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音楽への憧れと自動演奏ピアノ

過日「ドビュッシーピアノ曲おすすめ5選」という記事を掲載しました。そのときにカバー写真として掲載したピアノ。何だか変わったピアノだと思いませんか?骨董品っぽいのはもちろんですが、ムダに装飾に凝っているような気もします。

本日はこのピアノの素性に触れつつ、自動で音楽を演奏することへの挑戦の一端を覗き見してみたいと思います。なお有料記事になっていますが、肝心なところは全部無料エリアに書いていますおつかれさま、と思った方は購入いただけるとうれしいです。

クラシック音楽はそれほど古くない

クロード・アシル・ドビュッシーという作曲家が亡くなったのは1918年。活躍期間は、1916年頃までです。

クラシック音楽というと何百年も前の音楽と思っている方もおられるかもしれません。ドビュッシーは、20世紀初めまで活躍していたのです。

J.S.バッハは、「音楽の父」という呼ばれ方からかなり古い印象を受けます。しかし、そのバッハでさえ18世紀の作曲家です(1750年沒)。古い古いと思われているクラシック音楽は、たかだか200年ちょっとの歴史しかない、絵画や文学に比べると極めて新しい最近の芸術なのです。

もちろん、音楽そのものはバッハ以前から存在しています。楽譜の発明は1,000年頃。クラシック音楽誕生の遥か前です。教会の祭典や民族の儀式には、音楽は欠かせません。クラシック音楽と呼ばれているのは、大雑把にいえばバッハ以降の流行音楽(ポピュラー音楽)の総称ともいってもよいかもしれませんね。

といっても一般庶民にとって音楽は決して身近なものではありませんでした。教会で聞くか、大道芸人に出くわす機会を狙うか。とにかく生演奏しか聴く手段はなかったわけです。

今でも聴くことができる当時の音楽

さすがに18世紀の音楽は楽譜でしか知ることができませんが、20世紀初頭にはさまざまな記録技術が発明されていました。エジソンの蓄音機は1877年の発明です。1902年には今と変わらない円盤型のレコードが発売されています。もちろん性能はかなり落ちます。片面録音でモノラル、録音時間は2〜5分といいます。※1

音楽の録音にはちょっと物足りない仕様ですね。そこで、当時の作曲家たちが記録方法として選んだのが、「自動ピアノ」という楽器です。

演奏する曲を自由に作れる手回しオルゴール

さて、今回のカバー写真。何かの装置の内部の写真です。

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カバー写真はセンターだけを抜いちゃいますからね。これが全体像です。これは手回しオルゴールという楽器です。

一般的なオルゴールは、ところどころに突起がついた金属の筒とくし状の金属板で構成されます。ゼンマイ仕掛けか何かで筒が回転すると、突起が金属板を弾き、音楽を奏でるという仕組みです。ただ、欠点として1つの曲しか演奏できません

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ところが、この手回しオルゴールはロール紙に穴を開けることで、鳴らす音をコントロールすることができます。限られた音数のなかで編曲し、ロール紙に正しく穴を開けていくのは大変な作業です。その代わり、創意工夫と根気さえあればどんな曲でも奏でることができます。

この原理を発展させ、大掛かりにした楽器があります。それが自動ピアノという楽器です。

なお、オルゴールも独自に発展を続け、自動で音楽を楽しむだけでなく見た目にも美しいものが数多く生産されます。が、それはまた別の機会に。

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見た目は骨董ピアノですが、裏からのぞいてみると・・・

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ゴテゴテした装置と何本ものロール紙がぶら下がっているのが見えます。鍵盤ひとつにひとつのロール紙です。発音させる場所に穴が空いている点は手回しオルゴールと同じです。自動ピアノはそこから空気を送り込み、風圧でピアノのハンマーを動かし弦を叩きます。穴が小さければ弱い風、大きければ強い風が吹き込まれます。演奏の強弱もつけることができたということです

穴が細長ければ、長い音(2分音符とか全音符)。穴が短ければ短い音(16分音符や8分音符)になります。さらにペダルのコントロールも可能です。つまり、ピアニストの演奏を、限りなくオリジナルニ近く再現することができたのです。

録音時間が短く、音質もイマイチのレコードより、本物のピアノを鳴らす自動ピアノに作曲家、演奏家の興味が向いたのも無理のないことでしょう。そして、演奏家を雇わずとも音楽を楽しむことができることは、当時のお金持ちの興味を大いに引いたことであろうことも想像に難くありません。

ちなみに演奏情報を記録したロール紙を、ピアノロールと呼びます。今でもDTMソフトのメイン操作画面を「ピアノロール」と呼び、音を鳴らしたい場所に情報を記録します。思わぬところに、過去の楽器の名残があるものですね。

