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47.こどもの社会

結論から言いますと、学校に行かなくても何も問題ではないですし、生きる術を身につけていればちゃんと生きていけます。
 
子どもにとっての世界は学校だけではありません。
 
反対に不登校になる原因は人それぞれですが、学校に適さなかったのは場合によっては健全な心を持っていたとも捉えることができるかもしれません。
 
多数派による同調圧力にイヤになったとか…そういう人もいると思います。
 
それは大人になって社会で働き始めてもどこでもあることですが…そういうところから避難するという行動も決して間違ってはいません。
 
ただし、学校や会社といった集団生活や協調性を強いられる環境もあった方が良い場合もあると思います。
 
学校や会社に抑圧されることで、自分のことをじっくりと考える機会になります。
 
人生は長いので、10代や20代は不安で悶々とした状態で時間が経過していくくらいで良いのかもしれません。
 
“これで良いのか、悪いのか”と考え抜いた分だけ、将来の光は大きく感じるものだと思います。
 
現代は多くの情報や選択肢が溢れかえっている中で、これからの未来を担う子どもの教育はどのような選択をして、見極めて、実践していくと良いのか…悩んでいる保護者も多いと思います。
 
現状、日本の凄くお金がある家庭が、どんどん子どもを海外に避難させるようになっているのも確かです。
 
“日本の教育が駄目だ”という判断のもとでそうする家庭もあれば…、“日本という国や社会に未来がない”と判断して海外移住する家庭もあります。
 
“日本でどんなに良い教育を受けて、どんなに良い人材になっても、日本語しか喋れず、日本人と一緒でなければスムーズに仕事ができないレベルだと将来真っ暗だ”と考える人もいるのだと思います。

そう考えると、日本の教育の問題というよりは、日本社会全体の問題と考えることもできるのかなと思います。
 
教育は将来の仕事や職業にも関わることだと思うので、それをどこまでやるかということが重要です。
 
世界中のどこに行っても働けたり、稼げたり、闘える人材になろうとするか…、日本の中でやるべきことを頑張りたいと考えるか…が、大きな別れ道になると思います。
 
前者なら、日本の現状ではできるだけ早く外に出た方が良いと思います。

ただ、別にそれはどうでも良いという考え方もあって当然です。
 
なぜなら、日本は衰退していくと言われていて実際にどんどん弱体化しています。
 
しかし、それでも未だに世界で3番目に大きい経済を保っていて、今後インドに抜かれたりしてもこれから数十年間はトップ10内に居続けると言われています。
 
そして、誰かが国内を正しく持続させなければいけません。
 
今は1年間に50万人以上が減っている状態で、今後人口がどんどん減っていっても、5000万人を切ることはないと考えられています。
 
そう考えると、規模的にはヨーロッパの大きな国…イギリスやフランス、イタリアのような状態です。
 
日本がどんなに縮小したとしても、行きつく先はその規模です。
 
こう考えると、未来の日本を悲観する必要はないということにもなりますが、今の普通のことが未来には普通でなくなっているものがたくさん出てくると思います。
 
子どもの未来の為には、必ずしも学校が必要かというとそうではなく、これからの社会の変化に適応して生きていく術を身につける必要があるということです。
 
学校はその為のツールの1つでしかないと考えれば、現在、不登校やひきこもりに悩んでいる家庭の人たちも気が楽になるのではないかと思います。

不登校やひきこもりになった子どもの親は“~でなければならない”という考え方の…規範が強いという共通点があると指摘されています。
 
具体的には、子どもが不登校やひきこもりになってしまうと世間体が気になり、せめて高校くらいは卒業しなければならないと考えるような傾向にあります。
 
この規範があると、不登校やひきこもりの現状や子どもの存在をありのままに受け入れられません。

そして、この規範意識は子育ての中でもしっかりと現れるので、子どもにも受け継がれていき、 それによって、子どもは自分自身を責めるようになって苦しみ、その結果、不登校やひきこもりが長引いてしまうケースが多いです。

