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小説の技巧:「大人の領分③薫」ができるまで(前編)

【合わせて読みたい:これは付録付き一話完結連作短編集『大人の領分』のスピンオフエッセイです。こんにちは世界が本篇を書くときに使うちょっとした小ワザを、太っ腹!  プロット「ひかりのよる①杏奈」が、短編「大人の領分③薫」に変身するまでを、順を追ってご説明。J-POPで行こう!、メロディラインを意識してみましょう、裏メロを用意してみましょう、全員にちゃんと歌わせてみましょう、後編:晴れ渡るように物語が編み上がるとき 他】

こんにちは、こんにちは世界ですこんにちは!

今日は、ちょっと使える小ネタをご紹介(書き手さん向けです)。

短編小説を書くときに、

・スッキリしないなぁ…と思う時、ありませんか?
・いまいちキレがないような気がする時、ありませんか?
・登場人物、ブレてる感じがする時、ありませんか?

あと単純に。

・書きたいんだけどさ。プロットが!無ぇぇえ…!

おお、生々しい悩みです…。

こういう時は自力で解決しようとせずにですね、メロディの力を借りることにしましょう。メロディを意識してみると、なかなかに色々なことが解決することがあるのです。

※ウィキペディアからの孫引きになりますが、音楽用語の解決といえば…

「不協和音は協和音へ移行したとき解決される。解決が引き延ばされたり、思いがけないやり方で達成されたとき - 作曲家が聴衆の期待を弄ぶとき - 劇的な緊迫感がもたらされる。」(ROGER KAMIEN)

メロディ?

そう、プロット時は場面場面を1メロディ、執筆時は各人物を1メロディとして、流れを整えてみます。
何のメロディでもいいんですが…具体的な方がわかりやすいと思うからどれか選びますね。今日は、J-POPを意識してみましょうか。

ひたすらウィキペディアによりますと、典型的なJ-POPのメロディラインはこちらです:

1. イントロ
2. Aメロ
3. Aダッシュメロ(曲調は替わらず、同じメロディーで別の歌詞)
4. Bメロ
5. 1サビ
6. 間奏
7. Aメロ
8. Aダッシュメロ
9. Bメロ
10. 2サビ
11. 間奏
12. Cメロ(大サビと呼ばれることもある)
13. 落ちサビ(サビと同じメロディーで、ドラムやベースを落としたパート)
14. ラストサビ
15. アウトロ
※各構成要素は省略されたり、順番が異なる場合もある

ふーん。で? これって、小説に関係あるの?

関係ある時もあるんです。そしたらちょっと、デモを使って、短編を組み立てる様子をご覧にいれましょうね。

デモは、恥をしのんで、薫篇の大元になった「ひかりのよる①杏奈(仮)」、プロットを組み立てるところからのスタートにしますね。タイトルから容易にわかるように、新シリーズのトップバッターにしようかと思いながら、プロット止まりで推敲に時間かかったんですね、理由は、まあ簡単なんですが、追い追い…。

まず、大筋を先に決めます

1. イントロ→世界観の設定。
2. Aメロ→主人公の話
3. Aダッシュメロ(曲調は替わらず、同じメロディーで別の歌詞)→主人公の話(登場人物との対比)
4. Bメロ→起承転結の転。主人公の、秘密の一面。
5. 1サビ→セックスに関わる何かの話。ぐぐっとくるのをよろしく!
6. 間奏→場面転換
7. 同じ調子で「A、A’、B、サビ」を重ねましょうか。ただし、1番とはフォーカスする人をずらしてみようかな。
8. Cメロ(大サビと呼ばれることもある)→ベッドシーン1
9. 落ちサビ(サビと同じメロディーで、ドラムやベースを落としたパート)→ベッドシーン2
10. ラストサビ→主人公の気持ちの絶頂点
11. アウトロ→読み手側に対しては物語の世界を閉じつつ、「あちら側の世界」の光が差す感じを意識。

