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交換日記喫茶店#2幸せのマインドマップ

「ねえもっと分かる人いないの?」

「申し訳ございません。只今の時間は私しかいなくて…、担当の者なら13時過ぎに来ます」

情けなかった。仕事なのに、仕事にならない。全てが分かるわけなんてないのに、客は店員が全てを知ってると思ってやってくる。でもこんなにたくさんのジャンルを扱ってるホームセンターで全てを網羅するのは困難だし、商品について研修する時間などどこにもない。みんな地道に知識を積み重ねるしかなかった。

よく仕事してるな。

これがホームセンターの会社に入社した1年目の感想だった。

この会社に入社した理由はただ1つ。一度色々な業界の4社くらいから内定を頂いたが自分が行きたい会社ではない気がして内定を全て取り消した。
自分のやりたいことに近い旅行業界の他に、農学部ということもあり、学校の掲示板で募集要項が貼ってあった今の会社を受けた。旅行関係の会社は全て落ち、最後に残ったのがここの会社だった。僕はもう就活を続ける体力などなく、そこそこ大きな会社だったのでこの会社に入社したのだった。

小売業は入社した何年かは店舗での売り場業務が多い、そのまま店舗勤務のチーフや主任、店長などに昇格するか、本部で商品開発やバイヤーなど華やかな響きの仕事があるが、実績のある精鋭の人しかいけない。

このまま店舗であのチーフみたいになるのかと未来が想像できたとき、ゾッとした。

このままでいいのかな。

「お前、これどう見たって違えじゃんかよぉ!」

「申し訳ございません、お作り直しかご返金の方させて頂きます」

合鍵作成の失敗でお客さんに怒鳴られた。鍵屋ではない、それでも素人目で鍵を選び、マスターキーからコピーするように合鍵を作る。合わないことは多い。

ため息をつきながら、バス停まで歩く。しまった、今日は祝日ダイヤだ。次のバスまで1時間もある。仕方なく、僕は歩いて帰ることにした。

いつもバスから見えていた植物に囲まれたレンガ調の建物が見えた。『喫茶ダイアリー』と書いてある。これ喫茶店だったのか。僕は心を休めたくなったので、中に入った。

カランコロン

「いらっしゃいませ」

そこには同い歳か僕より少し歳上の男性が立っていた。すらっとして脚が長く、ジーンズ素材のエプロンをしていた。
店内はうっすらとした灯りでお客さんは誰もいない。本棚にはたくさんの本が並んでいる。

「今日は何かお悩みでも?お悩みがありましたら、是非こちらの席へ。解決へ導いてくれるかもしれません。」

悩み?喫茶店でそんなこと聞かれると思わなかった。悩みならある。本当にやりたいことは何でそのためにどうしたらいい。

「あ、はい」
そのまま案内されたテーブル席に座った。

「こちらの交換日記に是非お悩み事をお書きください」

凄い古い紙の匂いがする分厚い日記だ。おそるおそる日記を開くと色んな人の色んな悩みが書いてあり、悩みの下には別な筆跡で悩みのアンサーが書いてある。

1番最後のページにはこんな悩みが書いてあった。

『このまま今の仕事を続けるべきか、転職するべきか迷っています。でも私には何も技術がありません』

見た瞬間日記を閉じたくなった。

「お客様、ご自身のお悩みを書く前に、是非前の人の悩みに答えてあげて下さい」

「でも、僕にこの人の悩みを解決してあげる力がありません、むしろこの人と同じような悩みを抱えています」

「そんなことはありません。あなたの言葉が想いもよらない転機を与えることだってありえます。なにせ何かに悩んでいる人というのは実はセンサーが敏感ですから。色んなことに影響されるものです。是非あなたなりの答えを」

確かに、悩みが解決するにはそれに越したことはない。何よりみんなそんな簡単に解決するほど軽い悩みを抱えていない。それほど責任を持って答えなくてもいいのだ。

僕は技術がなくても転職はできるし、技術を身につけてからでも遅くはない。そして続けることで分かることもあると書いた。

ありきたりのことしか書けなくて申し訳なく思った。結局助けになってはないのだろうか。
自分の回答を見て、他の人の回答も期待しないように悩み事を書いた。

『なんのために働いてるのか分からない』

三日後、仕事が休みだったので、喫茶ダイアリーに寄った。もうこんなにたくさん花が咲いていたのか。この前は暗くなっていたので気づかなかった。
庭に1匹の猫がいる。茶色の毛並み。そろりと自分に寄ってきた。今度はくるりと方向転換して、お店へ連れて行く。こちらの席ですと言わんばかりにテーブル席に誘導する。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。どうぞ」

席について日記を開く。

『幸せのマインドマップ』

それだけ書いてあった。マインドマップ??
は?なんでこんな中途半端な書き方なんだ。最後まで言えよ。優しくないな。僕はこの途中で放棄したような回答に苛立った。そして自分が意外にも日記の回答に期待していたことに情けなく思った。

家に帰り早速マインドマップを検索する。それは連想ゲームのようなものだった。真ん中にメインのテーマがあり、そこから枝が伸び広げていく。例えば真ん中に「痩せるために大切なこと」と書いたとすればその先に枝を伸ばし、「運動」や「食事」を書くといった具合だった。どういった運動やどういった食事なのかその先にどんどん書いていく。

ほう、これがマインドマップね。「幸せのマインドマップ」、とりあえず真ん中に「どんなときに自分は幸せか」と書く。
そこから枝を伸ばす。ご飯を食べているとき、誰かに必要とされるとき、新しい価値観に出会えたとき。
この「新しい価値観に出会えたとき」に自分にワクワクした感情が芽生えた。これに枝を伸ばす。それのどこが幸せなのか。新しい価値観に出会えたときは自分が成長できる気がした。それは新しい自分の構築だ。そしてそれを他の人にも与えたい。どんどん枝が伸びる。
じゃあ人はどんなときに新しい価値観に出会うのだろう。
人との会話、読書、旅や学校。

そうだ、僕は人と人、人と本、人と旅を繋げたい。多くの人に新しい価値観に出会える場所をつくりたい。
僕が本当にやりたいことはこれなんだ。

僕はすぐに自分の中のマインドマップを壁に貼った。この心のマップが人生の地図になることに期待しながら。




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