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ヴィロンの森 第四章 子犬のククル

再び、外出できる日が来ると、少女はオーギュストとアレクサンドル、そしてロジェと他二人お供の者を連れ、また森へ行きました。
そしてまた、木々のアーチをくぐると、子ども達三人だけがラルフのいる場所に出ました。
「やぁ」
ラルフは変わらずそこにいました。
そして、驚いているアレクサンドルを見て、「君は?」と問いました。
「アレクサンドル。十一番目の子どもだよ」
「やぁ、十一番目か!」
「君は?」
アレクサンドルがはにかみながら問います。
「僕はラルフ。妹が一人いるよ」
「ラルフか、良い名前だね」
「ありがとう、君の名前も雄々しくていいね」
二人はニコニコしながら握手しました。
「十一番目と今、言っていたけど、もっと兄弟がいるのかい?」
ラルフが問います。
「全部で十三人だよ。ちなみにアリが十番目、僕が八番目の子どもだ」
オーギュストが答えました。
「それはまた子だくさんだね! 羨ましい」
そうニコニコしながらラルフは言うと、
「そうそう、今日は僕の村から友達を連れてきたんだ」
と言いました。
「友達?」
「そう、ちょっと待って」
少年はそう言うと、口に指をくわえ、ピーと音を鳴らしました。
すると、近くの木の陰からタタタッと何かが駆けてきました。
「あら!」
嬉しそうにアリアンヌが声をあげました。

駆けてきたのは、かわいらしい、とてもまっ白なシヤンでした。毛並がフワフワしていて、つい頬ずりしたくなるほどです。
ラルフはシヤンを抱え上げ、
「ククルと言うんだ」
と言い、皆に紹介しました。
「ククル! かわいい名前だねぇ」
アレクサンドルはそう言い、ククルの頭を優しく撫でると、シヤンは目を細めながら、嬉しそうに尻尾を振りました。
「とてもおとなしいのね」
「あぁ、一番、兄妹の中でも手がかからない子なんだ」
ククルは尻尾を振りながら、つぶらな瞳でアレクサンドルを見上げています。
「おや、大変君が気に入ったようだよ」
ラルフはククルの視線の先を見るなり、そう言いました。
「本当に? おいで、ククル」
そう言い、両手を広げると、ククルはクゥンと鳴きながら、ラルフの腕からアレクサンドルの胸に飛び込んできました。
「かわいいなぁ」
アレクサンドルはククルを抱き上げると頬ずりしました。

「ラルフ、また、笛を聞かせてほしいわ」
ふと、アリアンヌが切り出しました。
「そう、僕も聞きたい」
オーギュストも言いました。
少年は少し照れくさそうにしていましたが、二人がさらに言ってきたため、
「では少しだけ」
と言い、笛を取り出しました。

今回は前に演奏した曲とはまた違う曲で、軽快で、楽しくなるようなメロディーでした。ククルがそのメロディーに合わせ、合間合間に吠えたのが、よりテンポを良くし、リズムを心地よくさせたため、聞いている者の心を一層、楽しくさせました。
三人はメロディーにしばらく耳を傾けていましたが、アリアンヌはちょうど舞踏会に向けてダンスをお城で練習しており、また、ラルフの奏でる曲とガヴォットと曲調が似ていたため、段々と踊りたくなってきました。
そして、曲の盛り上がりのところに再びくると、ついに立ち上がり、曲に合わせて踊り始めました。
それを見た二人も彼女に続き、踊り始めます。
アレクサンドルはまだうまくステップが踏めないので、兄と姉のステップを真似しながら踊りました。
さらにはククルがその後に続き、跳んだり跳ねたりし始めます。
あまりの楽しさに、三人はつい時が経つのを忘れるほど熱中して踊ってしまいました。

「あぁ、楽しい。あなたってすごいわ、ラルフ」
曲が終わった後、少女が息をはずませながら言うと、ラルフは照れ、顔を赤くしました。
「僕も、楽しい」
少年の言葉に三人はとても嬉しくなりました。

