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fastKiss

昭和50年
残っていた木造校舎も
建て替えられ
仮設のプレハブ校舎が
無くなる頃
蝉の声が 小さくなり
もう夏休みも思い出に変わり
瀬戸内海が見える丘
授業が終わるチャイム
賑やかな教室

中学生活1年目
他の小学校からの新しい友達
ふざけてブチまけた消化器
担任に怒られ バカやっていた
小さな町の中学校
仲が良い数人の同級生
小学校からの顔見知り
嫌いな授業

あの日
6時間目が終わり
担任からの皆きいて!の響き
大人しく目立たない林 舞樹
親の仕事で転校になると
俯いたままの 舞樹
淡々と話す担任の声
静まり返った教室

特別仲が良かった訳もなく
ただ家が近所だっただけ
気にした事すら無かった
あの子 舞樹
親同士は付き合いがあった
だから引っ越して行く日は
見送りしに駅まで一緒だった

何もない田舎の駅舎
蝉の声は消えていた
山からの風と
眼下の瀬戸内海
汽車の音が近付いてきて
ブレーキ音が山に 木霊する
またね と親同士が挨拶して
僕は海を眺めていた

視界の隅に影だけが
ふいに横を見たら
少しずれた位置に舞樹が
鼻を赤くし泣きながら
僕のシャツを掴んでいた
近所で 目立たず
気にもしていなかった子
あの日見た 彼女は
切なく愛おしく見え

丘に吹く風が音を立てた時
舞樹が 僕にKissをした
はじめてのKiss
幼い二人の切ない別れのKiss
汽車の扉が閉まる時
僕の頬にながれた涙
走り出す汽車を追いかけ
窓辺で手を振る舞樹が
小さく景色に溶け込んでいく

この町に帰る度に思い出す
幼い頃の 甘酸っぱい記憶
変わらない丘と瀬戸内の海
古い駅舎と山のみどり
汽車は無くなり電車となり
あの頃と少し変わった
僕の頬には髭があり
随分と時がながれて

手を繋ぎ見下ろす丘からの眺め
左手の薬指に光る指輪
蝉の鳴き声と入道雲
夏の陽射しに並んだ二人の影
fastKissから何十年だろうか
舞樹の手の指輪をなぞり
彼女の顔を眺めていた
ただいま 思い出の故郷と
幼い思い出の町 瀬戸内の潮の香り
甘酸っぱいKissの味
隣りに居る舞樹


フィクションです。


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