また、親もこの規範意識があるので、子どもの状況が苦しくなるほどにその現実を受け入れられなくなって悪循環に陥ってしまいます。
 
ちなみに、不登校とひきこもりの違いはというと、不登校は高校生までの学校に通う児童や生徒までが対象なのに対して、ひきこもりはそれ以上の年齢の方までを含む広範な定義となっています。
 
また、ひきこもりの場合は6ヶ月以上にわたって家にふさぎ込む状況が続くという長期間に及ぶものです。
 
例えば、近所のコンビニエンスストアに他者と交わらない形での外出をしていても ひきこもり に含まれますが、習い事に行くなど社会的な交流がある場合は ひきこもり には該当しません。
 
今日は、不登校についてのお勉強ということになります。

文部科学省は小中学生の不登校の要因を、大きくは以下の3つに区分しています。
 
①学校に係る状況…いじめ、人間関係、進路の悩みなど

②家庭に係る状況…近親者の死、家族の不仲、親の過干渉など

③その他…ゲーム依存や突然の無気力など
 
つまり“学校に行かない”と言う子どもたちには、共通する1つの理由があるわけではなく、様々な要因が1つないし複数存在するということです。

子どもが“学校に行かない”と言う時の原因は様々です。
 
ただ、原因が何であっても、そのように言う子どもや不登校になった子どもには、ある程度共通した“気持ち”があります。
 
子どもが“学校に行かない”と言い始めた時には既に様々な葛藤に苦しんで、頑張り切った後であることが多いと考えられます。
 
多くの子どもは、家庭と学校以外の場所をほとんど知りません。
 
つまり、学校という場所は世界の半分を構成する所になります。
 
そんな、自分にとっての社会である学校に“行かない”と言う勇気や苦悩は、どれほどのものか計り知れません。
 
次に、多くの子どもは“学校を休むことは良くない”という価値観を持っています。
 
その結果、“学校に行きたくないけど、でも休むのは良くない。だけど学校に行くのがつらい…”と葛藤します。
 
そして“学校に行かない”と言い、実際に学校を休み、そして不登校になった時、子どもはどんな気持ちになるでしょうか…これもまた人様々です。
 
学校を休むことで、悩みが解決することもあるでしょうし、解決しなくても一時的に解放されることで気が楽になることはあると思います。
 
そうした気持ちや“家にいてもつまらないな”などと思うことで、“やっぱり学校に行こう”とすぐに気が変わることもあります。
 
しかし、学校に行かないことで“自分はみんなが普通にやっている…学校に通うということができない”という新たな劣等感や苦しみを感じることもあります。
 
休む期間が長くなると、勉強やコミュニケーションなどの普段学校でやっていることから離れてしまいます。
 
これらの新たな悩みは、近所の目を気にして昼間に外出ができなくなったり、学校が遠ざかったり、進路や将来に悲観してマンガやゲームといった現実逃避に没頭する…という状態に繋がります。
 
そうした状況の子どもは、親の目からは“ただ逃げて遊んでいるだけで何もしていない”と見えるかもしれません。
 
ですが、子ども自身も手探りでその状況を何とかしたいと悩んでいるはずです。
 
“学校に行かない”と言う子どもや、実際に学校に行かない子どもに対して、親はどのように対応すれば良いのか…。

まず大切なことは、子どもに直接“休んでも良い”と伝えることです。
 
子どもが“学校に行かない”と言い出した時には、既に様々な葛藤に苦しんで頑張り切った後であるはずです。
 
もしかすると、親の目からは頑張っていたように見えないかもしれませんし、子ども自身も頑張った自覚がないこともあります。
 
ですが、頑張って悩み抜いた結果、“学校に行かない”という結論に達したのだと考えてみます。
 
そして、“頑張ったね”、“学校に行かなくていいよ”ということを、直接言葉にして伝えます。
 
子どもは、親から直接“学校に行かなくて良い”と言われることで安心できます。
 
しっかり心身共に休んで回復した後、子どもは必ず前に向かって歩き出すことができます。
 
親としても、子どもが学校に行かないことについてどうしても不安が拭えないし、心から許すことができない…と思うかもしれません。
 
ですが、学校に行かない子どもに対して心配を口にしたり登校を再開させようとしたりして、親子関係がますます悪化したり、子どもの悩みが深くなったりするということもあり得ます。
 
