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【小説】『エニシと友達』5/12

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(12回中5回目:約3000文字)


 次に女性を見た時は、エニシは壁際に小さな机を出して、紙を広げて文字を書き取ってみていた時で、頭に手をやってうつむいたタイミングで、机の向かい側に黒い影が広がるのが分かった。
 血も涙も止まったみたいだけど、眉間にシワは寄せている。血走らせていなければキレイな色の瞳で、結構美人だとエニシは思った。今日は服も着ていて黒のタートルネックに、ロングスカート、と思ったら、モヤモヤにドロドロが集まってそう見せているだけだった。
「あなたは、誰?」
 そう口にした途端に、

 -- アイツらの言葉しゃべらないで!

 ドロドロが服の形を飛び出さんばかりに蠢いて、両目が血走り始める。そこにエコーがニヤつきながら言ってきた。
「エニシィ。お友達がジャマしてきたってのはナシだぞぉ」

 -- ほらアイツらも気付いて話しかけて来るから!
    私アイツらの声聞くだけで虫酸が走ってハラワタが……

「分かった」
 女性に言ったのだが、エコーがニヤついたまま頷いている。

 -- 声出さなくたっていいのよ。
    私の耳ってコレ本物じゃないから聞こえないから。
    気持ちの固まりだから。気持ちぶつけたら届くから。
    そりゃ出来る事なら気持ちにだって、
    こっちの言葉使ってほしいけどね。
    あんたまだ子供だもの。
    他所の国があるって事も知らないでしょ。

「知っ……」
 途切れ無く長々しゃべりかけて来られるので、思わず口にしそうになったが切り替えた。

 -- 知ってるよそのくらい。
    お母さん、他所の国の人だから。

 すると女性はまた長々と返して来るかと思いきや、黙り込んでエニシをじっと10秒近く見詰めた後で、微笑んで、

 -- 可愛いわね。

 と言ってきたのだがエニシには、何をそう思われたのか分からない。

 そんな調子で日々話しかけられ続けるものだから、エニシはミルカの故郷の言語も、誰が教えたわけでもないのに習い覚えて行くのだが、
 大抵は文字を書いてみているものだから、

 -- 名前は何?

 と訊いてみたところ、

 -- ペトラ。

 と返ってきて、名前、あったんだとエニシは少し驚いた。

 -- どう書くの?
 -- 文字はほとんど変わらないよ。
    単語に発音は、だいぶ違うけど。

 -- ペトラは、どこから来たの?
 -- ミルカと、あんたのお母さんと同じとこ。

 -- どうしてここにいるの?
 -- 呼ばれたのよ。ミルカに。
 -- お母さん、ペトラがいるって気付いてないよ?
 -- 気付かなくたって。

 クスクスと、笑い声を立ててから上げて来た顔は半分ゆがんでいた。

 -- アイツらの顔も名前も知らないまま、
    私達は酷い目に遭わされたのよ。

 黒く潰れた半分の肉塊には、また無数の目玉が光っていて、崩れた輪郭を乗り越えての、涙に血が幾筋も流れ落ちて行く。およそ子供に見せて良い姿ではない、とも言い切れない。子供でもなければ直視し切れないモノも、きっとこの世には存在する。

 -- ミルカはアイツらの、
    顔も名前も知ってるどころか、
    毎日見合わせて、呼び掛けて、
    一緒に暮らしてんじゃない。
    そりゃ引き寄せられるのよ。
    こっちは生きてる間中ずっと、
    知りたくも近寄りたくもなかったけど、
    私以上の地獄に堕ちろって、
    毎日毎晩呪い続けてきた連中だからね。
 -- ごめんねって。

 声を掛けると崩れた形が戻って行って、ペトラだって子供を相手にこんな話を聞かせ続けたくもない(だけど自分でもどうにもならない)事が分かる。

 -- ボクが言ったってムリだよね。
 -- 分かってんじゃない。そりゃそうでしょ。
    それで済むんだったら初めから出て来やしないのよ。

 ペトラの『声』も、しっかり聞こうと耳を澄ませば、様々な色合いの気持ちが細かく混じり合って出来ている。

 -- このガキも一緒に引きずり落としてやる!
 -- やめて子供は。子供だけはやめよう。お願いだから。
 -- 子供。子供かわいい。欲しかった私産みたかった。
 -- 産みたくない!
    殺してやる産むくらいだったらアタシが死ぬ!

 だけど、どの気持ちも結局、本当に、本当の真ん中にあるのは、

 -- 愛されたい。

 愛されたかったって、ただそれだけなんだとエニシも既に聞き慣れている。

 -- ミルカに入り込んでアイツらを、
    ズタズタに斬り刻んでやるつもりだったのに。

 ペトラの声を聞いてこないだは、チャーリーを狙っていたわけじゃなかった事を知った。

 -- 入り込めない、って言うか、
    入り込ませてくれないのよミルカってば。
    お腹の中には不満だって、
    どんどん溜め込んでってるくせに。

 不思議そうなペトラの顔を見詰めて、聞きながらエニシは、首を傾ける。

 -- ムリだよ。
    だってお母さんは、お父さん達が好きだから。

 するとペトラの両目は見開かれて一気に血走るのだが、

 -- やめて。その目怖いからホントに。

 そう返せるくらいにはエニシも見慣れてしまっている。

 -- ボクだって、みんながみんな、全部じゃないけど、
    嫌いじゃない、っていうか、嫌いになれないんだよ。
    ペトラ達にひどい事したって、分かってるけど、
    お父さん達を嫌っちゃったら、
    ボクまで半分嫌わなきゃいけなくなる。

 頭の中ではしゃべりながらエニシは、紙の上に人型を書いて見せる。

 -- 半分、だってタテ半分、とか上半分、じゃないんだ。
    頭のこのへん、おなかはこのへん、
    両足はほとんどもらえるけど、
    両手は指先だけ、みたいな、
    そんなの、ボクが生きてけないよ。
    ペトラ達も、ボクかわいそうだなって思うけど、
    ペトラ達と、友達になっちゃったボクだって、
    なんかかわいそうじゃない?

 机のそばに、イスが置かれてその上に、お茶を入れたカップが二つ並んだ。見上げるとエコーが一つ目配せして、ニヤつきながらソファーの方に向かって行く。
「頭数より一つ多く入れちまった。お友達の分だ」
「エニシが、飲み過ぎちゃったりしない?」
「それが大丈夫なんだよ。このところ見てたら」
 ミルカと話している様子をペトラは、黒い服を蠢かせながら眺めていた。

 自分の分は飲み終えたカップ二つを、エニシは、台所にいるエコーに持って行った。
「ありがとうって、お友達が」
「減ってないじゃねぇか」
 とエコーはニヤつきながら受け取ったものの、
「香りとか、あったかさは届くんだって」
 それを聞きながら頷きつつ、冷めたカップの中身を飲み干している。
「見えるの?」
「いや。俺は見えねぇけどここだけの話」
 壁越しにチャーリーがいるだろうソファーの方を見やって、
「何かいるなってのは分かるし、そりゃいるだろうなって思うよ」
 飲み干したカップを差し上げて、頭を下げたその先には、ちょっとズレているけど確かにペトラが立っていたりする。

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