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【ブックレビュー】『木』幸田文(1993)

まず、とにかく記事の投稿が間に合っていない。ここはGWの東名かと見紛うほど、どんどん渋滞していく。だとしても毎日投稿はしない。これは密かなレジスタンスだ。なんちって。
なんとあれから宝生流で能を舞ってしまったりしたが、その話もまだ投稿できていない。ご迷惑をかけるといけないから、有料記事にすると思う。それから、うっかりラッパーになってしまった記事さやか嬢を押え、とうとう我が鳩ぽっポータル内で今週のアクセス1位となり、あまりのめでたさに新たな短編が誕生してしまったりもしている。たぶんショートショート(一切ご提案しない系)で発表すると思う。

さて、初投稿のブックレビューでは、最初に紹介するのはこの1冊と言いながら4冊も紹介した挙句、結局2冊お勧めするという迷走具合だった。今回も一冊どころか本以外の作品まで紹介してしまうことは最初に言っておこう。

実は、私の一作目の小説『丘の上に吹く風』の『あとがきにかえて』として投稿した『倒木(注1)』という詩は、『丘の上に吹く風』を執筆する前に書いた。つまり、まず先に『倒木』があって、『丘の上に吹く風』が誕生した。『倒木』を書きながら、なんとなく『丘の上に吹く風』の最終章(ラストシーン)をノートに書き留めたことからあの物語は始まった。近所で偶然倒木を3度見かけて随分と参考になったことを覚えている。今回紹介する幸田さんの『』は『倒木』を書き終えてから読んで、これまた奇しくも『倒木』の世界観をわかりやすい形で教えてもらうことになった。

』は幸田さんの木にまつわるエピソードを集めたエッセイ集であるが、第1話『えぞ杉の更新』では、幸田さんがこの現象を求めて、北海道・富良野にある東大の演習林を案内してもらった際のことを書いている。森では自然に倒れた木の上に落ちた種が発芽して木の上で成長する。一直線のエゾ松の幹を苗床にするわけだから、芽吹いた幼木は一列一直線に並んで成長していく。これが倒木更新と呼ばるもので、その様子はたとえむくろとなっていた木が完全に土に還ったとしても、素人目にもはっきりとわかるとのことだ。『倒木』で、倒れた木が次の世代に自らを明け渡し、いつしか苔生こけむし、長い時間をかけて朽ちていく様を描写し、それに森の動物や我が身をなぞらえたのはこの循環、あるいは再生のことだった。なんとなく感覚的に書いたことがうまく説明された。

文字だけで説明するのは容易ではない。倒木更新をもっと身近な題材でわかる例として、ジブリのアニメ作品で説明しようと思う。
風の谷のナウシカで、大ババ様が腐海が生まれた理由を語るシーンがある。王蟲の躯を苗床にして胞子が根を張る旨に言及する際に出る映像が、倒木更新を思い出させる。王蟲から比較的等間隔に並んだ胞子が生えている様子は、倒木更新と見た目こそ違うが(i.e. 王蟲は丸いが、えぞ松は長細い)、循環、再生という点においては同じだ。
また、もののけ姫のラストシーンもそうかと思ったが、少し違っていた。森が映し出され、そこにコダマが一人戻ってくる最後の情景でも、新しい苗木が比較的等間隔に芽吹いている。ほんの一瞬のシーンだったから、倒れた巨木から苗木が生えているように見えて、
「あれ? これ、もしかして更新?」
と、何度か見直したが、あれは地面だったと思う。ただこれも、込められたメッセージはナウシカと同じだ。違いがあるとすれば、ナウシカではこれが映像と大ババ様の言葉で語られ、もののけ姫では映像のみで語られたという点だろう。

余談ではあるが、著者の幸田さんは高齢になってから、自然の中に出かけ、このエッセイ集を出した。それが如何に容易ではないということがぽつぽつと綴られている。もしかすると都会っ子だったのかもしれないが、長時間の移動に加え、厳しい自然の中を歩くことに対する愚痴もちょろちょろとこぼれる。幸田さんもエゾ松の更新を見に行った際、険しい山の中を歩く中、「ああもう、あそこの倒木更新っぽいのでいいんじゃありません? 充分縦に並んでますよね」と案内人にさりげなく言ってみたものの「いやいや、倒木更新はあんなもんじゃありません。さあ先に行きましょう」と、さらっと流されてしまったりするエピソードもあるほど、自然というのは身に応えるのだろう。
全くもって比べものにはならないが、私も最近ドーナツの食べ比べをした際に同じことを思い知った。若いから容易にできることもあるし、無理がきくこともある。いやいや、そんなの思い込みだという人は、もしかすると自分の痛みに鈍感過ぎるだけかもしれません。それは強さなのかもしれませんが、どうかお気をつけください、くれぐれも人の痛みにまで鈍感になってしまいませんよう。

『木』に収録されている他のエピソードも面白い。屋久杉の話や、宮大工の棟梁であり、木のレジェンド西岡さん(注2)の話に至っては、何度も読み返してしまった。こういう世界もまだ残ってるんだと安堵するからだと思う。

木にまつわる本は、これ以外にもいくつか紹介したいものがある。
それはまたあらためて。

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注1 『倒木』記事の文末に参考文献Further readingとして、参考になりそうな記事を載せている。最近もう一件足したのでご興味があれば是非どうぞ。

注2 西岡常一さんについては、『木に学べ 法隆寺・薬師寺の美』という西岡さん自身による語り調の書籍がお勧めだ。氏曰く、歴史的建造物の修復や修理に用いるような『いい木』はもう日本にはほとんど残っておらず、台湾頼りだという。驚いたどころではなかった。

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