何度も書きますが、“学校に行かない”と言うまでには本人も散々葛藤して頑張り切っています。
 
親が心配や不安を口にすることで、子どもの不安やストレスが増えて、その様子を見た親の心配や不安が更に増える…という悪循環に陥ることもあり得ます。
 
そうならない為に“子どもの将来”を心配するのではなく、“現在の子ども”を気遣うことが重要になってきます。
 
子どもは今現在悩みを抱えたり傷ついたりしていて、次の一歩に進む為に“何とかしたい”と思っています。
 
将来のことは、今の悩みや傷が癒えてから考えても決して遅くないと思います。

まずは“現在の子ども”と向き合います。
 
子どもが“学校に行かない”と言う理由や不登校になった理由は、親にはよくわからないケースが多くあります。
 
子ども自身も原因を言語化できないことも珍しくありません。
 
そして、子どもが“学校に行かない”と言う理由、原因は、追求や解決が必要な場合もありますが、そうではない場合もあります。
 
子どもには、それぞれの性格や特性といった個性があります。
 
“学校に行かない”と言う原因も、その子の性格や特性が色濃く反映します。
 
無理に原因を突き止めようとすると、子どもはまるで取り調べを受けているように感じて罪悪感や葛藤が増長する可能性があります。
 
ただ、“病気や障害が関係するケース”や“いじめが関係するケース”などは、原因の解決…とまではいかなくても、少なくても対応は必要になります。
 
こうした原因の場合、子ども自身にも自覚がなかったり、また親に原因を言いたくなかったり…ということも考えられます。
 
そもそも、子どもが“学校に行かない”と言う原因を追及すべきか解決すべきか…といったことは、親だけで抱え込む必要はありません。

“自分の子どもだから親である自分だけで何とかしなければいけない”などとは決して考えずに、専門家などを積極的に頼ることが大切です。
 
“我が子の問題”であったとしても、親だけで対応しなくてはいけないものではありません。
 
積極的に周囲や専門家を頼ることで、子どもにとっても、そして親にとっても“より良い方法”が見つかります。
 
1人で悩んでいると、行き詰まることがどうしても多くなります。
 
他者からの視点によるアドバイスをもらうことで、具体的な解決策に繋がったり、話すだけですっきりします。

共感をしてもらえると安心することもできます。
 
親や親戚、同じような悩みを抱えている人などが身近にいれば、相談してみるのはとても良い手段です。
 
子どもから離れて、自分の時間を持つことも有効です。
 
1人で過ごしても良いですし、配偶者や友人などと過ごしても良いと思います。
 
自分の時間を有意義に過ごすことでストレスが緩和されます。
 
有意義に過ごすとは、必ずしも何かをしなければならないということではありません。
 
日常の悩みから一時的に避難することができる…リラックスできる環境に身を置くということです。
 
そして、専門機関を頼ってみることです。
 
専門家は専門的な見地から、子どもについてのアドバイスを行うことができます。
 
また、親の悩みについてのアドバイスももらえます。
 
児童相談所、児童相談センター、教育センター、ひきこもり地域支援センター、発達障害支援センターなど…域によって名称が異なることもありますが、いろいろな場所があります。

