【脚本】ダンスプロジェクト「宓」中編
六、独り(源内)
ずっと歩いてきた
ただずっと
いつからか
歩く道が重なり合っただけ
これはひとつの契約に過ぎない
全部何処かに置いてきた
人を斬ったあの日から
全部何処かに置いてきた
忘れはしない
あの感触
あの生温かさ
土の冷たさ
無常の重さ
深紅の雨は忘れない
愛は何処かに置いてきた
忠誠は何処かに捨て去った
契約を交わす
その為に生きる
その為に誰かを陥れる
どちら側なんて概念はない
こちら側に今いれば
あちら側に誰かがいるだけ
あちら側に今いれば
こちら側に誰かがいるだけ
相対の中で生きるだけ
生きる為だけに生きてきた
ただそれだけのこと
七、不公平 (長兵衛 八重 印代)
不公平だ
運命はなんて残酷なのか
愛する者に愛する者がいて
愛する者には愛する者がいる
不公平だ
人はなんて残酷なのか
これが浮世の理ならば
そこにあるのは泥の闇だ
わたしの詠む歌はもう美しくない
あなたの詠む歌は美しくて残酷だ
言ってやりたい
壊してやりたい
傷つけたい
救いたい
不公平だ
世の中の理の渦中にあっては
あなたは報われているのかもしれない
でもわたしは知っている
あなたは不公平だ
報われない想いを抱いている
そう わたしのように
何故そのような美しい歌を詠むのか
何故そのような残酷な歌を詠むのか
わたしには美しい歌はもう詠めない
この虚しさを何処にしまおう
この無様さを何処に隠そう
この惨めさを何処に捨て去ればいい
この憎しみをどう片付ければいい
あなたもわたしも不公平だ
八、正義(印代 木三 弥左衛門 長兵衛)
守らなければいけないものがある
守らなければいけない人がいる
守らなければいけない血がある
守らなければいけない義勇がある
土地と共に生まれ土地と共に死ぬ
それがこの世の理
たとえこの命が朽ち果てても
守らなければいけないものがある
たとえこの景色が地獄と化しても
守らなければいけないものがある
それは一体何なのか
それは一体何なのか
答えは世の理の中
救いたいものがある
傷つけたくないものがある
それは一体何なのか
それは一体何なのか
愛なのか
正義なのか
忠誠なのか
命なのか
答えは世の理の中
人は教えの庭に生い
道を失くしては生きられない
盛者必衰 無常の世
世の理に答えを問うても
そこには道が続くのみ
九、 螺旋の糸
繋がる糸
絡まる糸
解ける糸
螺旋の糸
気付けば同じ場所に並び
糸の行方を追っている
何処に繋がるのか
何処で切れるのか
誰に繋がるのか
誰に引っ張られるのか
気持ち悪いほどの螺旋の重なり
吐き気がするほど絡まる羅列
目の前にはあなたがいる
糸は張り巡らされている
いつになれば報われるのか
いつになれば終わるのか
螺旋はどんどん交差する
走る 走る 走る
気付けば走っていた
呼吸はどんどん乱れていく
追え 追え 取り逃がすな
逃げろ 逃げろ 生き延びろ
誰かが死んで誰かが生きる
そうなったからそうするだけ
誰かが刃を振り下ろし
誰かが痛みの中を彷徨う
誰も望んじゃいないよ
誰も欲しがってないよ
深紅じゃ渇きは潤せない
心はどんどん干からびていく
誰かを傷つけるたび
誰かを陥れるたび
心はどんどん干からびていく
殺されたくないから殺すだけ
守りたいから守るだけ
こちら側にいたから
あちら側を陥れるだけ
螺旋はみるみる絡んでいく
螺旋はみるみる千切れていく
走れ 走れ 走れ
そうなったからそうするだけ
十、 こたえさがし
さあ何から話そうか
何が聞きたい
何が見たい
何が知りたい
何が欲しい
私は答えなんか持っていないよ
男と女に陰と陽
表と裏に正義と悪
何が間違い
何が要らない
何が嘘で
何を捨てる
私は答えなんか持っていないよ
お前の望むような答えは持っていないよ
私はただ見てるだけ
あちら側とこちら側の隙間を上から
私はただ覗いているだけ
愛なんてないよ
残酷なんてないよ
真実なんてないよ
探し物なんてないよ
そちら側にいてるから
こちら側が恨めしいだけ
こちら側にいてるから
そちら側に行きたいと思うだけ
いつも世の情理の中にいるから
揺さぶられて泳いでいるだけ
手が届かないのは
自分でこちら側に来たからでしょう
私は答えなんか持っていないよ
お前が望むような答えは持っていないよ
だって答えを言ったって
お前はそれを受け入れられないでしょう