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その10:思考が追いつかないおいしさ

まだ連載10回目だというのに、「ラーメンをロジカルに語りたい」と掲げたこの偏愛ラーメン学で定性的な内容を綴ります。はい、アホですよね。いや、私が生まれ育ち今も住んでいる中部地方では「たわけ」と呼ぶに値します。ちなみに、たわけの三段活用は「たわけ・どたわけ・くそだわけ」ですので、中部地方以外の方は覚えておいてください。

ラーメンにハマった原体験

21年前の夏

さて今回のタイトル「思考が追いつかないおいしさ」について、まずは私がラーメン沼にハマった原体験に触れていきます。

あれは2001年の真夏、私は高専時代の同級生と共に、とあるプロレスの興行を観戦するため初めて横浜アリーナを訪れました。長丁場の興行だから先に食事を済ませておこうと考え、横浜アリーナへの入場前に近くの新横浜ラーメン博物館へ行こうと決めました。

新横浜ラーメン博物館は、多くのラーメンファンならご存知の通り、全国からご当地ラーメンの実店舗を、しかもそのエリアで名実ともにトップクラスの名店ばかりを招聘したラーメンテーマパークです。

ラーメン沼にハマる以前の私ですら知っている有名店ばかりが名を連ねていましたが、現在の私のようにラーメン店のハシゴをするなんて概念を持っていなかったので、どの店に行くべきか迷って決められずにいました。そこで、ラーメン好きでも知られる地元のバンドシーンの先輩に意見を請うたところ、「そりゃあ札幌の『すみれ』やろ」と回答してくれました。

味噌ラーメンをチョイスする、その頃の私

ラーメン沼にハマる前とはいえ、一丁前にラーメン好きを自負していた私。当時は週1ペースで特定のラーメン店(現存する店です)に通っていたのですが、そこがまさに札幌ラーメンがコンセプトの店でした。

私はその店で毎週毎週決まって味噌ラーメンばかり食べていたので、バンドの先輩に「すみれ」を薦められた時、素直に「やっぱり本場の味噌ラーメンを食べてみたいなぁ」と思い、薦められた通りに同級生と共にラーメン博物館内の「すみれ」を訪れました。オーダーしたのはもちろん味噌ラーメン。しかし、ラーメンを口にするまでに私はそこそこ不機嫌になっていました。

というのも、行列に並んでから着席するまでに45分が経過、そんな長時間ラーメン店で待たされた経験がなかったのと、目の前に供されたラーメンからは湯気が立っておらず、「さんざん並ばせた挙句に湯気も立たんヌルいラーメン出しやがるのかよ」という思いを抱いたからです。

すみれ 中の島本店(北海道札幌市)の「ラーメン 味噌」

しかし、箸でスープの中から麺を手繰り寄せた途端に湯気がもうもうと立ち上り、レンゲにすくったスープは呼気で冷まさすことなくダイレクトに口へ運ぶのは絶対ムリだと断言できるほどアツアツ。

加えて麺は咀嚼がしっかりめに必要なほど弾力がありプリップリで、スープもそれに負けじとパワフルそのもの。この味噌ラーメンを構成する要素全てが、当時23歳の私がそれまでに体験したことのない姿でした。

未体験だからこその歓び、体験済みの喜び

今の私であれば、湯気が立たないのにスープなのに超アツアツなのが高温のラードによるものであったり、中華鍋で炒めた具材がスープの温度維持に一役買っている事であったりは、目の前に運ばれてきた器の中を一瞥しただけで判断できますし、麺の弾力も箸で持ち上げただけで脳が理解します。

当記事を綴っている2022年3月下旬時点で約3700店舗のラーメン店を訪れた経験から、味覚や嗅覚を使わずとも視覚や触覚によって、目の前のラーメンの大まかな構成や仕掛け、設計方針や同系店との差別化ポイント、作り手の得意分野や現時点で最重要視している箇所などが把握できるようになってしまいました。

これは「美味しいラーメンにありつく」「ハズレのない店選びをしたい」という目的であれば程々に役に立つスキルですが、「出会ったことのないラーメンに出会いたい」「見た目を裏切る驚きに心を震わせたい」ことが目的の場合は、非常に厄介でもあるのです。

先述した「すみれ」の味噌ラーメンを食べた時に感じた心の躍動は、一度経験してしまった私にはもう同量・同質・同強度で再度体験する事は絶対に不可能です。例えそれが当時より優れたラーメンに進化していても、一度体験したそれと同じ方向性である以上、その進化量が分かるだけで、決して同じ興奮を手にすることはできません。

通いたい店、出会いたい店

もちろん、だからといって体験済みのラーメンをキライになるわけではありません。むしろ、近所にあったら通いたい、実店舗の近辺に行ったら毎回必ず訪れたい、同じエリアの同系店との食べ比べをしたい、といった新たな欲求が芽生えます。

ただしそれでも、心を震わせてくれる店に出会いたい!という欲望もまた、それと隣り合わせで存在しています。それどころか、出会いたい欲がラーメン欲全体の中心に不動の存在として鎮座しており、その周りを新たな欲が次々と埋めていく、といった時系列の構図が正しい表現かと思います。

通いたい店が増えることが喜ばしい一方で、出会いたい店に関しては定量化の見通しが立っておらず、訪れたことのない店の情報を調べては、いつか訪れる日を心待ちにするといった無限とも思える循環の中に佇んでいます。

