「旅する土鍋 」 −みんなが活きる時間− 食にたずさわる友たちと夏を呼ぶ(前編)

夏がこない。

飛行機で飛び、列車で流れ、
長距離バスに揺れる
夏が、こない。

ミングルに集まって

「旅する土鍋」の夏。
2020年はイタリアへの旅が叶わず東京にいる。

普段、なかなか時間が合致しない多忙な友人たちのもとへ、東京からすぐの大きな川を越えて大きなキャリーバッグはガタゴト走る。ああ、この感じ久しぶり。キャリーに伝わる好まない振動に、血潮がみなぎる。

3月に出版された有賀薫さんの

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お礼に鳥の声を!
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旅とねがいごと

ことばの一瞬の狂い舞いが心に残っていて。「また、ずっと」って、ちょっとへんな日本語だ。リピートなのか、フォーエバーなのか、どっちつかずで迷いがある。

「来年も、また」なのか、「これからもずっと」なのか。それとも両方なのか。直球で投げればよかったな、そういうのが、ほらやっぱり今になって響く。

去年のきょう、朝霧の海をみながら、迷いながら、いや照れながら投げたから。七夕の願いごとなんかね、名ばかり

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お礼にちきゅうのかけらを!
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余熱でいこう!陶箱のうつわで「アボカドタマゴ」

世界はタマゴのように儚いけれど、エネルギーが加わればかたまり、時にとろりとあなたをうっとりさせる神通力かもしれなくて。なんて願いをこめながら「陶箱のうつわ」でアボカドタマゴを焼いた。

早起きすると「復活祭のおめでとう!」のメッセージがイタリアの友人から届いていた。わたしは信者でないが、郷にいれば郷の文化を客観的に見ることができ、いまは郷を離れていてもお祝いの気持ちを送ることならできる。師匠の元気

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お礼にちきゅうのかけらを!
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湖と山とパン

スイスとフランスの両親をもつ友人マガリーは三日月型の「レマン湖」にとけようとするオレンジ色の空を臨みながら言った。「ジュネーブ湖」とか「ローザンヌ湖」と土地を限定される名前で呼ぶことを望まないの。

あの山が、ほら25年前にいっしょに行った山。語尾をひゅひゅんとあげて彼女がしゃべる。母が住むのはあっち。父が生まれたのはあっち。出会ったのはちょうど真ん中よ。

国境は目には見えない。けれどしゃべる言

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お礼に風の音を!
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旅する土鍋2019 「途立つ誕生日のスケルツォ」(後編)

(前編よりつづき)

後半目次

3.  ドレスと口紅

時速100〜 120キロくらいで飛ばせば、リグーリアからミラノまで2時間ほどで到着する。そんな道中も、おかしな話は継続的に、まじめに語られた。

ミラノに着いて一度解散。わたしは、居候している師匠宅のギャラリーの窓を開け風を通したり、洗濯物をゴソゴソやっていた。数時間後、驚くことにイーゥインちゃんは背中が大きくあいたドレスを身に着け、真っ赤

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お礼に雨のしずくを!
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旅する土鍋2019 「途立つ誕生日のスケルツォ」(前編)

イタリア語「スケルツォ」は「冗談」という意味かつ、音楽の世界では快活で急速な三拍子の楽曲を示す。おどけた感じが「冗談」という言葉と重なる。ショパンの「スケルツォ第2番 変ロ短調」などがそのひとつ。

前半目次

1. 肉眼と無限遠なレンズ

私たちはリグーリアの海にいた。
前の晩に書いた七夕の短冊を見ながら「願いは叶うのだろうか」なんて、無限遠に合わせたレンズでもって話していた。娘のように年齢が離

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お礼に空からおいしそうな雲をひとつ!
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旅する土鍋 2019 ミラノ「いつまでもどこまでも弟子でいい」

梅雨の曇天を家族に置き去りにするのは少しだけ心のこりだった。

タネをまきにゆく

長い旅も短い旅も、出かける朝に特別な雰囲気はない。妻であり母であるということは、サッカーのキャプテンがつける腕章のようなもので。いやいや、みんなそれぞれがアイデンティティの腕章をつけており、スポーツと違うのはみんなそれぞれキャプテンなので、誰が出かけても家族の動きはとまらない。

「旅」という字は、ふたつの文字か

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お礼に鳥の声を!
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