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ショートショート 忘れても

A「……起きてる?」
B「寝てます」
A「嘘つき」
B「あはは」
A「聞こえる?」
B「うん」
A「ぷーぷーいってる」
B「温泉入って、疲れたんですよ」
A「あんな寝相の人、いる?」
B「……私も初めて見ましたよ」
A「ほら、また」
B「あんまり笑うと、起きちゃいます」
A「『ぷーぷー』」

A「ねえ」
B「はい」
A「仕事、うまく行ってる?」
B「うーん。まあまあですかね」
A「かっこいいなあ。勤め人」
B「かっこいい?」
A「高校の時から頭よかったもんねえ」
B「接客業の方がよっぽど偉いと思いますよ」
A「おじさんに、お酒出してるだけ」
B「私、接客、全然ダメでね」
A「そうなん?」
B「たくさん人に会うと、頭、くしゃくしゃになってしまって」
A「うーん」
B「あんまり、大勢の人のこと、覚えられないんですよ」

A「覚えてないよ」
B「え?」
A「覚えてない。お客さんのことなんて」
B「そうなんですか?」
A「うん。この前もおじさんに告白されたんだけど」
B「告白?」
A「うん。よくある」
B「……もてますね」
A「40くらいのおじさんだよ? 相談にのってくれたからっていわれたんだけど、なに話されたか全然覚えてない」
B「そんなもんなんですか」
A「そんなもん」
B「そうか。じゃないと頭ぱんぱんになっちゃいますもんね」
A「悩んでる」
B「うん?」
A「悩みなの」

A「あたしね、店でお客さんとかと何話しても、寝ちゃうと全部忘れちゃうの」
B「良いのでは? 能力だと思いますけど」
A「良くないよ。冷たい、ひどい人間だと思う」
B「でも、なにがひどいか覚えてないんでしょ?」
A「……うん」
B「じゃあ、いんじゃないですか」
A「お店じゃなくても、忘れちゃうのよ」
B「普段の生活でも?」
A「うん」
B「友達と話したのとかでも?」
A「そう」

B「……大丈夫ですよ?」
A「違うよ!」
B「なにが」
A「『これ』は、覚えてるよ。たぶん」
B「無理しなくても気にしないですよ?」
A「違うよ。怒るからね!」
B「静かに静かに」
A「うん?」
B「起きちゃう」

A「……ハルカ、彼氏と結婚するみたいよ」
B「うそ? 教えてもらってないです」
A「結局、同級生で一番早かったね」
B「みんなで旅行とか、ちょっと無理になるかもしれませんね」
A「ぷーぷーいってるくせに」
B「こんなにぷーぷー」

A「……笑うのやめて、とまんなくなるから」
B「だって、もう、止まんなくて」
A「起きちゃうよ」
B「起きていきなり大爆笑されてるのって、どんなんでしょうね」
A「……よかった。旅行きて」
B「私もです」
A「社会人になって、みんな変わっちゃってるかと思ったけど」
B「話合わせられるか、私も自信なかったですよ」
A「学生の頃もこんなに話さなかったよね」
B「そうかもですね」
A「よし。覚えてよ。覚えてるからね!」
B「そりゃあ、どうも」
A「信じてないでしょ」
B「そんなことないですよ」

B「……忘れても、私が、覚えてますからね」

ショートショート No.488

 課題「文体の舵をとれ」第9章⑨

アーシュラ・K・ル=グウィンの「文体の舵をとれ」をもとに、ショートショートの文体練習をしています。

ご覧のとおり「会話文だけ」の課題です。
女の人を描くのは楽しいです。かき分けられているかは別として、いろんな女性を、スケッチするみたいに書き記せたらと思う。

特に、難しいことがきらいで、正直者で、天真爛漫な女の人。私は昔からそういう女性に弱いです。憧れというか、きっと、好みのタイプなんでしょうね。


「恐れを知らぬ波乗りねこ」
for Steering the Craft

introduction
エッセイ ガラスの浮き球

1−①ー1 名古屋の化け猫
1−①ー2 この場所
2−② 18時
3ー③−1壁の向こう
3−③ー2 時間切れ
3−③ー追加1 大須の化け猫(名古屋の化け猫、方言抜き
4ー④−1 走って走って
4ー④ー2 蟻の母
5ー⑤ 深夜のキャンプ
8ー⑧盗人たち