見出し画像

フランス旅行記4 ありがちゃん!

こんばんは。
今日はフランス編の4つ目、最後の記事になります。
読んでくれた皆さま、本当にありがとうございました!

なんだか旅行の記事をまとめるという作業は旅のあとの荷物の片付けの一つみたいで、自分が何を体験してそこで何を考えたのかということを振り返ることは自分にとってとても有意義なことと感じています。その時は負と感じていた感情やエネルギーは後から考えるとそうではないように思えたり、そうだったとしてもその負から学べることもたくさんあると思います。だし、楽しい思い出をもう一度思い出すというのは楽しいことです。反省って後悔に対してだけ行うものではなくて、楽しかったものに対してもするべきことなのではないでしょうか。

というわけでこのnoteにまとめるというのは自分の体験やそこで得た感情を整理するのに本当に良い場なんだなと今回日本に帰ってからフランスの記事を書くことで感じました。それだけが目的なのだとしたら、人には見せないでメモアプリに自分のためだけに書くのでも良いのですが、読んでくださる人が多少でもいるのなら公開したいと思いこうやってnoteで書いています。人目に触れるということで良い感じの力が入るので、整理のクオリティも上がる気がします。

と、長々と前書き的なものを書いてしまったのですが本編はこれからです。本編に入った途端にいつもの通り、丁寧語ではなくなります。昨日は海外生活に疲れてしまった自分が牡蠣を食べて少し元気になった話を書きましたが、今日はその後のことをまとめて書こうと思っているので話が多少バラバラになってしまうかもしれません。ご了承ください。それでは始まります。

自分の性質

フランス軍人の彼は去ってしまった。その日、同室には予約がなかったらしく部屋には自分しかいなかった。なんとなく朝から外に出る気がしない。ご飯を売店で済ませるとまた宿に戻って、ベッドに寝転がった。パリの有名な観光地はほとんどまわった事があったので、もう一回行こうとはならなかった。結局その日はパリに行くことなく映画『コクリコ坂から』を人生ではじめて見た。

そんな事をSとメッセージで話していたら「明日は美味しいクレープでも食べて、エッフェル塔でも行ってきな。楽しまなきゃ。」と言われ、確かにそれもそうだなと思い、次の日はその通りにした。教えてくれたお店は本当に美味しくて、少し値段は張ったけど自分が食べたい豪華なものを注文した。美味しいものを食べるということの素晴らしさを改めて感じた。
誰の言葉かは知らないけど、こんなのを思い出した。

「いいことがあったら飯がうまいし、よくないことがあったらうまい飯を食おう」

すごい普通のことを言ってるんだけどこの時は刺さった。飯の力は偉大である。

フランスで野球をやった話

R君の知り合いのお家に遊びに行った時、大きなプール付きのお庭でチーズやらパンやらを食べていると、彼の友人は「あ、そろそろ時間だ」と言い家の中に入っていった。再び外に出てきた彼は野球着を着ていた。「フランスにも野球があるんですね」というと、「そうだよ、今度遊びに来る?」と誘ってくれた。特に大きな予定もなかった自分は喜んで連れて行ってもらう約束をした。そこのお家はお母さんが日本人の方だったので、彼と彼の妹は日本語がすごく流暢だった。

結局野球の練習には3回もお邪魔させてもらった。久しぶりにやる野球は楽しかったし、チームの皆も日本に興味がある人たちが多かったのでいろいろ質問されてそれも嬉しかった。自分より全然日本人のプロ野球選手に詳しかったり、右利きなのにグローブ好きすぎて左のも持っている人(ちなみに自分は左利きなので彼からそれを借りることができた)がいたりとにかく野球大好きな人たちでできたチームだったのでその人たちと練習をするのが本当に楽しかった。

野球は夜遅くに終わるので毎回練習のあとはそこのお家に泊めていただいていた。ずっとホステルだと疲れるので本当に有り難かった。

その他にも彼の妹にはパリのおすすめスポットとかおすすめのチーズ、レストランを教えてもらったり、お母さんにはパリにいる上でいろいろ気をつけた方がいいことを教えてもらったりとか、ご飯を作っていただいたりとか本当にお世話になった。

ありがとうございました!

