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【小説】『一個人Mix Law』4/8

 「個人として自立しながらの連携」を促す向きも、
 私は疑問を感じてしまうのです。
 長らく集団においては苦しめられる経験が多かったもので。

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(8回中4回目:約2200文字)


4 概説

 国家を土地に結び付いたものと限らなくても良いのではないか、という発想は、既に一千年も昔から、考え出されていたと伝えられている。
 太古の昔から土地を巡り、領土や領海の実りを奪い合っては争いが起こっている。良い土壌に良い漁場は、限定され、しかも偏っているからだ。これほど原因が明確に分かっている問題を、野放しにしたままの人類は、実に不合理かつ愚かな存在だと。
 内燃機関が発明され、世界各国が自動車の開発競争に邁進していた頃、精度は低いながらも開発されていた初期の転送技術はしかし、一部の者達の秘匿とされた。精度が低い、事自体が人命に関わり、人道に反する、とされていたがそれも表向きの理由で、彼らが長年あたためてきた、理想の国家社会を築くためには最適な技術と確信していたからだ。
 転送技術の精度さえ上がれば、国民一人一人が好きな時に、好きな場所に行けば良い。時計も地図も不要になり、地球表面上の面積としての国土も必要としない。世界中の情報を分析し要所要所への転送を制御する機構さえあれば、足りる。
 地球の全土までは覆い切れず、「国家」に属さない都市や地域は存在するものの、ある程度まで発展するとそれで一向に構わない、と判断された。情報を解析し精度を上げるためには、生活水準に文化レベルを、一定以上の品質に揃えておいた方が良い。
「シュテファン。悪いけど今日は僕、仕事があるんだ」
『お仕事? ロウの? 私は、近くで見ていても構わない?』
「構わないけどきっと何をやっているか分からないだろうし、つまらないと思うよ」
 世界の表面上の情報にはもちろん、インターネットを使う。
 デスクで筐体を立ち上げて、音声通話のためのヘッドセットをはめて、文字が書かれて並んだキーをいちいち指先で打ち込んだり、画面上に現れるボタンを押すためだけの道具を使ったり、頭の中には生まれた時から思考だけで操作できるデバイスがあるのに、そっちはほとんど受信専用にして、
 予測された時間に、予測された取引を行えば、口座には金額が入ってその額から、国家への税金も天引きされる。税金、高いよなって気もどこかではしてるけど、「予測」は完璧だし、「家族」の数や疾患に応じた何不自由無い暮らしぶりは、保証してもらえるし、
 国民のほとんどが不労所得を収入源、にしているから、世界に混乱を引き起こさない程度に国民の人口は制限される。インターネット、というものは所詮、僕の国を維持存続させるための、情報集積機関に過ぎない。
 ヘッドセットを外して振り向いたら、デスクに向けて置いてあるソファーに座ってシュテファンが、キラキラした目で僕の事を見詰めていて胸が痛くなった、
 気がしたけど消えた。あれ。何で今胸が苦しい気持ちになったんだろう。
『なんか、すごいね。私はよく、分からなかったけど』
「すごくないよ。ちっとも。僕には分かっている事だもの」
『何を、やっていたの? そのお仕事、楽しい?』
 まただ。一瞬ものすごく痛い気がしたけど、消えた。
「楽しくは、ないかな。だって、仕事だから」
『そうだね。だけど、私にはすごく楽しそうに見えた……、ってごめんなさい』
 両手で口を押さえて恥ずかしそうに、でも続けてくる。
『すごく、楽みたいに見えた。ロウには本当は、そうじゃないんだろうけど』
 三回目、が来てようやく、「罪悪感」だって理解した。シュテファンの国の「仕事」に比べたらこんなもの、お話にならないただの「作業」だって。
 しかも多分シュテファンの国の「仕事」を、僕達が更に過酷なものにしている。
 予測の精度を上げるためにも、突発的な言動を引き起こしかねない「衝動」は、デバイスによって抑えられる。
 怒りとか悲しみとか、憎しみといった強い負の感情は、発生する度に消去される。僕にとってはこのデバイスが、生まれた時からの当たり前で、便利なものだし予測のためには必要なものだって、理解しているけど、
 負の感情でも弱いもの、軽蔑とか不快感なんかは、父が死んでしまった今も消えずに残り続けている。
「紅茶、飲みたいな」
『あ。私、淹れてくる』
「いいんだ。自分で出来るから」
 ダイニングに向かう僕の後を、シュテファンがついて来る。家事をしてくれるロボット、なんて物も必要が無い。デバイスのおかげで僕は、自分にとって最適かつ完璧な家事を、理解しているし情報通りに行動できる。
『ねえ』
 ポットを火にかけたところでシュテファンが言ってきた。
「ん?」
『もしかして、怒ってる?』
「いいや。怒ってないし、怒らないよ僕は。どうして?」
『紅茶、私が淹れたいんだけど……』
「え? いいよだって、僕が飲む分だし、もう火にかけちゃってるし。ああ君も飲むかなと思って一応、二人分用意しているけど」
 僕は怒っていない、はずなんだけどシュテファンの顔は見ているうちに真っ赤になって、
『私が! ロウに淹れたいの! 私にも何かやらせて私にだって出来るんだから!』
 って叫び出した時にはもう涙目、どころか大粒の涙がポロポロと、こぼれ落ちていた。突発的な言動で、僕は確かに驚いたけど、
 デバイスが無いってそんなに、心身に、負担をもたらすって警告されるほどの事だろうか。

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