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【小説】『エニシと友達』12/12

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(12回中12回目:約1600文字)


 そう呼び掛けるのはさすがにやめた。今はどんな名で、どんな立場で役職で暮らしているかなんて分からない。
 だけど、見失いたくなくて何て声を掛けたら良いのか迷いながら、背中から近付いている間にショッピング施設から出て来た女の人が、気が付いて彼を振り向かせてくれた。
 しっかり化粧をして黒いまとめ髪に服の色に合わせた帽子を乗せて、
「あなた」
 と女の人が夫を呼ぶ時にだけ使うような言葉で彼を呼んだ。
「知ってる子?」
 絶対に、気付いているはずなのに彼は、
「いや。多分、人違いだと……」
 なんて、言ってきたからすごく、腹が立ったけど、だけど、仕方がないやって、
「ボク……、エニシです。戦争中、あなたと友達だった人の子供です!」
 口に出してもまだ大丈夫そうな言い方を、一生懸命考えていた。
「助けて下さい! お母さんも、お父さんもみんなっ……、死んじゃってボクどこに行ったら良いのか分かりません! 行く所ならあるって、言われたけど、運が良いって、安心しなさいって何度も、繰り返されたけど、だけどっ……、そこじゃない! 絶対に、そこじゃないんだ! だから……、逃げて来たんですボク……。お願いです見捨てないで下さい……」
 言いながらあふれ出て来た涙ももちろん、ウソじゃなかったけど、彼が見捨て切れるわけがない。追いかけて来た人達に、目の前でボクが捕まったりしたら最悪だ。
「とりあえず、その、話を聞こうか。車に」
 案内された車の、色に形にナンバーは頭に刻み込んでおく。
「乗せるの?」
 女の人は何か、イヤな感じがしたみたいに眉をひそめた。
「このまま放って行くのも、ちょっと……、どうかなって……」
「そう」
 車のそばまで近付いたボクの、目の前に屈み込んで、間近でボクの顔をじっと覗き込んでくる。
 別に、後ろめたくはなかった。ボクの髪の色は今、すぐそばに立つ彼に似ているけど、エコーにだってアルファにだって似ていたし、顔立ちはチャーリーに似たままだから。
 そしたら女の人は腕を伸ばして、ボクを全身包み込むみたいに、抱き締めてくれた。一回ぎゅっと強く、力を込めて、腕を放して立ち上がった表情は落ち着き払っていたけど。
「ハンナ」
「震えてたから。今そうしてあげた方が良いかしらと思って」
 ロックが外れて、ドアを開けて乗り込んだ後部座席、さっきフォンダの車ではボクが座っていた位置には、ボクと同い年、よりは2、3歳年下っぽい男の子がいて、
「お兄ちゃんっ?」
 って運転席の方に身を乗り出してはしゃぎ始める。
「お兄ちゃん、連れて来てくれたの? パパすごーい! ボクほしいって言ってたから?」
「そうじゃない」
 運転席に座って背を向けたままの彼の声色は、少し固くて、
「少し、静かにしていてくれ。今、考えてる」
 今の彼にとってボクは、すごく厄介な存在だろうなと思ったけど、見捨てる事に決めてしまわれるまでには、まだいくらか時間がありそうだった。
「ちぇー」
 と男の子は分かりやすく口をとがらせて、フォンダに聞かれたら腹を殴られる、と思ったらボクはちょっとだけ、笑ってしまった。
 女の人も助手席に乗り込んで、しばらくしてから、車が走り出す。対向車線には警察の車が何台か通り過ぎて、その先に集まって行く感じで、彼らの家はまた別の土地にある事が分かって、ボクはとりあえずホッとした。
「まぁいいや。お兄ちゃんじゃなくたって、ボクたち、友達になろうよ」
 隣から男の子が言ってきて、ミラーに映り込んだ運転席の、彼の口元が少しゆるむ。
「ボクはミライ。君は?」

 彼らの家より遠く離れた異国の地では、tomorrowからfutureまで、幅を広く持たせた先行きを意味する音並びだが、
 それを知る者など誰もいない。単に偶然だ。

                         了

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