公的な相談窓口以外にも、子育ての支援団体、フリースクール、学校に行きたくない子どもたちの支援実績が多い学習塾、病院等の医療機関などがあります。
 
次に、現在在籍している学校への登校再開を目指すべきなのか…という大きな問題があります。
 
目指すならどうするか。

それとも、今在籍している学校にはこだわらないか…。

そうだとすると、どのような方法を模索するか…。
 
そうしたことが専門家を頼るうちに解っていきます。
 
子どものことを、親だけ、夫婦だけ、家庭だけで抱え込まずに、そうした専門家を頼ると現在抱えている問題が違う風に見えてきます。
 
そして、親は親で自分の人生を楽しむこともとても重要なことです。
 
先述の“自分の時間を持つ”と共通していますが、親は親で自分の人生を楽しむことです。

子どもにかかりっきりにならないようにします。
 
どんな親子関係でも、一貫して大切なのは子どもと適度な距離感を保つことです。
 
“学校に行かない”と思っている子どもは、常に親が子どものそばにいると“いつも親に心配をかけて…自分に時間を割いてもらって申しわけない”などの罪悪感を抱く可能性があります。
 
逆に、子どもは親が自分の時間を有意義に過ごしていると安心できます。
 
また、楽しそうな時間を過ごす親を見ることで自分の将来に対して希望が湧くこともあります。
 
子どもの人生と親の人生を両方大切にすることが大事なことになります。
 
ただし、子どものことは放っておいて良いということではないので、そのバランスの調整は大切になります。
 
遠すぎても近すぎても良くありません。

遠すぎれば親の目が届きませんし、近すぎれば親からの影響を受け過ぎるということになります。
 
でも、子どもと適切な距離を取ることはそれほど簡単ではありません。
 
一度に数十人の子どもを相手にしている教師なら、それぞれの子どもとの距離を比べられることもあって、子どもと適切な距離を比較的取りやすいかもしれませんが、たとえ兄弟がいても限られた僅かな人数の我が子との距離を親が客観視することは意外に難しいです。
 
そこで重要なのは、子どもを見ている時の自分の気持ちです。
 
子どもを見ていて“うちの子もまんざらでもないな”というふうに余裕を持って思えている時は適切な距離にあるということが多いようです。

一方で、イライラしている時というのは距離が遠すぎるか近すぎるのかのどちらかで対処が必要になります。
 
自分はどうだろう?と思う人は、一度、距離を取って意識的に遠ざかると良いかもしれません。
 
もし、そうしてみて元の距離が遠すぎたとわかった場合にも、更に距離が開いただけですから、今度は少しずつ近づけば良いだけのことです。
 
逆に、近すぎた状態から更に近づいてしまうと、適切な距離に離れるのはなかなか難しく、必要以上に子どもに関わってしまうということになります。
 
なので、自分がどういう状況だろうと悩むなら、まずは離れることが良いということになります。
 
子どもを見てイライラしている…という状況なら、まずは引いてみるということです。
 
今の親と子どもとの距離はとにかく近すぎるように思います。

友だち感覚の人もいます。

ルール違反や法律違反なことを、普通に、子どもに“良いよ”としてしまうような親も大勢います。
 
それは悪いことをしても叱れなくなってきた学校の先生と子どもの関係にも同じ事が言えます。
 
生きるということは、危険リスクが周囲にたくさんある中から自分で又は時には良いアドバイスをもらいながら、道を自分で選択して進んだり引いたり…逸れたりしながら模索することだと思います。

それは成功し、失敗し、ダウンをくらい、でも這い上がっていくみたいなことの連続です。
 
上り坂 と 下り坂 と まさか の連続です。
 
本来は、それは大人も子どもも同じです。
 
しかし、大人が子どもに安全な道だけを示し続けてしまうと、子どもが自分で考えたり失敗したりすることは減る一方です。
 
その反面、子どもは最初から成功しなければならないと強いられてるようなものです。
 
それでは、子どもが失敗を恐れて挑戦することを敬遠するようになるのも仕方ないことです。
 
しかも、親によって“最初から成功しなければならない”と思わされた子どもの場合、特に失敗を恐れたり挑戦を敬遠したりするのは、親が見ているところで…ということになります。
 
