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【小説】『一個人Mix Law』7/8

 ところでBLではないつもりでいます。
 明記していませんが、
 ロウに生殖機能はありませんので。

 未読の方はまずこちらから↓

(8回中7回目:約3600文字)


7 境界


 世界中の大抵の都市なら「国民」は、好きなように移動出来るんだけど、僕には生まれた時からの当たり前で、せいぜい父から言い付けられた無茶な用件が立て込んだ時に、便利だなって思うくらいで、
 シュテファンと一緒に出歩くようになるまで、それがすごく楽しい事だなんて気付かなかった。
 転送、される瞬間には気を遣うし(例えば人目に付かないような場所で、転送に巻き込まれる人を出さないようにしなきゃいけない)、シュテファンにも一瞬みぞおちが動くみたいな、妙な感覚があるみたいだけど、全体としては綺麗な景色を見られたり、美味しい物が食べられたりする中で、シュテファンも楽しそうだから気にならないでいてくれるみたいだ。
『貴方の国ってすごいね。家からそんなに離れていないのに、本当に何でもある』
 ってシュテファンは僕の家があるN国を、「僕の国」だって思っている。
「他に何か行きたい所とか、欲しい物はある?」
 訊いてみるとシュテファンはうつむいて、レモン味のクリームソーダを、ちょっと伏せた目で見詰めていた。
『今日はもう、良いかな』
「疲れた?」
『ううん。だけどその、一度にそんなたくさんって、楽しみ切れないよ』
 クリームはまだ半分近く残っていて、見ているとひとさじひとさじを、ほんのちょっとずつしか乗せていない。
『詰め込んだら詰め込んだだけ、薄まっちゃう気がしてもったいない』
「ええ? そうかな。もっと詰め込まないと……」
 言いかけてどこかゾクッとして、すごく、嫌な気分にもなったけど消えた。
『ロウ? どうかした?』
「ううん。大丈夫。何でもないんだ」
 もっと詰め込まないと君達の一生は、僕よりずっと短いんだからって、そう口に出しそうになった。出さなくて良かったってホッとして、ホッとした感じを気に留めて、嫌な気分になった方向には考えを進めないようにしていた。

 素敵な雰囲気のカフェを出て、シュテファンが、すぐ後ろを歩いているのを確かめてから、ちょうど今周りに人が見当たらないなって、デバイスをタップした。
 家の近くの路地裏に転送される。
「家に帰ったらシュテファン……」
 振り返って見るとそこには、誰もいなくて、だから、シュテファンの姿が無くて、ああ置いて来たって初めは忘れ物を取りに行くみたいに、一つ前の街に戻ったけど、カフェがあった場所とは少しズレた地点に転送された。
 まずいな、って一つ、舌打ちする。さっきタップした地点には今誰か人がいるんだ。と言うよりだから、シュテファンが、デバイスが無いからシュテファンただ一人では、「国民」だって認識されない。
 ちょっと駆け足になってカフェの前に着いたけど、シュテファンはそこにいなくて、
「シュテファン!」
 って大声で、一度だけ呼んでみたけど返事が無い。
 どうしよう。どっちに行ったんだろう。この街の西側と南側と、あと北側半分は大丈夫だけど、それ以外の方向に進み過ぎると「国の外」だ。
 境界を越えないと僕の目には映らない。
「シュテファン!」
 ってもう一度、声を上げた瞬間に、

 どうしよう、ってものすごく、焦っていた気持ちが消えた。

 あれ。あの子ってそんなに、一生懸命に探すような相手だったっけ。
 いや。ちょっと待てよおい。何考えてるんだ。
 だって、血とか家柄とか、遺伝子とか何かつながってるわけでもない。外国からほとんど無理に連れて来た、他所の子供だろう?
 家族に、したんじゃないか。僕の。父じゃなくて僕一人の。
 そうだね。父と同じ事やってんだよね。
 同じじゃない! 一緒にするな!

