NPO・企業が少年院の中で活動するために抑えるべきポイント
1)結論〜実現しやすい提案
これから少年院の中で活動を行いたいと考えているNPO・企業に向けて。少年院側が受け入れやすい提案はこんな感じ。
ほんとふざけんなって話だと思います。でも、まずはここからです、きっと。その理由はここから先を読めばなんとなくご理解いただけるだろうと思います。
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2)そもそも少年院ってこんなとこ
少年院は保護処分として矯正教育を行う施設。子どもたちは罰ではなく教育を受けるために収容される。
この国には「少年刑務所」も存在していて、罰としてのタダ働き(懲役刑)はそっちで行われている。(それはそれで大事なこと。少年刑務所でも更生のための教育活動は行われている。)
少年院では
の5つの領域で教育活動が行われている。
特別活動とは行事などのこと。施設ごとに内容は異なるがスポーツ大会や合唱祭などもある。イメージ的には工業高校などに近いのかもしれない。
再犯防止のための生活指導プログラムや資格取得なども行っている全寮制の学校という感じ。
ちなみに法務教官はそんな全寮制の学校の
みたいな仕事だ。
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3)一般の学校との違い
とはいえ、学校とは異なる部分も多い。
既知の方も多いとは思いますがおさらいです。
(ほかにも少年院ならではの独特な仕組みなどはあるが、詳しいことはこちら↓の書籍をご参照ください)
https://note.com/heino_naka/m/mb031534cfdc7
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4)少年院の中で外部の人と接することはあるの?
あります。
ただし限定的で、極端な話、外部の人の協力がなくても教育活動を完結させることは可能です。(法務教官は教科教育も体育指導も行事の指導も行います。)
が
「地域に開かれた施設運営」は様々な面で求められていて、地域や民間との連携・協働は拡大していきたいというのが法務省の方針です。(本稿では基本的にコロナの影響については割愛します)
現状、レギュラーで行われている外部との協働はこちら。
ほかにもあるが大体こんな感じ。
で
これ以外に非日常的な外部との協働としてこんなものがある。
どこの少年院もすでにそれらのリソースはある程度揃っており、「もっとよいものを提供したい」というニーズはあるが「不足している」という感じではないと思う。
それは「十分な活動が行われている」という意味ではなく、そうした外部講師を招いての活動が必ずしも少年院の教育活動の主軸ではないからだ。
これから企業やNPOが参入していくには、こうした状況の中で新規に関係を作り、内容を定めて形にしていくしかない。
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5)外部講師招聘の3パターン
前述の様々な外部連携。レギュラーで行っているものは保護司や教誨師など、特に任命を受けた方々が行っているもので、基本的に企業やNPOが参入できるところではない。
やはり講演や演奏会などの非日常的なものを行う形になるだろうと思う。
現状、そうした単発の外部講師の招聘についてはこんなパターンがある。
一番多いのは①で、③も元を辿れば①であることがほとんどだろうと思う。法務教官は転勤があるため、最初に繋いだ者がいなくなっているケースは少なくない。
ゴルゴ松本さんは②。特別矯正官として法務省から正式に委託を受けている。
要するに、これからNPOや企業が参入しようと思ったら、法務教官とのコネクションを作ることが一番の近道だ。(もちろん国家公務員倫理法に抵触するようなことではなく単に「顔の見える関係」ということだが)
実際僕は、ハッシャダイ等、個人的なつながりから沢山のゲストを招いて講演などを行ってもらった。行事にパフォーマーを呼んでジャグリングなどのショーを披露してもらったこともある。
職員との個人的なつながりが既にある状態で企画を進めていく方が、いきなり企画書を提出するより遥かに実現へのハードルは下がるだろう。
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6)とはいえ法務教官なんて出会えないよ…
僕が発信を始めるまで、少年院のことを真正面から発信している人間はいなかった。それは公安職・機密情報保護・少年の個人情報保護の観点からリスクを最大限に避ける法務省の考え方にも原因がある。
法務教官などの矯正職員は「私的なSNSの利用」についても控えるようにと年中言われる。(僕はもちろん法令に反することは発信していない。)
何にせよ、ネット上で法務教官とつながることは難しい。そしてオフラインで偶然出会うことも確率的には極めて低い。(法務教官はたしか全国に約3,500人しかいない。)
ということで少年院とのつながりを作るにはおそらくこんな方法が適当だろうと思う。
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7)少年院内で企画が起ち上がる流れ
ざっくりいうと2パターン
これらとは別に、法務省矯正局などから「5月の上旬に◯◯さんの講演を行いたい。実施可能な候補日を3つ挙げて提出してください」といったトップダウン押し売り型も稀にある。
ちなみに僕は…キャリアのラスト2年、行事の企画運営を行う体レク主任というポストにいたが、施設長の決裁を受けるまで最短コースでこんな幹部陣のハンコをもらう。
実際には予算や物品絡みのことも多く、決裁ルートに庶務課が組み込まれることも多い。
幹部はほとんどが2年で転勤していくためしょっちゅう陣容が入れ替わる。僕は「今年の幹部はどこから根回しすれば一番速いか」を常に考えていた。喫煙所で院長と直接話して実質的にOKをもらってから書類を上げていくことも少なくない。
ハンコ文化には批判も多いだろう。僕も大嫌いだ。が、現実にそれがある以上、無視はできない。企画を通すには並み居る幹部全員からYESをもらう政治力・説得力・信頼が必須。
どこの施設にも一人くらいはそういうことに長けた人間がいる。新たな企画を実現するには、そういう法務教官とつながるのが一番速い。(僕から紹介できる人もいる。しょっちゅう転勤してしまうけれど。)
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8)外部からの提案パターンとその良し悪し
(何をどう検討しているのかについては後述。)
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9)提案はどんな形で渡されるとよい?
