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【短編脚本】アベック


1980年。

昭和55年。

ネオンが賑わう繁華街。

そこから少し離れた路地裏にひっそりと佇む場末のBAR。

男は今日もここで待つ。

カウンターの右から三番目。

酒はOLD CROWのロックと決めている。

この店では時計はつけない。

時折ドアベルの音が鳴り、レコードの曲が遮られる。

いつも同じ曲だ。

変わらない客層に変わらない音楽。

マスターがレコード盤を裏返すと同時に、三本目の煙草に火をつけた。

この一本が終わればそろそろ煙草は終わなくてはならない。

何故なら、彼女は煙草が嫌いだからだ。



女はハイヒールの音を鳴らしネオン街を歩く。

香水はいつもより甘いCHANELのN°5。

口紅はいつもより濃い赤を。

束ねて上げていた髪を下ろしながら、足早に人混みをすり抜ける。

時計はさっき外してきた。

進み続ける針を見たくないから。

路地裏の奥の場末のBAR。

ここに今日も女は向かう。

右から三番目の彼に会うために。


いつからだろう。

四週目の金曜の深夜、右から三番目。

時計はつけない。

会話はほんの少しだけ。

二人でOLD CROWのロックを飲み。

二杯目が空になれば外に出る。

ネオン街をすり抜け少し外れたいつものホテルへ。


男は女の事を何も知らない。

歳も、職業も、住んでいる場所も。

いつもニューベーシックな服装にハイヒール。

化粧は濃いめで甘い香り。

ただそれだけ。

女もまた男の事は何も知らない。

歳も、職業も、住んでいる場所も。

いつものダブルスーツに少し派手なネクタイ。

嫌いな煙草の匂いに身を包み、

いつも右から三番目でOLD CROWを飲む。

ただそれだけ。


初めてホテルに行った夜、

二人は時計の針をずっと気にしていた。

二回目の夜、

時間に縛られるのが馬鹿らしくなり、二人で時計を投げ捨てた。

お互いこれだけはわかっていた。

帰らなければいけない場所がある。

けれど何も語らない。

何も聞かない。

”現実”という名の言葉がひとつでも溢れ落ちれば、

ここにある世界は崩れ落ちていくことを知っていた。

発していいのは甘い言葉と欲望を露わにした吐息だけ。

男の背中に食い込む女の爪の痛みはまるで戒めのよう。

快楽に溺れた瞳の奥に映る自分が惨めに思える。

それでも心とは裏腹に悶える身体。

所詮、傷の舐め合い同士。

すぐに壊れる脆さをわかっていても、それでも一時に酔いしれる。

”いけない事”程、甘い蜜はない。

それは毒薬のようであり、聖水のようでもある。

愛撫の快楽と共に這い出る本能。

欲望は世界の色を変える。

何も知らないこの男が、

何も知らないこの女が、

たまらなく愛おしく思えてくる。

人はこれを疑似恋愛と言うのだろうか。

偽りの愛とでも言うのだろうか。

いや、違う。

ただの麻薬だ。

快楽の罠に溺れ、朝になれば何も残らない。

それで、いい。

それだけでいい。

そうやって何度も何度も麻薬に溺れ、いつかすべて壊れてしまえばいい。

世界がぐにゃりと歪んで、

夢と現実の境目も、

男と女の境界線も、

心も、肉体も、漏れる吐息も、

すべて掻き回されてぐちゃぐちゃになればいい。

この世で一番の快楽に溺れたい。

欲望のままに生きていたい。


けれど世界はいつまでも残酷。

何も変わらない朝。

床に散らばった下着を履く時の、夢から覚めた感覚。

服を一枚ずつ着るたびに押し寄せる現実世界。

ホテルから一歩外へ出れば、お互い背を向けて歩き出す。

女は一度立ち止まり振り返る。

男は歩き始めると、おもむろにポケットから煙草を取り出し火をつける。

背中越しに見える煙草の煙。

それが、現実へ戻るいつものサイン。

女は男の吐息から漏れる嫌いな煙草の匂いを思い出し、そしてまた歩き出す。

ただ、それだけ。

四週目の金曜日、右から三番目。

世界が色を変えるほんの数時間の麻薬。



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もう10年くらい前になりますが、今は東京にいる相方のV4と創ったダンス作品の脚本です。
