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ショートショート 大須の化け猫(名古屋の化け猫、方言抜き)

 尾張名古屋は芸どころ、というのも、昔は新幹線も車もなかったものだから、江戸の芸人はとことこ足で歩いてもなかなか大阪にはつかない。そこで名古屋でひとやすみ。大阪の芸人も、とことこ足で歩いて、なかなか江戸までつかない。名古屋でひとやすみ。そんなわけで、名古屋では江戸の芸も名古屋の芸もいっぺんに楽しむことができた。

 中でも観音様のある大須は大層な賑わいで、三味線や太鼓、長唄に笛、いろんな音曲が楽しめる料亭や芝居小屋がたくさんあった。庶民があんまり楽しそうに遊ぶもんだから、堀川沿いのお寺によるふりをして、お殿様がこっそり忍んできていた、なんて話もある。
 今では流行りの喫茶店や、電化製品のお店が目立つけれど、今でも大須の路地を一本外れると、昔の残り香を感じることができる。

 例えば、木造の大きな家にぶら下がった金属の鐘。これは、このあたりが廓だった頃の名残。遊女を祀ったお堂もある。奥に入って民家の路地を抜けて、壁にはってある時刻表。これは、お殿様がお忍びできていた頃の名残。

 なにしろお忍びだったから、お殿様はお寺から大須の街まで繰り出すのに籠や馬をつれていけなかった。それでやとったのが、猫又。化け猫だ。

 お寺の和尚に頼んで捕まえてもらった、牛よりも大きい化け猫で、そう、今で言うならちょうどバスくらいの大きさがあった。夜目がきくし、背中に乗るとふかすかするしで、籠がわりにちょうどいい。しかもお代はネズミが2、3匹。安いものだ。次第に大須に行きたいのか、この化け猫に乗りたいのかわからなくなるくらい毎日乗り回した。

 ところが、だ。江戸が終わって明治になって、お殿様がいなくなっても、化け猫の方はずっといた。化け物だから長生きなんだ。毎日遊んでくれたお殿様がいなくなって、さみしくなった。そこで寺の住職に相談した。もちろん、猫語で。

「にゃーにゃにゃにゃーにゃ、にゃにゃにゃにゃーん?」
「にゃあ。にゃーにゃにゃにゃにゃん」

 化け猫は納得した。住職は新しい仕事を始めることにした。仲間の猫たちを乗せて走ることにしたんだ。まあ、要するに猫バスだ。

 あちらの路地、こちらの影。名古屋の街にはあちこちに、猫専用のバス停がある。猫たちがひとめにつくのを嫌うので、みんなみつけても黙っておくようにしている。

 時折、猫バスに人間が乗ることもある。名古屋の街は終電が早いから、遅くなってしまった時に、猫にまじって乗せてもらう。大きな瞳でぎゅっと睨まれて、行き先を聞かれたら、猫の言葉で返事をしないといけない。にゃあ、にゃにゃあ、って。

 だから、名古屋の街には猫の言葉が達者なひとがたくさんいる。
 今度行ったら、聞いてごらん。

ショートショート No.464

課題「文体の舵をとれ」第3章③二追加問題一

「恐れを知らぬ波乗りねこ」
for Steering the Craft

introduction
エッセイ ガラスの浮き球

1−①ー1 名古屋の化け猫
1−①ー2 この場所
2−② 18時
3ー③−1壁の向こう
3−③ー2 時間切れ
3−③ー追加1 大須の化け猫(名古屋の化け猫、方言抜き)