 って、腹を立てたその感じも消えてしまう。

 うわ。って、ものすごく、気付きたくない気持ちがすぐ近くまで忍び寄っていて、
 しっかり握られた手とか、夜の中を、一緒に走っていた僕の足取りとか息遣いとか、亜麻色の髪の手触りとかちょっとだけ微笑んで見える嬉しさとか、とび色の瞳から大粒の涙がこぼれていく様子とか、そういうの全部全部全部、
 失いたくないって、僕が、ものすごく怖くなった途端に消えちゃうんだって、
 思った瞬間に目の端で、動く影があってシュテファンだって気付いた。だけど、「国の外」からやって来てまた「国の外」の方に消えてしまう。
「止まって!」
 立ち止まってくれたシュテファンの身体は、前側半分が境界の外で、背中側から抱き締めて引き寄せる両腕に抵抗を感じたけど、そのくらいは何でもないくらいに軽い。シュテファンの腕が指先まで揃って、「僕の国」に入るのを、しっかりと見届けてから大きな息をついた。
「良かった……。見つかって……」
『ロウ』
「見失う……、ところだった」
『私も、捜してたの。ねぇロウどこにいたの?』
「ごめん君には、分からないと思うけど、その」
 息を整えながら僕には、境界になっている方を指差す。
「ここから先は僕の目に映らないんだ」
 シュテファンは多分境界の先の景色を、じっと見ている。
『ここから先は、貴方の国ではないってこと?』
「うん。行こうと思えば行けるんだけどね。抵抗があるんだ。薄い壁を、通り抜けるみたいな感じがする」
『そう』
 シュテファンの声は一瞬、自動翻訳を通した方じゃなくて、良く聞くと重なっている本当の声が、すごく濁った感じに響いて、
「シュテファン? どうかした?」
『ううん。どうもしない。ただ、よく分かった』
 怒っている、って気が付いたけど、何に対してなのか、僕に対してなのか、どう言葉をかけてあげたら怒りが消えてくれるのか分からない。だけど、
『ねぇロウ』
 僕に向けて上げた顔は、とび色の目も澄んで落ち着いて見えて、
「うん。シュテファン」
 シュテファンの唇が開くと同時に、
「『家に帰りたい』」
 僕が口にした声も重なって、それをきっかけにお互いちょっと笑い合えた。

 家に帰り着いて玄関の扉を開けて、シュテファンを、先に通して僕も後に続いて中に入って、扉を閉めたら、
 言い交わしていたわけでもないのにお互いに、腕を伸ばして唇を重ね合わせてしまった。
「君が……、いなくなったらどうしようって……。見つかって良かった……。本当に……」
『うん』
「僕を、見失ったらその場所で、待っていて。心細いだろうけどその方が、すぐに見つかるから」
『うん。ごめんなさい……』
「ああシュテファン……!」
 力を込め過ぎないように、抱き締めた身体があたたかい。
「嬉しい。君が見つかって本当に、本当に嬉しいんだ。怖かった。すごく怖かったし、まだ怖い。だけど嬉しい。嬉しい方がずっと強い。ずっとずっと強い。嬉しい間は、消えないんだ。嬉しい間は僕は、君を愛している気持ちもなくならない」
 口から飛び出すままにしゃべり続けていたけど、シュテファンにはきっとその全部まで伝わらないだろうし、結局伝えたい事なんてひと言だけだって、とび色の目を見詰めて口にした。
「愛してるよシュテファン」
 そしたらシュテファンは、いっぱいに見開いた目を二、三回瞬きさせていて、勝手に「妻」にしていたけどそう言えば男性だったって思い出した。
「ごめん。驚かせた」
『ううん。大丈夫その、私も』
 胸に手を当てて一回固そうな息を飲み込んでから、顔を上げてくる。
『私は、ロウを愛してる。うん。男だけど。友達、くらいじゃなくて』
 それからもうしばらくの間、「衝動」になって消えてしまうギリギリめいっぱいくらいまでは、唇を重ねてお互いの、髪や頬に触れ合っていた。
 腕を離したらシュテファンは、手の甲で唇を押さえた真っ赤な顔を逸らして、
『紅茶、飲む?』
 心地良さが残ったため息混じりに呟いてきた。
「ああ。うん。シュテファン君が、淹れてくれるの?」
『うん』
 ってダイニングに入って行く途中で振り向いて、僕に笑顔を見せてくれる。
「ありがとう。僕はちょっと、部屋に」
 廊下を進んだ先にある、僕の部屋に入って、扉を閉めてその音が背中の後ろから届いた瞬間に、
 身体の奥底から、今までに無かったくらいの強さでものすごい熱量の怒りが巻き起こった。
 こんなものじゃない! こんなものじゃないんだ僕が欲しかったものは、絶対に!
 今日は、見つかったけど見つけ切れたけどシュテファンは、僕よりずっとずっと早く死んでしまう。僕とは抱き合えたってキス出来たって、男性で僕との子供なんか、初めから出来はしないんだけど、本当に心からの、身体中で愛し合う事は出来ないんだって、思ったら、何なんだこの国は! シュテファン以外の何もかも、引きちぎってドブにでも叩き棄てたい!
 父を憎んでいる。父の世代の国民を、みんな、みんな全員憎んでいる。
 こんな、馬鹿げた下らない国を、まるで理想みたいに思い込んだ、一千年も昔の頭のおかしな連中まで遡って、一人残らずその虫が湧いた頭を叩き潰してやる!

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