昭和な作品がしたいよね!っていうことでHee-sun脚本書いてよと言われ、もくもくと妄想を膨らませて書きました。
この作品はV4と創った数ある作品の中でもダントツ一位のお気に入りです。
選曲にも演出にもこだわったこの作品。
まず二人でやる作品は必ず”男女”ということを象徴的にしたものを作ります。
時代設定、関係、年齢、性格、環境、その他事細かくキャラクター像を入念に練りまくる。
V4はダンサーであり役者でもあり、DACT partyというチームで演劇とダンスを融合させた唯一無二なスタイルの舞台を創ってきました。
私もストリートダンサーの域におさまらず役者をさせていただくこともあるし、演劇舞台の振り付けもするので、作品を作る上での設定にめちゃくちゃ重きを置くんですよね。
ただね、二人ともこだわり強すぎて過去に二人芝居した時なんかは部屋の間取りでドアがどこにあるかで真剣にモメるっていうね(笑)
まあでも、目に見えない部分をいかに細かく創って共有するかって、作品の質をかなり変えるものだと思うのです。
舞台セット最小限でやる時って間取りとか通り道とか、意外と辻褄が合っていないこと多いんですよ。
え、そこさっき壁やったのにそこから出入りできんの!?とかそこお風呂やったけど誰かの部屋になってるやん!みたいな(笑)
そういうところまで気を配るのが職人てやつだと勝手に自負しています。

でですね、昭和の作品やりたいねって話になりこの脚本を書いて、曲を何にするかですぐ出てきたのがサザンオールスターズ「エロティカセブン」。
終盤の我を忘れるベッドシーンにこの曲最適じゃない!?と即決。
それじゃあ冒頭からホテルに行くまでの曲はというと、これまたすぐにドンピシャなのが降りてきまして、もんたよしのり「ダンシング・オールナイト」。
昭和生まれなお方は絶対に知っている名曲ですね。
もうこれしかない!!と二人で即決。
ダンシング・オールナイトからのエロティカセブン、もう最高の組み合わせじゃないかと二人でテンション爆上がりで振り付けに入りました。
まーこれ作る時もまたケンカしたんですよね(笑)
お互い体育会系育ちなんで、殴り合いして握手する昭和の男子学生みたいなノリで喧嘩しては仲直りしてました。(殴り合いはしてません。笑)

最初はバーの待ち合わせシーンから始まり、ホテルへ移動。
部屋に入ったらまだ何処かぎこちなくも服を脱ぎ始め、そこからソロダンス。
この時点でお互いシャツのボタンは全開で女性側は下着が見える状態で踊ってます。
サビでペアダンスのように焦らしながら踊り、曲の一番の盛り上がりでカットアウト、からの、エロティカセブンのカットイン!
そこからはもう踊り狂うのみ。
設定としては踊り狂う=セックスに溺れるというイメージ。
ラストには完全に衣装を脱ぎ捨てて男は上半身半裸、女は完全に下着姿というかなり攻めた演出で、一部から拍手と歓声と笑いが起きてましたね(笑)
で、ここからが一番の演出ポイントなんですが、曲がすべて終わって無音になるんですね。
もうセックスは気の済むまでやりきって朝になる。
無音のまま、お互い冷めた空気の中で下着を履いて、服を着ていくんですよ。
めっちゃ現実。
ホテルを出たら明るい空を見てさらに現実。
夢から一気にドーンと覚めるんですよね。
なんのドラマチックな別れもないまま二人は解散して物語は幕を閉じます。
そういう関係、世の中にはあるよねーっていうようなお話。

この作品の反省点を挙げるとすれば二人とも踊ってるうちに楽しくなりすぎてしまった事ですかね(笑)
ダンサーとしての楽しんでる感じが作品を押しのけて出てしまいすぎて二人ともめっちゃ笑顔で最後踊ってました(笑)
10年経った今、またこの作品やりたいねって言っているのでさらに進化した深みのある「アベック」を二人でお披露目したいなと思っています。
今現在、二人とも37歳なので年齢的にこの脚本に最適だと思うんですよね。
あの頃よりは脂の乗ったイイ女になれていると勝手に思っているので(笑)
歳を重ねた者同士がお届けする「アベック」。
また新しい作品の魅力をお届けできると思います。
がんばるぞー。

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