アレクサンドルがククルを連れ、オーギュストと湖で遊び始めたので、ラルフはすぐ近くの老齢で倒れた木の上に、自分の腰に巻いていた綺麗な布を敷き、アリアンヌをその上に座らせました。そして自分はその横に腰を下ろします。
「あなたの服が汚れてしまうわ」
アリアンヌが気を遣って、立ち上がり、ラルフの布を彼に返そうとしました。しかしラルフは、
「いいんだ、大丈夫」
と言い、一向に受け取ろうとしないので、諦めて座り直しました。

そのまま話をしている内に、
「そうだわ! あなたはヴィロンなの?」
と、ラルフに尋ねました。
彼は驚いた顔をしましたがすぐに、
「物知りだねぇ。いかにも僕はヴィロンだよ」
と答えます。
「やっぱり!」
アリアンヌの胸が高鳴りました。
「私のお城の近くに住んでいる博士に教えてもらったの。あなたの国はどこにあるの?」
「僕の国は、この道をずっと行ったところにあるんだ」
そう言いながら、後ろにある小道を指差しました。
「そうなの? どんなところ?」
「とても綺麗なところだよ。それに住んでいる人達は皆、優しいんだ」
「素敵だわ」
「月に一度、お城で舞踏会が開かれるんだ、それはそれは、素晴らしいものだよ」
「舞踏会! 私、二か月後に初めて出させてもらうのだけれど、見た事がないの、羨ましいわ!」
「そうなのかい? 僕の国の舞踏会は三日後に開かれるよ、良かったら見に来るかい?」
「行きたい!」
と言いましたが、すぐにその顏を曇らせ、
「あぁ、でも駄目だわ……さすがにお父様が許してくれるわけないもの」
「そうなのかい? 一応、これを渡しておくよ」
ラルフは自分のポケットから、金貨を取り出しました。
「僕の国ではこれが招待の証になるんだ。一枚で四人までだ。もし、来れるようなら、三日後の正午にここにおいで」
「わかったわ……駄目だとは思うけど。お父様にお願いしてみる」
少女は金貨を受け取り、そう言いました。

「とても綺麗なポワソンがいっぱいいたよ!」
しばらくして、アレクサンドルが湖からあがると嬉しそうにそう言いながら駆け寄ってきました。
「アリ! アレク! トルテュだ! トルテュが来た!」
向こうで湖面を見ていたオーギュストがこちらに向かって叫びました。
「ほんと! 今行くわ!」
アリアンヌは急いで駆け寄ります。
アレクサンドルもククルを抱きかかえて、急いで駆け寄りました。

三人が見ている先には、魚達の十倍くらいある影が浮かんでいました。
そして、しばらくすると、それは次第に湖面に浮かびあがり、ぬぅっとその姿を現しました。
それは光り輝く黄金の色をしており、甲羅は瑠璃(るり)色で、湖のエメラルドの色によって、より深みがかかった色をなし、陽の光が当たるとなお、まばゆく輝いていました。
「なんて綺麗な色なのかしら」
「本当だねぇ」
アリアンヌとアレクサンドルがそう言い合っていると、トルテュは顔を三人に向けました。
また、ちょうど鮮やかなローズ色とブルー色をした魚達がトルテュの周りで飛び跳ねたため、辺りは宝石のようにキラキラと輝きました。
「素敵だわ」
アリアンヌがそう言いながら振り向くと、向こうにいたラルフと目が合ったので、お互いニコリとしました。

動物たちに食べ物をあげ、ククルとしばらく戯れていると、そろそろ帰る時間だとオーギュストが切り出しました。
「また、近い内に」
そうラルフに言い、三人は木々のアーチをくぐると、また、湖などの光景はすぐに見えなくなりました。

