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【連載】西洋美術雑感

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西洋美術から作品を取り上げてエッセイ評論を書いています。13世紀の前期ルネサンスのジョットーから始まって、印象派、そして現代美術まで、気ままに選んでお届けします。
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#宗教画

西洋美術雑感 26:カルロ・クリヴェッリ「受胎告知」

カルロ・クリヴェッリはルネサンス盛期の始まり、あるいはルネサンス初期の終わりに位置する画家で、この人の絵も独特である。その後のラファエロで完成するイタリアルネサンスへ通じていると言えないことは無いのだが、自分としては、そこからだいぶ外れているように感じられる。 本来なら、クリヴェッリの描く、非常に冷たく、気高い感じの独特な女性の顔が登場する数々の絵を出したいところだが、ここではこの絵を選んだ。 この絵を見ていちばん最初に感じるのが、この厳密に製図のように描かれた透視図

西洋美術雑感 25:コズメ・ツーラ「ピエタ」

コズメ・ツーラはルネサンス初期の画家の中でもとりわけ奇妙な絵を残した画家である。前回、ミケランジェロの彫刻のピエタを取り上げたが、このツーラの絵も同じくピエタであるが、この感触の違いは、もう果てしない距離があると言えないだろうか。ちなみに、このツーラの作はミケランジェロのピエタのおよそ40年前、ルネサンス盛期と呼ばれる時期の始まり、そしてルネサンス前期の終わりに位置している。 このツーラの絵を見てみよう。まず、十字架から下ろされた死せるキリストは、まるで発育不全のように小

西洋美術雑感 23:ピエロ・デラ・フランチェスカ「キリストの降誕」

いちばん好きな画家は誰かと聞かれてピエロ・デラ・フランチェスカと答えるぐらいの自分なので、すでに「キリストの鞭打ち」の絵を出したとはいえ、あれだけで終わるのは寂しい。なので、もう一枚、上げておく。 ピエロの絵は、非常に客観的な冷たい感じの様子と、恍惚としたような無言の共感の、相異なる二つの方向性が感じられ、この二つはどちらかが強くなることもあれば、同時のこともある、といった風で、絵によっていろいろである。それで、最初に出した「キリストの鞭打ち」は、前者の冷たい感じが前面に

西洋美術雑感 22:シモーネ・マルティーニ「受胎告知」

フィレンツェはいわずと知れたルネサンス美術の中心地である。誰でも知っているレオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、ボッティチェリといった人たちはここで活躍したのである。前にも紹介した、ルネサンスの夜明けに相当するジョットもここフィレンツェである。 そんなルネサンスな街は、行ってみるとコンパクトで親しみやすい感じの街だった。そしてそこにかの有名なウフィツィ美術館がある。本拠地にある大美術館のコレクションは、まさにルネサンスの殿堂のようなところだ。 前にも書いたように僕は

西洋美術雑感 20:エル・グレコ「聖ヨハネの幻視」

さて、それではエル・グレコ、行ってみましょう。エル・グレコのはなはだしい特徴は、絵をひとめ見ただけでエル・グレコと分かるところであろう。間違いようのない個性がある。ということは逆に、軽く見られる根拠にもなるんだよねえ。 いま現代に生活している僕らの大多数は、芸術作品というのは芸術家が自らを表現したものだ、という考えを当然だと思っている。もっとも、日本語ではそういう芸術を特別に「アート」と横文字で呼ぶ傾向があるのもおもしろい。で、「芸術」って漢字で書くと、個性というよりなん

西洋美術雑感 19:ドゥッチオ「十字架から下ろされるキリスト」

キリストの受難劇は、数限りなくある宗教画でもっともよく描かれたもので、その中でも、この、十字架から下ろされるキリストは、さんざんいろんな画家が描いている。 ここに上げたのは、ジョットと並ぶ、ルネサンス前期のイタリアのシエナの大画家ドゥッチオのもので、その受難劇は全部で26枚あって、これはその中の一枚である。実は、僕は、西洋に数ある受難劇の絵の中で、彼のものをもっとも愛しているのである。 母マリアをはじめとする女たちの純一な悲しみの表現と、はしごをかけてイエスを降ろした

西洋美術雑感 13:ジョット「聖フランチェスカの死と昇天」

ジョットは僕には特別な画家である。思い出すに、最初にこのルネサンス最初期の画家のことを知ったのはゴッホの書簡集においてだった。ゴッホは、このジョットを、その当時の画家でひとりだけ異なる存在として見ていて、ひとりだけ非常に近代的だ、と言うのである。 その意味は当時の自分にはそれほど分からなかったが、ゴッホから紹介されたジョットということで、画集で見て、のちにイタリアへ行って実物も見て、自分はもちろんジョットを好きになった。しかし、たとえば、ピエロ・デラ・フランチェスカとか前期

西洋美術雑感 12:ピエロ・デラ・フランチェスカ「キリストの鞭打ち」

僕は好きな画家は誰かと聞かれると、このピエロ・デラ・フランチェスカを筆頭に答えることが多い。今回、彼のどの絵を引こうかと思い、いろいろ見てみたが、どうもこれ、といったひとつに絞れず、困った。彼はルネサンス前期の古い画家なので、それほど点数が残っていないのだが、それでも見慣れた絵をいくつも見ているうちに、なんだか分からなくなった。 しまいに、オレは本当にピエロがいちばん好きなんだろうか、みたいに思う始末で、しばらく考えてしまった。でもすごく好きなのだけは確かなことだ。で、おそ

西洋美術雑感 1:シモーネ・マルティーニ「祝福された聖アウグスティヌス・ノヴェッロ」

これはイタリアのシエナの前期ルネサンスの画家シモーネ・マルティーニの絵である。 それにしても、なんでこんなに素晴らしい絵があるのか、自分にとっては、ほとんど奇跡に近く、若いころは、この絵が一枚あれば他に何もいらないと思ったっけ。いまはそんなこと言わないけれど、今これを書いてる無味乾燥な部屋の左の白い壁にこれが掛かってたらなあ、とは空想する。 えーと、何センチなんだろう。高さ82センチだって。ちょうどいい大きさだね。僕は精巧なレプリカならいい派のはずなんだが、たとえばこれの