直江猫続の愛刀として知られ、この刀で洪水を治めたという伝説から『水神切』と呼ばれました。
猫九年合戦絵巻
猫国時代には、『煮干し税』未納がきっかけで
猫部氏と源氏の9年にもおよぶ合戦がありました。
源氏は猫信、猫義、猫家と三代にわたり大きな戦いで中心となって活躍したこともあり、源氏の東肉球国進出が決定的なものになります。
猫義後の系図では、後の猫国時代に登場する
武田猫玄を輩出しています。
陣太鼓
戦場で、軍勢の進退を知らせるために鳴らした太鼓です。
太鼓の中心にある肉球の紋は、どの軍勢でも用いられ、ニャーの意思を打ち鳴らしながら己に打ち勝つよう鼓舞しました。
黒漆塗肉球兜
肉球をこちらに向けて、鋭い爪とイカ耳で威嚇する兜は大変珍しいものです。
どの猫武将の兜かはわかりませんが、代々猫族によって大切に保管されてきました。
『天高く掲げる肉球からは、ニャーの叫びが
聞こえてくる』との伝説がある変わり兜です。
織田信猫
織田信猫で有名なのが『猫狭間の戦い』です。
今川猫元(いまがわねこもと)が1,000の大軍を率いて攻めこんできました。
当時の信猫軍はわずか220だったので、戦況は圧倒的に不利。開戦前、織田信猫は家臣たちに舞を披露します。
『猫生、夢幻のごとくなり』
この舞の歌詞で『猫生はかないものだから、
死を恐れずに一瞬一瞬全力で戦に臨もう』と、信猫は舞によって気持ちを高めます。
そして、織田信猫の勝利を望む気持ちが届いたのか、天も味方をし勝利しました。
猫若丸と猫慶
猫都の猫大橋の上にて、猫若丸と猫慶が初めて逢った時の場面です。
千本の刀を集めるために夜な夜な猫大橋で刀を持っている猫を襲っていた猫慶が、あと一本に迫った夜、笛を吹く猫若丸に出会い、手玉に取られて降参し、家来になったという伝説があります。
武田猫玄
猫国武将・武田猫玄というと、猫杉謙信(ねこすぎけんしん)との合戦が有名ですが、猫政にに力を入れ、猫民から慕われる政治家としても知られています。
猫玄の軍旗に記されている『風林猫山』の意味は、『攻める時には風のように早く、準備をするには林のように静かに備え、全ての猫民を幸せに導くには猫(ニャー・愛と調和)を羅針盤とし、愛する猫民を守り抜くには山のようにどっしり構える』とされています。
肉球の槍
上の槍は『猫九年合戦絵巻』の場面で描かれています。時代的に見て比較的新しい槍で突いたり、ひっかいたりして使う種類の武具です。
こちらは古い時代のもの。猫慶と猫若丸の決戦時に使われた槍が有名ですが、先端が重く打撃タイプのものでした。打撃タイプは誰にでも使えるという訳ではなかったので、軽量化し改良されたこの槍が普及していきました。
猫の谷合戦図屏風
めちゃくちゃ大作なのに、説明書きを撮り忘れるという痛恨のミス(ฅฅ*)💦
でも何のパロディーなのかはわかりますよね?
今回は、こちらをトップ写真にしています。
いろんな所に猫のマークや肉球が描かれているので、お時間のある方は探してみて下さい。
猫須与一
猫平合戦を描いたシリーズの一作。
弓の名手『猫須与一』が放った弓が、見事に的を射抜いた場面です。
小舟から『この扇の中心をニャーの精神でもって射抜いてみろ』と挑発したところ、猫須与一は見事に扇を射抜き、その後、弾みを付け勝利したとされています。
弓矢
猫須与一が扇を射抜いたときに使ったとされる弓矢です。
じっくり見るとクスッと笑えます。猫舌って!
直江猫続
猫続のトレードマーク『猫』と掲げられた変わり兜は有名ですが、その『猫』が意味するところは『愛と調和』。
猫続は藩を愛と調和で運営していました。
名前の由来もニャー(愛と調和)が続くようにと名付けられました。
【猫続の名言】
後へは引けぬと決めたからには、猫を貫き戦うまで。
ニャー誓いの血判
戦いというものは、己の欲望を満たす為に、
他を傷つけたり、支配することでは無い。
現象全ては内なる心から生じたものであるから、愛と調和に離反した自分自身と向き合い、けじめの戦いをすることである。
故に『猫武将は己と戦い、その責任を果たし、大いなる愛でもって調和の顕現をなしとげるのである』
いかがでしたか?
どの猫国武将も達筆ですね!
今回は『直江猫続』の兜が見たくて行きましたが、イカ耳の『黒漆塗肉球兜』もインパクトがありました。
作品の説明文にもこだわりが見られます。
私の中では『煮干し税』がMVPかも✧*。
織田信猫軍の220は『にゃんにゃん』で語呂合わせされています。
5月1日からは、『猫仏展』が始まります。
気になる方はぜひ行ってみて下さい。
火曜日が定休日です。
『ツタンニャーメン展』もクオリティーが高いので、ぜひ読んでみて下さい↓