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春を謳う鯨 ⑭

◆◇◇◇ ⑬ ◇◇◇◆

私、ミナガワにそういうの、求めてるわけじゃ…。

ミナガワは、楽しげに、鈴香に顔を近づけて、眉を唇で食んだ。

鈴香…これは「そういうの」じゃないよ。鈴香、ね、鈴香はもっともっと、気持ちよくなれる。これは、鈴香が思うような「そういうの」じゃないんだよ。すれば、わかる。いっぱい、いっぱい、気持ちよくなってね。

鈴香。鈴香、大好き。大丈夫、いつもみたいに、ゆっくり、ゆっくり、楽しもう…? と、ミナガワは囁いて、ベッド下から一緒に出していた、潤滑ゼリーを、手に取った。


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入っていくところ、見たい?

鈴香は、困惑していた。ミナガワに、どう伝えればいい? ミナガワは違うというけれど、ミナガワが手に持っているものの形状は、あまりにも…目を背けたいほど、「そういう」形をしていて…どうしてこんな、浅ましい、暴力的な、男性の象徴のようなものを、ミナガワは鈴香の前に、持ち出したのだろう? 鈴香は、不安だった、だって…ミナガワが思っているのが、鈴香が思っている「そういうの」ではないという、保証は…。

なんてね。私だって、やろうと思えばできるんだけど…鈴香は「ふつう」がいいんだもんね、大丈夫、わかってるよ。

ミナガワは話しながら、これからそれの入る場所を確かめた。

私、…このまま、で…十分…。

うん…大丈夫。知ってるよ…。大丈夫。キス、していい?

…。

ミナガワの唇を、鈴香は受け入れた。ミナガワの、舌が、温かく、柔らかく、鈴香の唇を愛おしんだ。ミナガワは先端を、鈴香にそっとあてがって、ゆっくり、ゆっくり、押し上げた。

鈴香は…仕方ない、鈴香は、だって、やっぱり、男の子とするほうがずっと「ふつう」で…でもミナガワにはそれを、秘密にしておきたいと、思っていた…それに本当に、…本当に…そういうのでなくても、鈴香は満たされているのに、ミナガワはどうしてこんな、鈴香を難しい立場に置くような、試すようなこと…。

ミナガワは穏やかに、けれど、休むことなく、進め続けた。残りがまだ、5㎝ほども残っていた。鈴香は座った姿勢のまま、少し下がったところに手をついて、快感と違和感のあわいで、じっと、耐えた。鈴香は、そう…困惑していた。鈴香は、どうすれば…?

鈴香…そうだよね緊張、しちゃってるね、どんなの入れるか、見せちゃったから…ごめん…。

…。ミナガワ…見せなきゃ、いいってわけじゃ…。

えへ。ばれたかー。ね、女の子座りできる…? それで、鈴香が安心できるまで、いちゃいちゃしよう。ね。安心!できるまで。ずっと。ずっと。一回、最後まで入れてみて。

え…。あ…、あ…けど、ぺたんて…したら…シーツ、汚れちゃうよ…?

んーん、洗濯機。放り込むだけだもん。

しかもね今日は気合い入れたくて、防水シートも仕込んであるから。と、ミナガワは少しばかり大げさにオーケーサインを出してから、ふと…あの、しおらしい、思慮深げな、繊細そうな表情に、戻った。ミナガワは…そんな、鈴香には無視できないあの様子を見せながら、鈴香には今日は、私と鈴香以外のこと、なんにも、気にしてほしくないんだよ…だから。ね? と、呟いた…。

鈴香は、どうすれば…?

躊躇う鈴香を促して、ミナガワは鈴香に腰を沈めさせた。本当は、鈴香も…けれど奥まで、欲しいなんて、言えっこないのに…鈴香は、何も隠さないで、と言っていたミナガワの言葉を、思い出していた。ミナガワは、もしかして、鈴香に気づいていて…鈴香は、ミナガワに…見つかってしまっている…?

…。………。

仕方ない、だって鈴香は…。鈴香が最後まで、腰を落とすと、ミナガワは鈴香を覗き込んで、微笑みかけて、両手を繋いだ。

鈴香にはね、私が思ってるみたいに…私と会えて良かったって、思ってもらいたいな。

…思ってる、よ…。

ううん、違うよ。私が、思ってるみたいに。それが私の、野望なの。

ミナガワは、鈴香の体に、優しく、手を這わせながら、背中、舐めていい? と、鈴香に尋ねた。鈴香は、深く、長く、息を吸い込みながら、瞬くように小さく、頷いた。




明かりをつけずにいた部屋は、いつのまにか、流れ落ちるように、薄暗くなる。レースカーテンの向こう側に、すぐ、夕暮れがあった。夏というのはこんなにはっきりと、夕暮れを感じさせる季節だったろうか…?

身をよじると、波打つ凹凸が鈴香のなかをうねって、撫で上げた。どれくらい経ったか、わからない。ミナガワは、長い愛撫のあいだ、ときおり、鈴香の耳元でうっとりと鈴香の名前を呼んだ。そのたびに、鈴香は身をよじらせた。ミナガワがいま、爪を舐めただけで、鈴香は体を震わせていた。体を震わせると、鈴香の体は自分の動きで始まる新しい刺激にまた、震えた。

だんだん、動かしてみようかな。ね?

