見出し画像

#85. アメリカの学校で授業中に泣いた話し!


あなたは大人になってから

授業中に泣いたことがありますか?

「授業中に泣く?」「大人なのに?」

「殴られたの?」

いや、そうではないんです。


それでは、僕の実体験を話します。

★ ★ ★ ★ ★ ★

大人が学校で泣くのは珍しい。


たとえば、


ECCの英会話のクラスで

泣いているおじさんを見たことはない。


パソコン教室のエクセルの授業中に

泣いているおばさんも見ない。

でも僕は


アメリカに留学した時、

授業中に泣いたことがある。


授業で感動する物語を読んだのでも


悲しい映画を見たからでも


後ろに座ってるやつに後頭部を

殴られたのでもない。


あまりにも英語ができなくて泣いたのだ。


その時の僕は、

日本の大学を中退して

アメリカ留学をしていた。

それまで

英語をやってもやってもできずにいた。


いろいろな教材をやり、

英会話スクール、

英文科にも行ったがダメだった。


だから、

「こうなりゃ最後の切り札!」

「留学だ!」


最後の望みとして

留学に賭けた。

気合が入っていた。


生半可な気持ちではいけない。


ダメだったらすぐ帰国するなど、

「もってのほか!」


そんな弱気ではいけない。


できるまでは日本に帰らない覚悟が必要だ。

「その通りだ!」


日本の大学はもう中退したのだ。

休学ではない。

「もう戻れないのだ!」

かっこよく言えば、退路を絶った。

昔、中世かどこかの戦争で

船で敵国に乗り込んだ海軍の船長が

上陸した際に


部下に自分たちの船を燃やすように命じた。

そして、燃えさかる船を指差して言った。


「諸君、我々の帰る船はもうない」


「生き残る道は勝つしかないのだ」
と。

そして、彼らは勝利した。

僕も当時、それくらいの覚悟で留学したのだ。

しかし、

現実は厳しく思うように英語ができない。


英語を理解できず、

先生の言われた通りにできないのだ。


その時は、ライティングの授業だったが、

あまりにもできず

悔しいやら、情けないやらで

涙がこぼれた。


「なんでできないんだ」

「日本の大学を中退してきたのに」

「親に申し訳ない」

いろいろな気持ちが湧いてきた。

涙が止まらない。


それを見たアメリカ人の先生は

かなり驚き戸惑った様子だった。

「おまえ大人だろう?」と思ったかもしれない。


「泣かないで」

という声は聞き取れたがあとは覚えていない。


しかも、その時、僕はこともあろうに


クラスの一番前に座っていた。


クラスには10人以上の生徒がいて

一部始終を見られた。

当然、一番前に座っているから、

恥ずかしいとは思ったが


もう遅いし、どうにもならない。

そのクラスには日本人が僕以外いなかったのが

幸いだったかもしれない。


もし他に日本人がいたら

日本人学生の間で

「あの人、授業中泣いたんだってよ」

と噂されるところだったが

なんとかそれはまぬがれた。


この「悔し泣き事件」があっても

英語はできるようにはならなかった。

成功物語としては、

「この事件以来、彼は猛勉強をして

英語を習得し帰国する頃には

首席で大学を卒業しました。」

おしまい♪


というのがいいのだろうが

そんな奇跡は


これっぽっちも起こらなかった。


結局、

授業についていけずアパートに引きこもり

自分なりに勉強したが

単位も一つも取れず帰国することになった。

あれほど気合を入れて

悲壮な覚悟で勉強したのに

しかも「泣く体験」までしたのにダメだった。


面白いことに、


帰国して独学で洋楽で楽しく英語をやり直し、

また渡米して、

完全にノー天気でビール飲みながら

ラジオを聞いて音中心の学習にしたら

英語ができるようになった。


「一体なんじゃこりゃ?」

である。


必死こいて努力すれば

成功すると教えられていたが、


努力の方向が間違っていたら成功しない。

努力の方向が合っていたら驚くほど上手くいく!


ということを学んだ。

関連記事:「不登校をした話」はこちら♪


とういうことで、

教訓は、


自分に合うことをやれば想像以上に上手くいく!

自分に合わないことはやっても芽が出ない。


なので、

自分を知り、

自分に合うこと好きなことに

エネルギーを注ぐのがとても大切!

ということでした。

最後まで読んでくださって

ありがとうございます!

Thank you for reading!

Have a good one!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?