弟の話

小学生の弟がいる。
私は社会人。
これを言うと大体の人は「親御さん頑張ったね」って言う
わかる。でも、頑張ったのは「母」
産んで、育てる決心をしたのは「母」なのだ。
母は、特段体が丈夫だとは言えない。すぐに体調を崩すし、膝も悪いし胃腸が弱く油物も受け付けない。なのに、ダイエットなどとほざきながらすぐに食事を抜く。
そんなことをしながら、誘惑に勝てない!と菓子パンやお菓子を貪るのだ。
そんな食生活を繰り返しながら、40後半で出産をしたから母の体は一層ボロボロである。

そんな、母の体を一層ボロボロにした原因の話をする

弟は父と母がうまく混ざった私と妹をたして、そこにうまいこと混ざったような性格に、末っ子特有の甘やかしをぶちこんだような性格をしている。

(私+妹)×甘やかし=弟

である。

マイペースで甘えたで、納得しないと行動に移せない。罪悪感の発生しない嘘は気にせずつく。(歯磨き粉なしで歯を磨いた/石鹸なしで手を洗った/ドライヤーで乾かした/宿題は全部学校でやって来た)
全てバレるんだよ。弟くん。

弟は同年代の子に比べて、頭ひとつ分大きい。
遺伝だろうな。父も叔父も祖父も妹もみんな大きい。母も平均だ。私は何故か母より1cm小さいが。

生まれた時も大きかった。
4.5kgとかで、母が多量出血で死にかけた。病院の先生が輸血と出産時に裂けたところを縫うための手術のために書類にサインを。と父を探したところ見当たらず、結局母は文字通り死にかけになりながら自分で書類にサインした。
父は、出産の重みをまだギリギリ知らなかった私たちを連れて夕飯に行っていた。今思うと能天気すぎて頭がおかしくなりそうだ。

弟は本当に大きかった。
生まれたての赤ちゃんってこんなに大きいものだっけ?ってなるくらいには。
街中で小さな赤ちゃんを見かけた時に、わ!うちの子あんな時なかったな〜なんてよく分からないことを口にするくらいには。

数日後に帰って来た母に抱かれて、我が家にやって来た新メンバーは、思春期を終えかけていた私にはとってもかわいくみえた。
ムチムチしたちぎりぱん。
抱っこして、寝かしつけて、おむつも変えて、ミルクもあげて。お風呂も入れた。できることは全部した。
可愛かったし、出産後の母はあまりにも、やつれて見えたから、できることはやりたかった。
腕はちぎりパンだったけど、足は手羽の形を模したふわもちした何かだった。
可愛かった。


父は家事はできるくせに、母がいるとなにもしないと言うよくわからない置き物であることは、
私が小学生の頃から父以外みんな知っていたので、頼る気はなかった。
稼いでくればいいよ。キレなきゃいいよ。
結果としてしょっちゅうキレ散らかして、パチンコで借金作ってたけどね笑


そんなこんなで可愛くて、大きくて、ふわもち手羽ちきりぱんだった弟は、人間ではない、よく分からない何かに育っている。

肩書は小学生四年生 男子
私の弟 でけえ ゲーマー

父が書類関係やなんやかんやも全て母に任せるので、幼い弟を父に任せて役所に走ったことがある。
その日がYoutubeデビューだった。
たかが1時間。父は自分の息子の相手ではなく、テレビの相手がしたかったようで自分のスマホでYoutubeをつけて弟に渡してしまっていた。

その日以降から。地獄が始まった。
何かあるたびにらば!らば!
(らばはその時にYoutubeで見ていたアニメの名前か何か)
弟はYoutubeばかりを見るようになっていた。そして気がつけば、ゲームの実況やひとり雑談動画、創作アニメーション動画を。
地獄から先、業火に焼かれるのはそれからだ。
弟の語彙、口調全てがその手に持っている液晶から聞こえるものと一緒になっている。
そして、異様に1人で話す。やめて。ここで実況しないで。声も大きすぎる。リビングでしないで。お部屋でやって。
話が通じない。

優しく注意した。通じない。
注意した。通じない。
言い方を変えて注意した。通じない。
声が大きいとどううるさいか、うるさいことによって他の人たちの会話がしづらいと説明をした。
通じなかった。


キレた。やめた。
私も母に怒られた。


30分もせずにまた始まった。

優しく注意した。通じない。



キレる。やめる。

エンドレスだった。


弟が小学校に入ったばかりの頃。
母に言われた。
「学校で(弟)が感情を制御しきれずに喧嘩をしているらしい。あなたの怒り方のせいだ。」
わたしのせいか?
……半分は私のせいだとしよう。
ただ、もう半分は貴方じゃないか?

「優しく注意して。無理ならママに言ってから部屋に入って。」
優しく言った。何度も。貴方に言おうとしたって貴方は基本部屋で寝てるじゃないか。
わかったと告げて、何度も耐えた。
優しく注意して、だめでキレるを繰り返した。


ある日から、布団に入ると自然と涙が出るようになった。毎日泣いた。擦らず、涙は上から抑えたほうが次の日腫れないことをそこで知った。
限界だったのかもしれない。それに気づいたのは5年後だったけれど。

泣くようになって1年、別のことで父と大喧嘩した。初めて父に刃向かった。口答えした。いつもの父からの暴力に初めて仕返しをした。蹴った。流石に老体(5○歳)を蹴ったのは良くなかったごめん。
結果として家を出れた。

そこから数年平和で、私の、夜に涙が勝手に溢れる癖も無くなった。やはり弟からのストレスだったんだろうか。

でも、また帰って来た。実家に。
もう2ヶ月半だ。死にそうである。ストレスですでに情緒が不安定。1ヶ月で8キロ痩せて次の1ヶ月で5キロ太った。何??????

そしてこのストレスの根源。弟。小学校四年生にもなって、常識のじの字も覚えられていない。じの字くらいは覚えてくれや。
食事の場で歌うな。テーブルで飯を食え、椅子で食うな。手で食うな、カトラリーを使え。
死にそうである。
口を出さないほうが、逆にメンタルにいいのかも。と思ったけど言わなかったら言わなかったで人間性やばすぎて引く。言わせてください。ごめん

まじで私のメンタル生き延びて。
こんなわがままな姉でごめん
そして

母の体をボロボロにした原因は
私のメンタルもボロボロにしてたわ





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