古典漫才

やすきよ漫才「我ら情報通」

西川きよし:こうやって、舞台に立つたびに、私、君とコンビを組んだ頃を思い出しましてね
横山やすし:どういうことを思い出すの?
き:二人が手を握り合うて…「やすし君、石にかじりついてでも、せめて三年間は漫才続けよな」
や:覚えてるよ、君のあの「石にかじりついてでも」の言葉
き:何を勘違いしたのか、君、墓石盗んできて、それに一生懸命かじりついとったなァ
や:…そんな言うのやったら、あの時「キー坊、漫才

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やすきよ漫才「人の姿が変わる時」

西川きよし:私、正月が来るたびに「あー人間に生まれてよかったなァ」とつくづく思うね
横山やすし:どうして?
き:人間に生まれたからこそ、正月にはええ着物が着れ、きれいな格好が出来るねや
や:正月だけええ着物着れてもしょうがないがな、ミンクいう動物みてみいや
き:ミンクがどうしてんや
や:あのミンクは、一年中、ミンクの毛皮着れるねんで
き:…そらそうやけどな
や:ワニにしたかて、一年中、ワニのコート

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やすきよ漫才「海外旅行を10倍楽しむ方法」

西川きよし:最近は正月の迎え方も、昔とはずいぶん変わってきましたね
横山やすし:変わりましたね
き:おせち料理作るの面倒やから、温泉のホテルでゆっくり正月をいうのも増えてます
や:そうかと思うと、海外で正月をいう人も多いがな
き:それそれ、私の友達の家なんか、年末から家の中で石油ストーブ十個炊いて、家族全員が水着着て寝そべってるがな
や:なんやそれ?
き:ハワイで正月迎えたつもり
や:せこいなあ!

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やすきよ漫才「男の中の男」

西川きよし:こうやって舞台に立つたびに思い出されるのが、我々が初めて舞台に立った時の事やね
横山やすし:思い出すねぇ
き:むちゃくちゃに上がりましてね
や:そう蚊取り線香の連続でっせ
き:何やそれ?
や:キンチョーの連続でっせ
き:しょうもないこと言うな!
や:とにかく、足がガクガクや
き:汗がダラダラや
や:小便がジャージャーや
き:汚いな
や:漫才に限らず、初めての時いうのはあがるもんやね

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2014年に書いた漫才です

最近は女性が強くなったというけど、我々の世代だと、最近というよりも生まれたときからすでに女性は強かったように思うね
そうだね
うちの母親はすごいよ。私を産んだ明くる日からもう働いてたからね
すごいね。からだが丈夫なんだ
もうね。なんでもかんでも自分でやっちゃうタイプでさ。自分のことは自分でしなさいってよくいわれてさ
ちゃんとしたお母さんだ
とにかく強いのなんのって、出産のときは、自分で股の間に手を

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日刊いとしこいしᴛᴡᴇᴇᴛ181205

古典落語はエキサイティングな保存方法だと思う。時代を超越するほどの名作を語り継ぎ,ブラッシュアップしながら,ネタを保存しつつ,語り手の成長にも資するのだから。漫才にも「新作」と「古典」があればいいのに…

▼昨日の「夢路いとし・喜味こいし」関連ツイートから選んだ17ツイート

※漫才の仕事依頼はこちらから

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波風立てぬ人生 そこには何もない
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「カバー漫才」「古典漫才」のイメージをつかむ方法

「カバー漫才」や「古典漫才」がなかなか根付かないのは,「漫才のカバーの仕方が分からずコピーになってしまう」からだという点を,「漫才の未来は『カバー漫才』と『古典漫才』が握っている」という記事で書きましたが,「カバー漫才」や「古典漫才」のイメージつかむには,同じネタを違うコンビがカバーしたらどうなるかを実際に見ることです。

映像で見るのが一番ですが,同じネタを違うコンビで書いた台本を読むことによっ

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自由だからといって 調子に乗らないほうがいい
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ストーリーがあってオチが綺麗な漫才を書き続け,漫才作家だけで食べていくためのプラン

今や職業としては消えつつある"漫才作家"ですが,わたしは「漫才作家だけで食べていこう」と本気で思っています。そのための具体的なプランを書いてみました。

ストーリーがありオチが綺麗な漫才台本を書き続ける

▶︎漫才作家だけで食べていくための基礎であり大前提となるのは,「ちゃんとしたオチがある完成度の高い漫才台本を書き続ける」ことです。「新ネタ」だけでなく❷❸❹の3つの方法をバランス良く活用すること

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無理と怠惰の 真ん中にある ちょうどいいを 今日もさがす
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「しっかりとしたオチのある漫才を書き,フリー台本として公開する者が勝者になる時代が来る」という予想

もしも漫才が今のように,「同じネタを他の漫才師がやることはほぼない」という状態が続くとすれば,将来的に漫才はどうなるのでしょうか?いつまでも「新ネタを作り続ける」ことは可能なのでしょうか?

限られた人しか「新ネタ」を作れなくなる時代が来る?

漫才は「生活に密着した笑い」ですから,時代と共に「生活」も変化するため,ネタが完全に尽きてしまうことはないと思います。ですから,「新ネタを作り続ける」こと

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何もしていないのに 何を待っているのだろう
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