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西洋美術雑感 1:シモーネ・マルティーニ「祝福された聖アウグスティヌス・ノヴェッロ」

これはイタリアのシエナの前期ルネサンスの画家シモーネ・マルティーニの絵である。

それにしても、なんでこんなに素晴らしい絵があるのか、自分にとっては、ほとんど奇跡に近く、若いころは、この絵が一枚あれば他に何もいらないと思ったっけ。いまはそんなこと言わないけれど、今これを書いてる無味乾燥な部屋の左の白い壁にこれが掛かってたらなあ、とは空想する。

えーと、何センチなんだろう。高さ82センチだって。ちょうどいい大きさだね。僕は精巧なレプリカならいい派のはずなんだが、たとえばこれの完全なレプリカがあっても買わないかも。自分にもまだ礼拝的性質が残っているのだろう。調べるとこの絵はシエナの国立美術館にある。やはりシエナにあるのか。見に行こうかな。おおむかしシエナへは行ったんだが、これを見なかったんだろうか。それにしても、行ってホンモノを見たら、欲しくなるだろうなあ。

この絵はもともとは大きな一枚の絵で、ここに載せたのは、そこからの切り抜きである。元の絵には真ん中に黒い服の聖アゴスティーノが大きく描かれ、聖霊が彼に耳打ちしている。シエナの街でこんな悲劇が起きようとしてる、っていうのを知らせていて、それで、彼、現場へ行ってそれを救うのである。なんかこう、スーパーマンじゃないけど、ヒーロー系である。場面は四つあり、これ以外では、二階から落ちて死ぬ子供、崖から馬ごと落ちて死ぬ人、吊り下げ揺りかごの紐が切れて赤ん坊が落ちて死ぬところで、どうやら、この四つの事件は、当時シエナで実際にあった事件だそうだ。

この絵では、この左上の天から降りて来るみたいに描かれた黒い服を着た人が聖アゴスティーノで、ここでは、子供が犬に噛まれて死んでしまうのを事前に防いでいる。で、右側に無事に救われて聖者を祝福するところが描かれている。

絵画を言葉に移し替えてもしかたのないことなのだが、真ん中の真っ黒い犬、噛まれて赤い血を流す子供、恐ろし気な表情をして棒を振り上げる赤い服を着た若い女、といった劇的な場面と、右側の祝福の場面では、助かった子供は何もなかったような顔をしていて、その、赤と黒と灰色の目立った対照、そしてそれが、さまざまに交錯する遠近法の消失点がない迷路のような街並みの手前にある様子は、画面の中のすべての要素が視覚的にも意味的にも複雑に交錯していて、いくら見ても飽きない。

ふだんはフラットで敬虔な主題の宗教画の上に、こういう突然の激情の発露が画面上に現れると、本当に驚く。しかもそれにも関わらず、世界は静まり返っている。

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Simone Martini, "Blessed Agostino Novello Triptych", 1328, Tempera on wood, National museum in Siena, Italy.

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