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女の子はピンクで、男の子はブルー?

子ども服を見に行ったときに、驚いた。

ジェンダーレスが叫ばれるこの世の中で、
赤ちゃんの服ってなんでこんなに前時代的なんだろう、と。

ハート柄の入ったピンクの服、
おもちゃの柄の入ったスカイブルーの服、
誰が見たって前者は女の子、後者は男の子のもの。

もちろん、男女どちらでも着られるものも一定数存在するが、
大体のベビー服は着る性別を決めて作られているように見える。
服も、ズボンも、下着も。
赤と黒しか許されなかったランドセルみたいに。

作り手側からすれば、男女どちらにでも見える赤ちゃんの性別を間違えられないように、という優しさを込めたものなのかもしれないが、
それはそれほど重要なことなのだろうかと思ってしまう。

ある日、母に言われた「かわいそう」という言葉

ある日、わたしは濃緑色の服を0歳の娘に着せていた。
すると、それを見た母親が発した言葉は、
「女の子なのに緑色を着せられてかわいそうに」だった。

かわいそう、
なのだろうか?

その時、何かが心に引っかかって、その理由を少し考えてみることにした。

ピンク色であふれたタンス

初めの頃は違和感のあった「女の子っぽい可愛い服一択」の選択肢も、
そんなものかと思えば慣れる。
実際、おさがりをたくさんもらったタンスの中は
ピンクや赤色のベビー服でいっぱいだ。

だけど、何か違和感がある。

もし、この子がLGBTだったら、
赤ちゃんの頃の写真を見て嬉しいと思えるだろうか?

心の性別が現段階で分からないのであれば、
いろんな色のいろんな柄の服を着せてあげたい、と思う。

また、少し大きくなった娘が、
女の子らしい色はピンクなのだと思い込んでしまうことはないだろうか?

小さい頃、わたしはピンクが一番好きだった。今、三歳になる姪もそうだ。
けれど、女の子がピンクばかり着る世界でなかったら、私たちはその色を選んだだろうか。青や緑が好きな子を「女の子らしくない」と捉える子にはならないだろうか。

もちろん、ピンクやブルーを着せることに反対するわけではない。
着せたい人は赤ちゃんにたくさん着せてあげたらいいと思う。

ただ、それ以外の選択肢がたくさんあって、
「変だ」とか「変わってる」などと言われない、
視野の広い世界になればいいのにな、と思う。


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