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【短編小説 森のアコーディオン弾き 1】不穏なうわさ

1.不穏なうわさ

森は不穏な噂で持ちきりだった。
ぽっかりとひらけた野原の脇の洞穴から、大きないびきが聞こえてくるという。
洞窟にはかつて熊が住んでいたが、ここしばらくは空き家となっていた。
「一体誰が住み始めたの?」
「あんなにとどろくいびきは聞いたことがない」
「あの洞穴に住むなんて大きい奴に決まっている」
動物達は口々に不安をこぼした。

困ったこともあった。
動物達はその場所を広場と呼び、大事な決めごとを話し合う会議場にしていただけでなく、あらゆる催しごとにも使っていた。
動物達は、近々予定される長老オウムの喜寿を祝ううたげの準備もできないと嘆いた。
すると今度は洞窟からフーゴフーゴとおかしな音まで聞こえ始めた。
「もしかしらた怪物かもしれない」
「だとしたら勝ち目なんかない」
「そうなるともうこの森には住めなくなる」
動物達はいよいよ森を出るほかないのかと肩を落とした。

動物達は森で一番大きなブルーベリーの木のまわりに集まっていた。
ブルーベリーの木はアズーラと呼ばれ、動物達は何か困りごとがあるとアズーラに相談していた。
「声の主が何者か分からないのに、この森を去るというのはせっかち過ぎよ。誰か洞穴の中を見てこられない?」
アズーラは動物達を見回した。とたんに皆目を伏せた。
「僕が行くよ。一番すばしっこいからね」
小鹿のカルヴィーノCalvinoはぴょんと前に進み出た。
「そうは言うが、足が震えとるぞ」
「武者震いだよ」
カルヴィーノは心配げな長老オウムのロレンツォLorenzoに言い返した。
「カルヴィーノと一緒に行ってやろうという者はおるか?」
ロレンツォが皆を見渡した。
「僕が行くよ。僕だってすばしっこいんだから」
青い尻尾のトカゲがちょろりと前に進み出た。
「おお、ハルベルト。行ってくれるか」
ハルベルトは胸を張ってうんとうなずいた。
「二人で行けば安心ね」
アズーラの一言で決まった。
カルヴィーノとハルベルトは競うように洞窟を目指した。

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