そして、失敗をして立ち上がるという経験もないので、親が見ていない1人ぼっちの場面で挑戦をして失敗してしまえば、大きな心の傷を受けるということになり、立ち直れなくなってしまうかもしれません。
 
本来なら、これは逆であるべきです。
 
親が見ていて手を差し伸べられるところで失敗して立ち上がる経験をさせてあげて、子どもが1人の時には失敗をしない…あるいは失敗をしてもしっかり立ち上がる力をつけさせてあげるべきです。
 
子どもが勇気を出して何かに挑戦しようとする時には、親は結果など気にしないで、それこそ適切な距離を取って、ただ見守ってあげれば良いと思います。
 
“我が子は成功するかな? 失敗をするならどんな失敗をするかな?”とか“成功したらどんな顔して喜ぶだろう?反対に失敗した時どんな感じだろう?”と余裕を持って見守れば良いわけです。
 
そうすれば、子どもは親の顔色を窺ってビクビクするようなことはなく、たとえ失敗をしても何度でも挑戦する人間に育っていくはずです。

毎度フォローする必要はなくて、失敗して悔しいと思えば、自分で考えます。

よっぽど対人関係とかで悩んだりした時には助言を出せば良いと思います。
 
失敗というと、スポーツや勉強など個人的なものをイメージする人が多いと思いますが、社会生活を営む人間としてきちんと成長するには、人間関係における失敗をなるべく早くにしておくことも大切になります。
 
これも子どもとの距離の話になりますが、やはり今の親は子どもに関わり過ぎる傾向にあります。
 
他の子どもやその親とのトラブルを避けようとするあまり、どうしても子どもを安全圏に入れてしまう場合が多いです。

だから親が見ている前では事件は起きません。
 
でも、そのまま体だけが成長して親が制御できなくなった時に、親が見ていないところで子どもが誰かと摩擦を起こす事件が起きてしまったら、いじめなど深刻な問題を起こしてしまうということになるかもしれません。
 
もちろん、いくら幼い子どもであっても、他の子どもに暴力を振るうようなことは止めなければなりません。
 
でも、親同士が見ている前で幼い子ども同士がちょっとした失敗をすることは、その後にきちんと人間関係を築いていく為にはとても大切なことです。
 
公園やショッピングモールのキッズルームにでも行った場合、親は子どもに近づきたくなる気持ちを抑えて、自分の子どもが周囲の子どもの中でどのように関係性を築いていくのかを見守る勇気が必要です。
 
その様子を見て“あら、他の子に物を取られちゃった”とか“怒るわけでもなく、穏やかでいいね”とか“もっと積極的になってほしい”というふうに客観的に思えれば、それぐらいで良いことだと思います。