ミナガワはそっと、ふわふわした気分にのぼせてしまっている、鈴香を横たえて…鈴香はこのまま、動かさないでいいと、ミナガワに言った。ミナガワはにっこりと、笑って、もうすっかり鈴香が呑み込んでいるそれを、じわりと動かし、骨盤に沿って鈴香の横の壁を、確かめた。ため息を漏らした鈴香をミナガワは愛おしげに眺めて、鈴香の目尻に優しく唇を押し当てた。

鈴香…なんて言えばいい? 幸せ以上の言葉ってある…? ねえ…。

ミナガワは吐息交じりの、その言葉に合わせるように、鈴香の奥に向かって押し付けながら、ほんの少しずつ、あてがった手を揺らした。鈴香は驚いて、…驚いた…こんな…こんな…。

ミナガワは鈴香の髪に指を埋めて、額の生え際に、吸い付くように唇を強く重ねた。ミナガワはたしかに、ほとんど動かさないまま、ぴったりと鈴香に、寄り添ってくれていた。なのに、ミナガワがほんの少し微妙に揺するだけで、鈴香は、頭の中まで掻き回されるようで…まるで、体がなくなって、快感しか残っていないような感覚に襲われ、肩先に置かれたミナガワの手をどうにか捉えて、握りしめた。こんな…。握った手に唇を当てて、鈴香の隣に、半ば身を起こして横になったミナガワは、鈴香をじっと見て、慎重に位置を選び、じんわりと力を込めた。そのたびに、身動きが取れないほどの激しさで、快感が全身を駆け抜けて、鈴香は脚をつま先まで、強張らせた。

あ、やだ、うそ…こんな…。

鈴香…。鈴香、ゆっくりでいいから、ちゃんと息、しよっか。…うん。体を緩めて、柔らかく…。

まるで…さっと霧が、晴れるように…鈴香は快感の波間の遠いところに、佳境に入ったときの、今までの自分を見た。鈴香は自分がいつも、抽挿に本能的に抵抗して、身構えてしまっていたことに、不意に、気がついたのだった。そうだ…男の子たちは、きついと言ってひどく、喜んでいるように見えたけれど、…鈴香も、そんな彼らを見て、自分はきっととても、感じているのだろうと、思っていたけれど、…鈴香の体は喜んでなど、いなかった、鈴香は、怯えて、鎧って、いたのだと…ミナガワが、愛おしげに見つめているのを、感じて、鈴香はミナガワを見上げた。鈴香はいま、力を抜いて、受け入れていて…。

痛みも、苦しみも、恐れも、怯えもない。鈴香は、愛おしさというのは、悲しさに似ているんだな、と、なんとなく、思った。相変わらず静かに微笑んで鈴香を見つめるミナガワをじっと、見つめ返した。曖昧な、けれど強すぎるこの快感が、まるで結滴するかのように、いつのまにか、はらはらと涙になって目尻から、流れ落ちて、鈴香の頰を濡らしていた。ミナガワは鈴香の涙をキスのついでに、舐めとった。

全部の好きじゃなくていい。でも、好き? 私とするの、好きになってきた…?

心のなかではもちろん、…そんな言葉は簡単に言うべきでないとか、ミナガワはもっと違う答えを欲しがっているだろうとか、ミナガワを安心させるような何かを言うのは優しさじゃなくて自己満足だとか、もしかしたらここで「好き」と言うことを「堕ちる」と呼ぶんじゃないかとか、ミナガワは鈴香を篭絡したら鈴香から興味をうしなうんじゃないだろうかとか、…そんな、疑いがよぎる自分の頭はちょっとおかしいのかもしれないとか、…色々な感情が吹き溜まりのようになって、なのに、…迫り上がった水面のせいで少なくなった空気の部分に、必死で顔を出している人が、空気を吸うために浮こうともがくのに疲れて、溺れゆくような仕方で、鈴香は、ミナガワを思うからこそ堪えていた、自分の言葉を、手放した。

好き…。私、ミナガワとするの…大好き…。大好きなの…。どうして…? どうすれば…? 気持ち、いい…だめ、こんな、もらってばっかり…だめなのに、…大好き…。

ミナガワはうっとりと鈴香を見つめながら、囁くように言った。

ね。覚えていて。鈴香のこと大好きな人とするセックスって、こういうのだよ。…当たり前だよ、好きでいいの。すごく素敵なことだよ。もっと、好きになろう?

ミナガワは鈴香に口づけた。どっと流れ込んでくるミナガワの気持ちを、必死に受け止めながら、鈴香は…はじめて…芯から、自分の心がふわりと、開くのを感じた。

ミナガワ…私、ミナガワと、するの、…だいすき…。

…。もう一回、言って?

だいすき。…だいすき。だいすき…。あ…。

鈴香は静かな、大きな波に乗り上げ、乗り越えたあとのように、穏やかに、けれどもはっきりと、自分が上り詰めて、緩んだのを感じた。

一気に吐き出される高まりを、ミナガワが手で受けて、ああ、鈴香、あったかいね…と、呟いているのが、…遠くの密談を盗聴しているような、不思議な近さで、鈴香に聞こえていた。


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今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。