これでメロディラインならぬストーリーラインができます。さて、このラインに従いまして、具体的にキー(プロット)を決めていきます。

イントロ
主人公は夫婦でちっちゃくて丁寧なフレンチイタリアンやってる奥さんの方で、ホール担当にしましょう。
Aメロ
ある日、絶対やってから来たでしょっていうカップルが来て、バイトの男の子とそのカップルの話をする。
Aダッシュメロ
主人公はバイト君をたしなめながらも、そのカップルに自分を重ねる。
Bメロ
なぜなら、主人公はシェフである夫の、弟と性愛的関係にあるからですね。
サビ
主人公はカップルをみながら、弟くんとのセックスを思い出す。
間奏
空白行
Aメロ
その夜、シェフの夫とバイト君の話をしながらベッドになだれ込む。
Aダッシュメロ
結婚記念日です。
Bメロ
夫は主人公に深い感謝を示すけど、主人公はさっき夫がバイトくんにひっかけて乗せてきた弟くんの話が気になって、身が入らない。
サビ
夫と弟くんのセックススタイルを二重合わせに重ねて、思いを馳せる主人公。
大サビ
うっとりと果てた夫の、変わらぬ愛情の深さを目の当たりにして、主人公は泣いてしまう。
ラストサビ
「ううん、そんなの、私の台詞なの。ありがとう…ありがとう…」。
アウトロ
二人が一緒にお店を始めた頃の回想を入れます。

はいできた!

あとは、ペルソナシートかなんかを適当に(あるいは適切に)使って人物設定して、文体や口調を決めて、細部を書き込んでいけばいいですかね。道のりは遠いですが、とりあえずプロットなしの状態からは脱却。一旦、もう少し詰めてみましょうか。

裏メロにバイトくんの恋愛を差し込んだり、伴奏としてシェフの仕事ぶりや、弟くんの抗いようのない魅力を織り込んだりしたいです。1番と2番のAは、事後の不倫カプと事前のキラ婚カプで、愛の色味を同じにすれば、うまく、対比で同じメロディになりますね。2番のAA'がやや弱い気がするから、1番のAにバイトくん関連で結婚エピを入れておこうかな。あ、間奏は空白行というよりは、あれだ、ちょっとしたお祝いをバイトくんがサプライズでしてくれたりすると、楽しいなぁ。後ろで結婚結婚言わなくて済むし。

考えるのが楽しくなってきました。

しかしながら、ここで我に返ってください。


いけません。これではただの浮気小説です。


これは、おもろないわー(半分関西人なんです)。冒頭の「解決」の話に立ち戻っていただきたいんですが、人物たちが必死に生きながらも、自分の選択に飲み込まれて身動きが取れなくなって、そんな中にも一筋くらいは光が見えてはいるんだけど、基本、もう取り返しがつかないとこまできちゃってる。というたまらない感じが私の好みの解決なんですね。

自分の幸せの責任者は自分なんだよと。そういう、苦しくも素晴らしい生を引き受けたうえで、自分が自分の人生の責任を負っているのだという、重大な自由に気づく瞬間が好き。

というわけで、しかしながら当然、なにも思い浮かんでこないわけですね、ですからここで、発想のための支援テーマを置きます。詳しくは以前書いたモチーフのお話「物語の裏レイヤーを使って読者の無意識と対話しよう」も参考になさってくださいね、今回でいうと、音色みたいなものです。今回は、美味しい料理が魔法のように繰り出される大人の隠れ家的非日常的空間が舞台ですので、「呪文と異界」。相手を魅了する側面と、異質な世界につながる側面を、全員が持っているというテーマですね。その共通基盤が、このレストランということで、もう少しプロットを練ってみましょうか。

ふむ…。世界観はできてきたな。唯一といってもいいほどの「つまらない」のボトルネックは…弟くんがいかに魅力的でも、ただの浮気になってしまう点なんだよなぁぁ。プロットは今回ルールなんで、最後に大サビとしてパートナーへの深い愛情があるとこはマスト。じゃあなんで、そんなことになるの? というところについて、主人公を追い込んでいきます。

やはりロミジュリ効果、二人にはなにかを乗り越えたうえで愛し合っていてほしい。というわけで今回は、性的な指向性のベクトルがまったく合ってないのを無理矢理乗り切ったことにする。異性→同性ってなんかメロドラマになっちゃうから、ここは逆張りしよう。

