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自己紹介をゲームで語る 私とゲームの歴史 小学生編

おはようございます。HYSです。Apexシーズン6も段々と慣れてきて、初日よりは楽しめています。個人的にはアーマーの耐久値が変わったことが一番苦戦してますね。頑張りましょう。

本日はnoteさんの企画にある #自己紹介をゲームで語る で書いてきたいと思います。私のゲーム遍歴と自己紹介、ゲームの歴史なんかも入れながら書ければと思います。

今日は小学生編。まとめて書こうと思ったのですが、長くなりすぎるので、何回かに分けて書いていきます。ゲーム×note楽しすぎる。

【不朽の名作との出会い】

僕がゲームに初めて触れたのが、小学1年生。誕生日にスーパーファミコンを両親に買ってもらいました。当時、スーパーファミコンをもっている同級生の家に集まるのがお決まりで、誕生日が12月の私はみんなにお世話になりっぱなしでした。当時は横スクロールのアクションゲームが主流で(ファイナルファイトも好き)その代表作がマリオですね。

●スーパーマリオワールド

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source:ニコニコ大百科(仮)

今も尚、愛され続けている、ゲーム界のレアルマドリード、任天堂さんの代表作スーパーマリオシリーズです。

特にこのスーパーマリオブラザーズはスーパーファミコン(以下スーファミ)で初めて発売されたタイトルで、全世界でのスーファミ向けソフト歴代ナンバー1。2,000万本以上を売り上げた不朽の名作です。

国内での売上本数が300万本強なので、任天堂を世界に押し上げた作品といっても過言ではないですよね。

私のゲームとの出会いはこのタイトルでしたので、思い出深い。マリオとルイージをワンコン(1プレイヤー)、ツーコン(2プレイヤー)で操作していきます。悪の代名詞、クッパからピーチ姫を救い出す物語です。

●当時の私

私は途中で面倒くさくなり、マントマリオでずっと飛んでゴールを目指す派でした。マリオ人気がすごいので、いつもじゃんけんをしてマリオ争奪戦を繰り広げていたことを思い出しました。

当時私はスポーツ少年団に所属していたので、プレイするのはスポ少が休みの日のみでしたが、ゲームで友達の輪が広がったなと今でも思います。

なんと今販売されているミニスーパーファミコンに収録されているので、プレイしたい方は是非。私も持ってます。(妻に占領されていますが)

マリオカートと悩みましたが、初めてプレイしたワールドにしました。どちらも名作ですよね。

【英雄になりたくて】

そして、私の小学生時代のゲームで外せないのがこれ。

●ポケットモンスター 赤・緑

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source:POKÉMON Wiki

これもマリオ同様に今や世界のPOKÉMON。全世界で約3,000万本を売り上げた、まさにモンスタータイトル。ハリウッド映画も公開されるほどですからね。その元祖シリーズです。ゲームボーイ本体を買うより先にカセットを買ったのを覚えてます。

当時の人気ゲームタイトル(ドラクエなど)は予約販売を除き、店頭(おもちゃ屋)に並ぶか抽選を受けるかなど、発売日に手にいれることが困難でした。社会現象になるほど

今はネットでポチ。今の子どもたちより我々の方が根性はありますよね。その代わり、今の子どもたちの方が数倍賢いですが。笑

私は緑を買いました(赤も緑もゲーム内容は一緒)。最初に3匹のポケモンから1匹を選ぶのですが、私はパッケージにないゼニガメをチョイス。理由は覚えてないですが、おそらく人と違うことを好んだのでしょう。ゼニゼニ~

ゲーム紹介についてはもはや不要ですね。自分で育てたポケモンを対戦させる基本は今も変わらぬスタイル。(今のポケモンがわからないので興味あります)

私の記憶ではポケモンからゲームに通信機能が使える記憶なのですが、それより前で有名なゲームはあったのかな。当時はWI-FIなんてものはなく、通信ケーブルでゲームボーイ同士を有線でつないで、対戦したり、ポケモンを交換したりできました。

通信でしか進化しないポケモンがいたり(ゲンガーが好きでした)、もらったポケモンは早くレベルが上がったりと通信機能は欠かせなく、ゲームでの交流に新たな道筋を立てたと言えるでしょう。

また、ポケモンは様々な分野に広がったゲームの先駆けでもあります。アニメ、映画、漫画、グッズ、などその分野は多岐に渡ります。今では、このゲームボーイ版が元祖であることを知らない人も多いのではないでしょうか。

●当時の私

おそらく小学5年生か6年生の頃、本格的にサッカー、野球と(元祖二刀流)スポ小が忙しく、泣きながら練習に明け暮れていた日々、唯一の癒しがゲームでしたね。好きな子にちょっかいかけるか、ポケモンするかくらいしか楽しみなかったのではないかな。

ポケモンって性格でますよね。私は確実に勝っていきたかったので、序盤でひたすらレベル上げをする派でした。

そして、この頃の私は外で遊びたいけど、ポケモンもしたいということで、みんなで公園に集まってゲームボーイをしてましたね。

今でこそスマホゲームは当たり前ですが、当時は外でゲームができるなんて夢のようで、スポ小がオフの日は公園でケイドロ(おにごっこ的なやつ)で鬼から逃げ隠れしながらポケモンもするという謎の遊びをしてました。ゲームはしたいけどジッとはしてられない子だったのでしょう。

●英雄になりたくて

通信ケーブルを持っている子は少なく、だいたいお金もちの子か、小学生ガチゲーマー(元気かなH君)くらいが持っている程度でした。

私も親に通信ケーブルの重要性を熱弁しても受け入れられることはなく(当時はプレゼン能力がなかった)持ってなかったです。とにかく通信ケーブルを持っている奴は英雄でしたね。そいつ中心のスケジューリングがなされていました。笑

しかし、そんな私はあることにより英雄になることができたのです。それが幻のポケモンNo,151ミュウです。

当時ミュウを手にいれるには確かイベントか何かの抽選に当たるなど、特殊な経路でしか入手が不可能でした。私は運よくミュウを手に入れ、その日からミュウをもつ男として今でいうプチバズりをしたのを覚えてます。

その後、カセットのバグかなんかで、ミュウをゲーム内で作れることが判明し、私はミュウ製造屋として、物々交換で強いポケモンを入手してましたね。この頃の交渉などの経験が大人になっても生かされています。(たぶん違う)

【あとがき】

書いていると当時の思い出が蘇り、あっという間に2,000字を超えてしまったので、今日はこのあたりで。懐かしくて楽しかった。

私の世代はゲームの歴史と共に育ってきているので、今のゲームシーンの進化には驚きと喜びを感じます。社会人初期は仕事に一生懸命で、離れている期間も長かったですが、今こうしてまたゲームを通じて多くの出会いや感動を与えてもらっているので、私にできることで恩返ししていきたいなと思います。

またいずれ中学生編、高校・大学編など書きたいな。これは需要ないかな。笑

では、また明日。ありがとうございました。

HYS

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