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わたしの音楽制作セット。パソコンの画面に映っているのがピアノロールです。ソフトはLogic 9。ソフトで操作性の違いはあっても画面はよく似てます。
本人演奏によるドビュッシーの音源。おそらく自動ピアノによる演奏を編集したもの※2。最後にメアリーガーデンというオペラ歌手との共演と彼女のインタビューが収録されています。彼女は「ペリアスとメリザンド」というドビュッシーのオペラ作品で主演歌手で、この共演は録音だそうです。他の作曲家でも自動ピアノのものを探してみましたが、見つけられませんでした。
多くの作曲家の自動ピアノによる自演集です。残念なことに中古品。Amazonでさえ、このありさまですから、流通していない(売れないから作らない)のが明白ともいえます。その理由は次章で。

自動ピアノの予想外の欠点

大掛かりな装置であることも欠点のひとつです。もうひとつ同音連打に不向きであることも再現性の上では弱点でした。しかし、それらのことよりも、もっと深刻な事情が自動ピアノの信頼性を揺るがせます。

パンチングしたピアノロールは、傷や破れなどがないか、職人による品質チェックを受けます。その後演奏家が聴き、確かに自分の演奏だという署名をします。

ところが、この演奏家チェックが面倒なことを引き起こします。具体的には、ミスタッチの修正、実際に弾けていない装飾音の追加の要望などです。さらには、再生速度を変えることで、実際以上の超絶プレイをさせることもありました。こうなるといくら本人の署名があっても、演奏の記録としては信憑性が全くなくなってしまいます

高価なジュークボックスとしては、何の問題もありません。しかし、作曲家が実際に意図した演奏がどのようなものであったのか、作曲家自身の表現を確かめたい、という後世の研究家にとっては全く信頼がおけないものになってしまったのです。

結局、作曲家本人の演奏の記録はSP盤の改良を待つしかなくなってしまいます。SP盤は1925年前後にガーシュイン が自身の録音を多く残しています。

ガーシュイン の没年は1937年。ドビュッシーとは20年違いです。わずか20年ですが、技術の大きな飛躍を感じます。ちなみに初代iPodの発売が2001年。約20年前です。

自動ピアノの功績

高価なジュークボックスとなってしまった自動ピアノですが、ピアノロールを直接編集することで新しい音楽が作れないかと思いついた作曲家がいました。

その一人が「コンロン・ナンカロウ(1912ー1997)」というメキシコの作曲家です。わたしは何回でも「ナンカン・コンカロウ」と言い間違えますが、「コンロン・ナンカロウ」です。

自動ピアノのための習作として50曲を超える作品を残し、人間では困難な新しいリズムの作品に挑戦しました。

まあ、どう感想を述べたものかわかりません。ピアノロールのセッティングから収録されているので、自動ピアノそのものも進化してきたことがわかります。

ナンカロウ以外にも、自動ピアノのための作品作りに挑戦した作曲家、演奏家がいます。カナダのピアニスト「マルク=アンドレ・アムラン」による「自動演奏ピアノのためのサーカス・ギャロップ」は中でも難曲で、1台の自動演奏ピアノでは処理しきれないほどの音が書き込まれているそうです。

ピアノロールに開けた穴が図形のように見えますが、今でもDTMソフトのピアノロールに絵を書き、曲としても成立させるという試みを見かけることがあります。youtubeやニコニコ動画にアップされているので、興味のある方は探してみてください。

偉大な作曲家の意図を知りたい、という願いはかないませんでしたが、ナンカロウのような新しい作曲技法を生み出すきっかけになった点、今のコンピューター音楽のユーザーインターフェースであるピアノロールの元祖になったという点では、自動ピアノの登場は、大きな音楽の転換点になったといえるでしょう。

現在の自動演奏ピアノ

MIDI(ミディ:電子楽器同士の通信規格)が普及し、サンプリング音源(生楽器の音を使った電子音源)の音質もよくなっている現在では、自動ピアノである意味はあまりなくなっているように思えます。パソコンひとつで「サーカスギャロップ」を演奏することができますから。

ただ、初心者用のピアノや趣味でピアノを楽しみたいという方向けのピアノに自動演奏機能が搭載されているものもあります。人が演奏するときは普通の構造のピアノとして楽しめ、自動演奏時にはサンプリング音源を使うというハイブリッド方式もあります。コンピューターやインターネットの普及とともに、自動演奏ピアノの曲数も簡単に増やすことができるようになりました。

音楽は、ストリーミングやダウンロード、CDなどでいつでも気軽に聴くことができるようになりました。しかし、生演奏を聴く機会はまた別物です。

今の自動演奏が、果たして生演奏の代わりなのかどうか。ヤマハのディスクラビアのように、ピアノそのものが自動で演奏してくれる装置は、今でも多く販売されています。配信によるBGMでなく、BGMとして生演奏を楽しめるバーやレストランもあります。

音楽がこれだけ身近になっても、求められる自動演奏や生演奏。楽器から直接放出される空気感やそこに演奏者がいるという存在感。そのようなものが、音楽的体験を変える源になっているのかもしれません。

長文になってしまいました。疲れました。最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

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