お供の者達と合流し、兄妹達は森を出るとすぐ馬車に乗り込みます。
乗り込むとすぐ、御者は馬車を走らせました。
馬車に揺られながら、今日、見た事などを話しあっていると、少女はふと、ラルフに三日後の舞踏会に誘われた事を思い出し、もらった金貨を見せながら兄弟にその事を話しました。
「それは是非とも行こう」
オーギュストがそう言いました。
「でも、私が外出をする事を、お父様はきっと許してくれないわ、先月、外出させてくださったし」
兄弟は、うーん、とうなりました。
「お父様に僕からお願いしてみるよ」
「僕も。僕も言ってみる」
オーギュストの真似をして、アレクサンドルが言います。
「ありがとう。私もお母さまとかにまた頼んでみるわ」

三人は宮廷に着くなり、すぐ国王の元に行きましたが、国王は政務で忙しかったので、会う事ができませんでした。王妃は体調が優れないとのことでしたので、後でアリアンヌが一人で叔母に相談に行くことにしました。
しかし、
「三日後? それはさすがに駄目だと思うわ」
と、叔母に素っ気なく返されてしまったため、少女はやむなく叔母の部屋を後にせざるを得なく、ガッカリしながら、兄弟達に会える夕刻の時まで待ちました。

「駄目だったわ」
ディナーの前に、やっと兄弟達に会うなり、暗い面持(おもも)ちでアリアンヌは、そう言いました。
「そうか……」
うーん、と再び、兄弟達はうなります。
「お前たち、何か悩んでいるのか?」
たまたま通りかかった、第一王子が声をかけてきました。
「あ、お兄様」
アリアンヌはこれまで森で起こった事、エルフの少年に舞踏会に誘われた事を王子に話してみました。
「何とも信じられない話だな」
苦笑いをしながら王子が言います。
「僕も見たんだよ、お兄様!」
アレクサンドルが口を挟みます。
「私、どうしても舞踏会に行ってみたいのだけれど……」
申し訳なさげにアリアンヌが言いました。

王子はしばし宙を見つめ考えていましたが、しばらくして、
「先月、狩りに行くのを許していただけたが、さすがに今回は、父上は許してくれないだろう」
と言いました。
「そうよね」
三人は下を向きます。
「アリ」
王子が声をかけます。アリアンヌは兄を見上げました。
「父上はお前が兄妹の中で唯一の女の子だから、お前を非常に大切に思っている。お前に悲しい思いをさせているわけじゃない。そこはわかってくれるな?」
「えぇ……わかっているわ。聞いてくれてありがとう、お兄様」
「では、兄様。僕達もう行きます。さぁ、アリ、アレクサンドル、行こう」
オーギュストは王子に挨拶すると、二人を引き連れていきました。

「お姉様、残念だねぇ」
隣の鏡の間に来ると、悲しそうにアレクサンドルが言いました
「仕方ないわ。でも、お兄様とアレクは行ってらっしゃいな。せっかくですもの」
アリアンヌは持っていた金貨を二人に差し出しました。
「いや。アリが招待されたのに、アリを置いて行けないよ」
「そうだよ。お姉様が行ける時になったら、また三人で一緒に行こう」
二人はそう言いました。
「二人とも有難う……! うん。またの機会にね」
三人はそう約束すると、各々(おのおの)、自分の部屋に戻って行きました。
アリアンヌは後、十五分程でラテン語の授業でした。
「行きたいけれど仕方ないものね……」
自分に言い聞かせるようにそっとつぶやきました。

                第五章に続く
【注 釈】
はにかむ: 恥ずかしがる
雄々しい: 男らしく、勇ましいさま
シヤン:  子犬 フランス語 Chien
ガヴォット: 16世紀から19世紀末にかけてはやった2拍子の舞曲
ステップを踏む: 足を運ぶ(動かす)
顔を曇らせる: 心配などで表情を暗くする
湖面: 湖の表面
瑠璃色: 紫がかった濃い青色
まばゆい: きらびやかで美しい
政務: 政治上の事務
夕刻: 夕方
面持ち: 表情
(鏡の)間: 部屋のひとつ
各々: それぞれ







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