それぐらいが適切な距離だということです。
 
世の中は決して、自分の思い通りになることばかりではありません。
 
そのことを知らないままの状態で身体だけが大きくなってしまうのは、あまりにもその子どもが可哀想ですし、とても不幸なことだと思います。

この距離感についても、専門機関にアドバイスを求めてみるのも良いと思います。
 
“学校に行かない”と宣言して、実際に学校に行かない場合、子どもも親も勉強の遅れについて気になると思います。
 
“勉強に遅れている”と自覚している子どもは、登校の再開が不安になることもあります。
 
学校に行かないでどのように勉強するか…。
 
そもそも、学校での勉強とは何なのか…。
 
まずは、“手段”としての勉強があります。
 
単位を取る、卒業する、入試を受ける…みたいなことの為の勉強です。
 
2つ目は、“目的”としての勉強です。
 
“勉強することそのものが良いこと”、人によっては“楽しいこと”みたいな捉え方での勉強です。
 
そして3つ目は、“社会の平均的な人になる為”の勉強です。
 
勉強そのものはどうでも良いと考えていますが“とりあえず皆と同じようなことをしておく”、人に“やれと言われたことをやっておく”みたいな一番多いパターンです。
 
まぁ、日本は“卒業した大学の名前”が重要視される“…なんちゃって学歴社会”ですから、この程度の勉強スタイルしかありません。

ただ、学校に行かない子どもは悩みがあって勉強どころではない時期があることもあります。
 
それぞれの子どもにとっての勉強再開の適切なタイミングについては、やはり、専門機関などに相談してみることが良いと思います。
 
これまでの学校に通うにしても、クラスへの登校は再開できないままでも、保健室登校と塾を併用することで、クラスへの通学とは違う形で前に進むことも考えられます。
 
学校以外での勉強方法としては、フリースクールがあります。

フリースクールは、主に学校に馴染めない人たちの為の教育機関です。
 
“スクール”と名がついていますが“正式な学校”ではなく、NPO法人や個人により運営されていることが多いです。
 
団体によって運営方針も異なり、勉強に力を入れている所や、精神面や生活面での支援が中心の所、人との交流がメインの所など…様々です。

共通する部分は、通う人にとって安心できる“居場所”としての面が強いことです。
 
なお、正式な学校ではないものの、フリースクールへの出席を学校への出席としてカウントできる場合があります。
 
適応指導教室も学校に馴染めない人たちの為の教育機関です。
 
フリースクールとの違いは、市区町村の教育委員会が運営しているという点です。
 
フリースクールに比べた場合のメリットは費用がかからない点です。
 
適応指導教室への出席も一定の条件のもとで、学校の出席日数にカウントすることができます。
 
ただし、適応指導教室は不登校の小中学生の在籍している学校への登校再開も目的としています。
 
適応指導教室の先生との相性に加えて、子どもが今在籍している学校への拒否感が強かったり、しばらくは登校再開を考えていなかったりする場合には注意が必要です。
 
学校に行っていない人たちの勉強を支援する塾や予備校もあります。

前述のフリースクールとの違いは勉強がメインであることです。
 
子どもが高校生の場合は通信制高校に転校するという方法もあります(子どもが中学生の場合は進学先候補の1つにあると思います)。
 
通信制高校は通学して授業を受けるのではなく、学校から送られてくる教材や課題を自宅で勉強するというシステムの学校です。

正規の高校です。
 
卒業すると高卒資格が得られます。

学校の校舎や教室に抵抗感があったり、毎朝起きるのが苦手、人とあまり会いたくない…という人には、特に有力な選択肢になると思います。
 
自分のペースで勉強を進められるという利点もありますが、それは自分で勉強スケジュールを管理しなくてはならないという意味でもあります。

年に何回かはスクーリングという登校して授業を受けたり、イベントに参加したりする日もあります。
 
勉強については、サポート校という通信制高校と連携した学習塾を利用することもできます。
 
不登校の子どもは学校に行かないことによる不利なことはありますが、将来にはもちろん進めます。
 
親や子どもにとって一番気になるのは“学校に行かないとどうなるのか”ということだと思います。
 
ハッキリしていることは、今在籍している学校には行かなくても進学や就職といった次の一歩に進むことができるということです。
 
小中学校であれば、学校に行かないままで卒業できますし、出席日数が少なくても進学できる高校はあります。

転校という方法もあります。
 
高校だったら、中退しても高等学校卒業程度認定試験に合格すれば、大学や専門学校の受験や入学資格を得ることができます。
 
今在籍している学校に行かなくても、将来が閉ざされるわけではありません。
 
いろんな人に相談しているうちに、子どもの気持ちや状況が変わって登校を再開することもあり得ます。

ただし、今在籍している学校に行かない期間には、勉強と社会性から一時的に離れるというデメリットに繋がることも事実です。

子どもが“学校に行かない自分はダメな人間だ”と悩んだり、親としても“自分の育て方が悪かったのだろうか”と苦しんだり、進学できる高校の数が少なくなったりすることもあると思います。
 
