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【小説】『一個人Mix Law』2/8

 自信がある作品は公開していかないと、
 誰からも気付かれやしないなと思ったもので。

 未読の方はまずこちらから↓

(8回中2回目:約2500文字)


2 調整


 睡眠を妨げない配慮くらいはしてくれるみたいで、目を覚ましてある程度、意識がはっきりしたその瞬間にデバイスが鳴った。
 ベッドサイドの椅子に座ったままで、シュテファンの様子を眺めているうちにうたた寝をしてしまった事は、ひと晩程度であれば健康上の大きなダメージにならないと、「予測」されたらしい。乱れた髪をかき上げた流れでタップする。

 --死亡登録
    死因  :人為的エラー

 予想通りで苦笑する。だけど、次の通知は予想通りでも笑えなかった。

 --シュテファンにデバイスの装着を推奨
 --本人の意志を確認した後判断

 返すと同時にまた通知が来た。

   警告 
    デバイス無しの婚姻関係は、
    配偶者に多大な心身の負担をもたらし、
    御樟 朗は嗜虐性癖を持つ者として、
    国家に登録されます。
    シュテファンにデバイスの装着を強く推奨

「やれやれ」
 あえて口に出しながらため息をつく。必要以上の恐怖には、煽られない方が良い。
「新婚夫婦が迎える初めての朝くらい、心穏やかに過ごさせてくれないかなぁ」
 ぼやきながら立ち上がり、寝室を出てすぐの廊下をダイニングに向かった。朝に一杯程度は許されているコーヒーを、淹れる間くらいなら、通信モードにしておいたままでも大丈夫だ。
 コーヒーを飲みながら、あまり入れたくはなかった項目を選ぶ。

 --デバイスの操作が困難と思われる脳疾患リスト

 それらしい病名にチェックを入れた。これで「家族の補助が必要」、と判断されてくれる。それはそれで異常嗜好と登録されるだろうけど、嗜虐性癖と断定されてしまうよりはマシだ。
 昨日までの僕だったら、父がシュテファンにデバイスを装着しても、何にも思わなかったどころか「家族」に対する当然の義務だって、頷いたはずだ。だけど、
 僕は、走ったんだから。外国の街を。夜のまま完璧なガイドも無いのに。
『ロウ?』
 ダイニングの入り口から声がした。
「ああ。おはようシュテファン」
『おはよう』
 入って来るシュテファンに近寄って、初めは軽い気持ちだったと思う。「家族」で「妻」なんだからこのくらいは普通だよねって、少し屈んでシュテファンの唇に、唇を押し当てた。
『何。今の』
「あいさつ」
『あいさつ? 貴方の国の習慣?』
「そう」
 シュテファンの国の習慣の方が近いと思うけど、シュテファンは孤児だったし、お世辞にもあたたかな環境には、置かれていなかった。
『どこ、にいるの? 私は今』
「N国だよ。僕の家」
 とび色の目をいっぱいに見開いて、
『ええっ!』
 って驚いてくる様子が、悪いけど可愛い。
『私は……、私の国の、ホテルにいた休んでたはず……』
「すっごくぐっすり眠っていたよね」
 って笑ってごまかすつもりでいたけど、
『N国って、すごく遠いよね確か。私は名前しか知らないし、場所も分からないけど。貴方の家に着いて今朝まで私は、一度も目を覚まさなかったの?』
 シュテファンにはごまかせる程度の話じゃなかったなって、気が付いてデバイスをタップした。
 同じダイニングの「翌日」に転送される。
「ごめん。つまりね、目が覚めないようにしておいたんだ」
 一瞬だけざわついた感覚があったかもしれないけど、全体の驚きに紛れてくれるだろう。
「寝る前に君に飲ませた水に、ちょっとだけその、薬を」
 それはそれで気持ち悪い話だと思うけど、シュテファンは、納得した表情になった。
「気分は、悪くないだろ? 身体も、調べてもらって構わないけど、どこにも何も、していない。眠っている間に全ての手続きを済ませておきたかったんだ。君には了解を得ていなくて、申し訳無いけど」
 なんだかちょっと、赤くなってもじもじし始めたから、気が付いてトイレに案内してあげた。先にダイニングに戻って、ひと口ふた口飲んだだけで冷たくなったコーヒーを捨てる。
 シュテファンも起きてきたしひと口程度だったから、淹れ直したっていいけどシュテファンは、朝にコーヒーを飲むのかなって、思っていた間に戻って来た。
 ホッとした様子だけどちょっと赤みは残ったまま、服の胸元や裾を不思議そうに揉んでいる。
『丸一日、眠り続けてその間……、お手洗いとか行かなくて済んだんだ……』
「そういった機能も眠ってるんだよ。僕の国の薬だから、君が知らなくてもしょうがない」
 ダイニングを出る前に、シュテファンの肩に手を置いて言い聞かせた。
「ちょっと、待ってて。この部屋にだけいてもらったら、安全だから」
 寝室に入ってドアには念のため、鍵を掛けてから、デバイスをタップする。
 D国内の、「昨日」の客室に転送されてすぐに、鍵を取ってホテルのフロントに向かって、チェックアウトを済ませた。
 昨日一日を過ごせていたら片付け切れたはずの事で、片付けていない場合の不利益が、片付けた場合に比べて大きい事案に限り、回収させてもらえる。だけど過去への転送は、やっぱり負荷が掛かるから、戻って来た時は大抵ちょっとしたものが壊れている。
 寝室に戻った途端ダイニングの方から、小さかったけどシュテファンの叫び声が聞こえた。
「シュテファン?」
 駆け込んで見るとシュテファンは、冷蔵庫のそばで青ざめて震えている。
『ごめん……。ごめんなさい……』
「どうしたの? 何かあった?」
『朝ごはん……、何か私作れないかなと、思って……、冷蔵庫開けたらその……』
 シュテファンが指差した先の床には、卵が一個落ちて割れていて、それを見たら僕は笑ってしまった。
「それだけで済んで良かった」
『それだけ……? 卵、ごめんなさい一つ、ダメにしちゃったのに……』
「君に何かあるよりはマシだよ。大丈夫? 他にケガとか無い?」
 僕をじっと、見詰めてから頷いてくる唇に、またキスしたくなったけど、ちょっとずつでいいやって今は、やめておいた。

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