極めて個人的見解だが、こんなのがよいと思う。(僕が現職の時は外部の方にこんな贅沢なお願いをしたことはないが…受け手が助かるという話)
もちろん資料はあるに越したことはない。少年院はそんなにたくさん企画が持ち込まれる場所ではないため、ビジネスピッチのように要点を強力に絞り込む必要はなく、むしろ可能な限り沢山あった方がよい。
塀の外の文化にうとい人間も多く、言葉だけではイメージできない可能性があるため、実際の場面がわかるような資料があると非常に助かる。
ただし…
映像は決裁に回す時に不便なので静止画があった方が便利で、映像+静止画なら僕は泣くほど感謝する。
その一方で、法務教官は結局公務員。よくも悪くも行政文書に慣れ親しみすぎている。実際に起案していくにも行政文書の形式で書類を作るしかない。
同じ情報ならパワーポイントよりも行政文書の方がいろんな意味で楽。
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10)少年院が考慮するのはどんな条件?
さて肝心なところ。
外部から提案を受けたとき、少年院はどんな視点でその提案の可否を検討するのか…。だいたいこんな感じだ。
法務教官たちは、少年院が様々な面で一般社会とは異なることを理解している。そしてそれ以上に、一般社会の方が少年院の事情に明るくないことを痛感している。(それは法務省の情報発信が下手すぎるせいだと僕は思うが)
だから
提案者が中の状況をわかっている人間とそうでない人間とでは、提案の受け止め方が大きく違う。
そんな要望も、過去に少年院内で活動したことのある方が、2回目以降で提案していただけるのなら「じゃ、できる方法を模索しましょう!」になるが、初回でいきなり言われると「この人、状況わかってんのかな…。ちょっと不安だな。」と感じてしまう。
そういう意味でも法務教官の個人的コネクションによる企画はハードルが下がる。すでに状況と懸念が伝わっているだろうと思えるからだ。
だからこそ、最初の一歩は、まず講演形式で道具なども使わずに行えるとよい。そこで子どもや現場職員からの評判がよければ定例化していけるし、より実験的なこともできる。
(これは本来法務教官の側が心がけることだけど…)大切なのは顔の見える職員を増やしておくこと。
転勤によって唯一のつながりが切れてしまうことがある。法務教官は外部との連携に不得手な者も多いが気軽に世間話できる人間が増えるに越したことはない。
(法務教官自身にとっても指導の幅を拡げるチャンスだと僕は思っている)
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11)少年院との連携手段
世情に疎く時代遅れ感満載の少年院では連絡ツールも化石並だ。
がメイン。
僕は内線含め安直に電話を使う人がほんとに信じられないのだけれど、塀の中には結構いる。
メールが使える施設(担当者)とめぐり逢えたら幸運だと思っていただきたい。(当然ながら僕はメール派)
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10)外部からの提案はどう共有される?