パリに来た友人と話したこと

自分たちがフランスに来て間もなく、友人のTがパリに来た。
彼女は自分たちの旅行とは関係なく、自分のやりたいことがあって来ている、彼女には夢があり、それを追い求めてパリに来ているのだった。すごく頻繁に会う友人というわけではないけどたまに会って話すと毎回刺激をもらう。ちなみに、このnoteを書くということも彼女の「やってみなよ」の一言から始まった。

パリで彼女と話す機会が何度かあった。一番印象に残っているのは自分が帰国する前日にR君とTとの3人でディナーを食べたあと、お家で飲みながら話した時である。R君は2時もまわった頃に眠たくなったらしく寝室に行ってしまった。

しかし、その後も話は続いた。会話の全てを覚えているわけではないけど、とくに印象に残っているのは「今ここにいる自分を甘くみない方がいいよ」という言葉。実際にフランスに来ると、既に実現したことなので大したことないと思ってしまうけど、日本にいる時は旅行記1の最初にも書いた通り、夏のフランスに自分がいるなんて本気で思っていなかったし、信じてなかった。でも結局めぐりめぐって当時は信じられなかったところに実際に来ていて、それを大したことないことだと思ってしまっている。インドだって同じことだと思う。だから、普段自分がやりたいけどできていないことの多くはどこかで自分ができると思っていないからなのではないか。自分の成し遂げたことを甘く見過ぎだよ、自分を信じるってありきたりな言葉に聞こえるかもけど要はそういうことじゃない?

自分の解釈もまぜまぜだけど、そんなようなことを言われた。

またもや頭を打たれた。本気でできると思って動けば周りはわりと助けてくれるし、できないと思っていることのほとんどはそう思ってるからできない。なんの保証もないまま夢を追ってパリに来た彼女にそう言われると重みがあった。

結局、自分が寝たのは朝の6時を回ってからだった。
こんな話を旅の最後にすると思っていなかったけど、ベッドのなかで「締まったな」と思った。こんなに最終日らしい最終日はない。

日本に帰る準備ができた。

R君ともバイバイ

フライトは19時だったのでわりと余裕があった。部屋の掃除を終わらせたり、コインランドリーで皆のシーツを洗ったり、朝ごはんはのんびりとテラスでR君とハンバーガーを食べた。最後に片付けをしながら、いろいろ話をしたりいろいろアドバイスをもらったり、楽しかった(ここでは詳しくは書かないけど)。メトロのAラインの中で最後のハグをした時に「You can come to Paris anytime」(いつでも来てね)と耳元で呟かれた。ものすごく寂しくなった。

彼はナイスガイだ。

招待してくれてありがとう。

最後に

何事もなく日本についた。PCR検査の結果も陰性だった。
さっきは自分の意思のおかげでフランスに来ることができたみたいな書き方をしてしまったけど、この旅の実現にはいろいろな人の協力があった。R君は自分たちを受け入れるために本当にいろいろ準備をしてくれたし、何より最初に誘ってくれたのは彼だ。Sも行かないと諦めた自分に行こうよと誘ってくれたし、一番心配だった渡航を共にしてくれた。Iも、ヨーロッパのビザを持ってない自分は常にフランス入国できるかがドキドキだったのでその情報を教えてくれたりして本当に助かった。他にもお金が少し足りなくておばあちゃんに援助してもらったり本当にいろいろな人の助けによって実現した今回の旅だった。

まあ、いろいろあったフランス旅行だったけど本当に行ってよかったと思う。体験が良いものか良くないものだったかを決めるのって多分その後の行い次第だと思うからこれからが大事なんだと思う。でもとにかくこの旅行は自分の中で大きなこととなったのは間違いない。


ありがとう。
Merci beaucoup.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?