あ、弟くんの存在意義ってそこか。

ははあ。なるほど、ということは対位法的に「普通」が必要ですね。彼らが「普通」とされるルールと共に生活してることで、彼らの選択が、彼らだけの世界・彼らだけのルールに閉じ込もらない、開けた世界での自由な選択になります。ここ人間讃歌的に重要。

さてと。

夫婦は別の世界に住まわせるので、ホール担当はスパッと諦めて、奥さんを出来高制の在宅ワーカーとかにしよう。飲食って時間帯遅いからね。で、バイトくんはすごく普通に恋愛してることにする。不倫カップルの恋愛もよくみる感じの「普通」。ここは逆張りのために、想像を裏切らない、目立たないけど大事な裏メロになりますね。普通って大事なんですよ、想像してばっかりだと、読んでて疲れちゃうからね。はい。そして、この裏メロは物語世界では表メロなんですね、なので、主人公たちの関係は、物語世界にとっては裏メロです。これで秘密感が出ますね。

いいね。できてきた。

この辺りで、それぞれの登場人物に、楽器のひとつひとつが奏でる音のように特徴を持たせると、キャラが立っていいでしょうね。

ここは、着てる服の手入れの仕方や口癖をイメージするとやりやすいです。敦は義姉を脅して搾取する寝取り魔から、理解の範疇を超えるほど愛情表現の複雑な人に変更し、滲み出る残酷さと優しさに、大人の論理の通じない感じの純粋さを一滴。槙野くんはバイトくんからソムリエに昇格し、純真素朴そうでいて、大人の論理と折り合いをつけながら生きていて、もしかすると一周回って純真に見えるだけなのかもしれない、ちょっと得体の知れない人として描きます。ソムリエエピソードは書き込むと大変だなぁ…サブキャラなので、もやっとした感じでいいか。で、槙野くんは創業以来、お店の雰囲気を支えてくれてる影の立役者…ね、これは交際開始以来、二人の関係を支えてる影の立役者の敦と、公・私、表・裏、公然・秘密と綺麗に対になるのですね。この鏡効果により、一方を書き込むことで、もう一方が暗に照らし出されます。お気付きになりますかね、この人たち、対にしないで物語を機能させるには、もう少し紙幅が必要です。二人で支え合って主役二人を支えてもらうことで、省スペース効果を発揮してもらってます。

個々のメロディを意識して、言葉の取捨選択をしてみましょうね。別の人におんなじことを言わせたり、他人の話をしているようで自分の話をさせてみましょう。(アルターエゴの使い方については、後日もう少し丁寧なエッセイを書きたいと思っています。)登場人物たちの外的・内的歌声は和音になって、書いてないのに聴こえてきます、ええ、音程を綺麗に合わせてあげると、倍音が聴こえてきますね。これ、結構楽しい作業。

あ!名前、変えよう。三角関係が綺麗に見えるから杏奈は廃止、全員一字にしよっと。

ガシガシ。書きましょう書きましょう。

というように、とりあえずプロットフェーズはここで終了ですので、あとはメロディに乗せて書いていきます。詰まったらメロディ。困ったらメロディ。いざという時にもメロディ。もう楽器もラインもありますので、あとは歌ってもらうだけですね。私は実はここ、一番苦手です。まだ大体でよいとはいえ、テーマを裏切らないようにプロット繋げてお話っぽくするの大変(汗と涙)。でもその先にある推敲の喜びのために、とにかく叩き台を作るイメージで、単語の粒度とか重複とかには仮置きということで目をつぶりつつ、プロットから、物語としてのお話へ、黙々と編み上げます。ちょっと計画と違っちゃっても、全体の音の流れがいい感じならOK。とにかく書き終える。とにかく形にしなければ、清書もしようがないですのでね。このへん、自分が大人になったなぁと感じる部分です。

…以上、じゃあどんなふうになったか。は、本篇も参考にしていただいてと思います。が、私は、読み手さんに「点と点を繋げる喜び」を提供するために点ばかり打つタイプの書き手で、その意味ではものすごく親切な書き手ではないので、点を打つために自分で引いて消している線画、具体的にどこをどう組みあげているのか、は、後編で。



後編は、こちら:


本講義のテキスト?は、この作品:

参考作品群(付録(人物図鑑)はこちらに収録されています):



今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。