上層部(法務省矯正局やその下の矯正管区)からもたらされる講師情報は、「事務連絡」という文書で送られてくる。
そこに画像などがついていることはほとんどなく、行政文書形式の書類で説明文や謝金などの条件が書かれているだけだ。
施設をまたぐ正式な連絡はこうした文書でのやり取りになっていて、それを施設の文書係が受け取り、受領した旨の報告(決裁)を行いつつ担当者に共有する。
僕が主任をやっていた時はゴルゴ松本さんほか、特別矯正支援官の方々の情報が回ってきて「講演を希望しますか?」という調書に回答することが多かった。
文書主義のため、とにもかくにも行政文書形式の書類(のデータ)が飛び交う。現場の人間は、それをもとに他施設の顔見知りの職員に電話やメールで問い合わせて詳しい情報を得たりする。
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12)少年院内での活動は事業化しにくい
すでに述べた通り、少年院内での民間人の活動に対する謝金は極めて安い。
収支が合いにくいため、「少年院からお金をもらう」というビジネスモデルでは有償ボランティアの域を出ない。
NPOや企業が持続可能な形で活動を行おうと思ったら、単発の講演などから関係を深めて予算をつけてもらえるまで頑張るか、外部から寄付金などを募るかだ。
ただし
仮にそれができたとしても、予算とは別の意味で事業化しにくい側面が少年院にはある。例えば連続性のあるワークショップなどでは、そもそもその効果を生み出しにくいのだ。
少年院は五月雨で出入りがある。半年もすれば半数近くの少年が入れ替わるから、「全6回のプログラミング講習」を企画しても6回目まですべて受けられる子は半数に届かない可能性がある。
それでも6回すべてを受けることを前提に講座を提供しようと思えば「在院期間が半年以上残っている者だけを対象とする」などの工夫が必要。必然的に対象者は少人数になる。
仮にその条件で実施したとしても、さらに難しい問題がある。
面会等による欠席や反則行為・集団不適応などにより対象者が出席できない場合があるのだ。(むしろ半年間、一度も不適応を起こさずに生活し続ける者の方が少ないかもしれない。)
寮内で集団の反則行為が行われ、日課自体が潰れることもある。
平日の午後に時間をこじあけ、持ち出しの予算で施設に来たら、直前に日課が中止・変更になる…なんてことも、ありえないことではないのだ。
少年院の中で持続可能な形で活動を行うことは非常に難しい。
また、提供しようとしているプログラムが本当に少年自身の人生に役立つかどうか…という議論も実は複雑で奥が深い問題だ。
どんな講演もプログラムも、その事前事後の指導によって効果は大きく変わる。外部講師の活動の真価は、事前事後の指導を行う法務教官によって左右される。
僕は元法務教官だから、ここだけは現役法務教官に伝えておきたい。
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13)とはいえ…
散々困難さを並べ立てたが、できないわけではない。
繰り返しになるが僕は、僕から企画してそれまでお呼びしたことのないゲストを招いたし、それまでなかった行事も成功させた。
また…
以前からあったものだが、大学生を講師にしたライフセービング教室や協力雇用主を招いてのタグラグビー交流マッチなどもある。
いずれも先輩と外部協力者の尽力によって少しずつ発展・定着したもので、本当に涙が出る思いだ。
僕が心から尊敬する現・茨城県笠間市教育長の小沼先生は、平成19年、自ら企業を回ってスポンサーを集め、一部市民からの強烈な批判の中で少年院に講座を提供してくださった。
そういう先人たちのまさに血の滲むような努力の上に、僕のような若輩が暴れまわる舞台が整えられているのが今の少年院だ。誰よりも現場の法務教官がその事実を真摯に受け止めて努力しなければならない。
少年院との連携においてはこの言葉が本当に力を持つ。
まず顔の見える関係を作る。
そして小さな実績を作る。
というポジションにつくことを最初の通過点とされたい。
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14)最後に…
本稿のもととなった対談は、育て上げネット・工藤さんからの質問に僕が答える形で行われた。
まがりなりにも9年法務教官をやって、最後2年は外部との連携を推進する役回りだった僕だけど「そうか確かにそこがわからないよな」とハッとさせられる質問も多く、改めて少年院の内と外を隔てる塀の高さを感じた。
僕の経験はすでに過去のもの。でも、現職・元職を問わず法務教官の立場から発信をしている人間はまだまだ少ない。特に教育という視点で語るものは皆無だ。
様々な事情によって法務教官を辞めた僕ではあるが、そこに「民間人の立場から少年院や非行少年の支援をしたい」という想いがあることも事実。
僕に今できることは、工藤さんをはじめ、心ある方々の活動に協力することだと思っている。
そんな方々に僕の経験と知識、技術を使ってもらいたい。本稿が、その架け橋になったら本望です。
工藤さん、いつも本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
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放デイのスタッフをしながら、わが子の非行に悩む保護者からの相談に応じたり、教員等への研修などを行っています。記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。