そういう悩みも、専門機関や勉強ができる場所を頼ることで次第に解決していきます。

当事者の親子をサポートする人たちはたくさんいます。

そうした人たちを積極的に探して頼ることが大切です。
 
私はいつも日本人は不寛容だと言いますが、実は寛容で、人は頼られるとその人を助けたくなります。

そういう一面を隠したいシャイな民族になったのだと思うことにしています。
 
何度も書きますが、今在籍している学校に行かなくても将来は広がっています。
 
子どものことも自分のことも責めず、今の生活を一緒に楽しむことです。
 
そして、今在籍している学校に登校を再開するにしても、別のルートを探すにしても、子どものことを親だけで抱え込む必要はありません。
 
専門家を頼って、子どものことを相談してみることです。
 
学校に行かなくてもまったく問題ないのですが、やはり、子どもにとっての“社会”、“世界”に属することはとても重要なことだと思います。
 
最も重要なのは、自分の世界観を否定される経験だと思います。
 
自分の価値観を否定されることや、あるいは自分と全く異なる価値観や世界観で動いている人が世の中にはたくさんいると知ることです。
 
社会に出ると、自分が当たり前と思っていることは意外と簡単に壊されて当たり前じゃなくなります。
 
その感覚を肌で感じることが成長に繋がると思います。
 
それは地球の自然に触れることや、日本以外の文化に触れること、あるいは別の世代に触れることなどでも可能だと思います。

外国に行けば、自分たちが日頃当然のように大事にしていたことを誰も気にしてないことが分かります。
 
若い頃に老人と話すと、体の痛みのことや、日々普通に生活できるだけでありがたいことが分かります。
 
自分が普段置かれている環境とは異なる環境や、自分とは全く違う他者との出会いのような経験が大事になると思います。
 
ここ数年はコロナ禍だったこともあり、子どもが普段と違う場所や人と触れ合う機会がかなり少なくなりました。
 
今はきっかけ作りがすごく大事で、親が作っても良いですし、子どもが自ら作っても良いと思います。
 
家の中だけや学校の周辺だけでは、自分の価値観がガラッと覆されるような経験はなかなか望めません。
 
別の法則とか別のルール、別の価値観で動いている世界があることを分かっていることが、結果としてウェルビーイングや気楽に生きていくことに繋がると思います。
 
人はついつい、自分が属している小さな世界の中で悩み苦しんでしまいます。
 
ブラックな企業に属してしまっている場合、外から見ていると“辞めれば良いのに…。”とそれで済むのですが、内側にいる人たちはなぜか、そこにいることが前提になってしまっていて、自分のアイデンティティみたいなものがその小さな世界にからめ取られてしまっていることがすごく多いです。
 
そこからどう自由になるかが、適所適材が成り立っていない日本社会で生活する人の課題だと思います。
 
私のような凡人に限らず、世の中にいる優秀な人材だって同じで、受験戦争を勝ち上がって有名な学校に入り、人が羨むようなキャリアを歩むという、他者から見れば実は誰も興味のないどうでもいい目標が、本人にとってはとてつもなく重要なことになり、そこから少しでも外れると、世界が終わったような恐怖感を勝手に自分たちで作り出しています。

でも、違う世界がたくさんあるということを、できるだけ早い段階で体感して知っておけば、そんなことで優秀なはずの人生を棒に振ることはありません。
 
なので、自分の世界観を否定されること……これからの教育の最も必要なことの1つになると考えられます。
 
肯定する経験、肯定される経験を学ぶことと同時に、否定する経験と否定される経験をするということです。
 
その時々の自分の気持ち、心の変化はどうだったのか…ということを分析する体験は大事かなと思います。
 
その痛みがわかれば、人は人に痛いことはあまりしなくなるのかなと思いました。
 
 
 写真はいつの日か…松前町から撮影した青森県です。

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