馴染みの味の掛け合わせによる新発見

私は一体何に驚き、心躍らせるのか?と考えてみました。分子ガストロノミーやフードテックといった技術的なイノベーションは、驚きはあるものの親しみにくさも否めません。日本に未上陸の世界各国料理に用いられる手法や食材は、驚きや親しみやすさを満たしても、飲食店として事業が成り立つかどうかが危ぶまれます。

そこで近年のラーメンシーンを振り返ってみると、ラーメン二郎(東京都港区)とアリランラーメン(千葉県長生郡長柄町)と竹岡式ラーメン(千葉県富津市)のトリプルインスパイアから生まれた、スタミナ満点らーめん すず鬼(東京都三鷹市)の「スタ満ソバ」が熱狂的な人気を博しています。

スタミナ満点らーめん すず鬼(東京都三鷹市)の「スタ満ソバ」
(写真撮影時はトッピングに「生玉子」をプラス)

それぞれの尖った要素同士を掛け合わせることで、新鮮な驚きをもって多くのユーザーに迎え入れられた好例です。2021年には「スタ満ソバ」自体をインスパイアしたラーメンが全国各地で登場し、いずれも高い支持を獲得している印象です。

さらに、中華そば たた味(東京都中央区)の「辛スタミナ中華」は前出のラーメン二郎・アリランラーメンに加え、あさ利(青森県青森市)の「ネギラーメン」を掛け合わせ、「スタ満ソバ」と甲乙つけがたいインパクトを令和のラーメンシーンに投じました。

中華そば たた味(東京都中央区)の「特製辛スタミナ中華」
(写真撮影時はトッピングに「生卵1個」をプラス)

二郎・アリラン・竹岡式・ネギラーメン、いすれもラーメンファンには既知のクラシカルなご当地ラーメンですが、これらの巧みな掛け合わせにより、既存のインスパイア元とは異質の個性を確立しています。先述した技術的イノベーションや世界的な視点がなくとも、既に日本各地で親しまれている味同士の掛け合わせから、新しい付加価値の創出が可能であると雄弁に語っていると言えるでしょう。

私も勝手に掛け合わせ妄想してみた

こうした事例をモデルケースとして、数ある日本全国のご当地ラーメンを掛け合わせてみるというのはどうか?と思い、商品開発を依頼されているわけでもないし、ましてや自分で開業する予定は200%(feat. 安生洋二)ないのにモリモリと妄想してみました。

辛さと香味が火花を散らす!台湾と満にら夢のコラボ

我らが中京圏を代表するご当地ラーメンといえば台湾ラーメン(愛知県名古屋市)でしょう。鷹の爪・ニンニク・台湾ミンチによる求心力を誇る構成は、まさにジャンクの王道。同じく辛さが特長の満州にらラーメン(岩手県花巻市)、オーダーから提供までが驚異的に早いという個性も共通しています。この掛け合わせ、まさに相性バツグンではないでしょうか?

写真左:ゆきちゃんラーメン引山店(愛知県名古屋市)台湾ラーメンしょうゆ 辛さマシ
写真右:さかえや本店(岩手県花巻市)満州にらラーメン 醤油

でも改めて双方を見比べると、ニラはそのまま同じだし、ミンチとスライスの違いこそあれど共に豚肉だし、球根と茎(厳密には花茎)の違いこそあれど共にニンニクだし、鷹の爪とラー油はどちらも唐辛子。相性バツグンというか共通点が多すぎて、掛け合わせる意味がなさそうですね…。

正肉と臓物が丼の中で再会!これぞ「鶏鶏系」

2010年代ラーメンシーンの一大トレンド「鶏と水」に対抗して、語感だけで「鶏と鶏」を思いつきました。通称「水鳥系」(水鶏系と表記する場合もあり)と同じ調子でネーミングするならば「鶏鶏系」でしょうか(?)。鶏を大きな特長とするラーメンといえば、新庄とりもつラーメン(山形県新庄市)と笠岡ラーメン(岡山県笠岡市)が挙げられます。

写真左:一茶庵 支店(山形県新庄市)もつラーメン
写真右:中華そば専門店 笠北(岡山県井原市)中華そば

1杯のラーメンに鶏の正肉(鶏モモ肉)と臓物(モツ数種)がトッピングされるなんて、いい歳こいて未だにワンパクな私にはたまりません!と一瞬は思ったものの、醤油の効かせ方や麺の加水率こそ差異があるものの、どっちも細めの麺を使った清湯ベースのラーメン、これまた「どちらか一方にもう一方のトッピングを持ってきただけ」な感は否めません…。

ごはんがススミMAXくん!ライスに合うラーメンの究極形

過去の記事「その8:家系ラーメンの攻略法 」でも取り上げた家系ラーメン(神奈川県横浜市)は、ライスに合うラーメンの筆頭です。同じくライスに合うラーメンである徳島ラーメン(徳島県徳島市)を掛け合わせれば、ライスを呼ぶ強度は二次関数的に増幅するのでは!?

写真左:末廣家(神奈川県横浜市)チャーシューメン
写真右:らーめん みさと(徳島県吉野川市)徳島らーめん 肉玉

お互いどのパーツを生かすべきかを考えた時に、家系ラーメンはスープのショッパさ、徳島ラーメンはバラ肉の甘辛さが強烈な個性であることに今さらながら気づいてしまいました。これらを掛け合わせた時点で「どちらか一方がもう一方の個性を消す」だけのような気がしてきました…。

労働者の味方!日本海側お隣同士によるヒキの掛け算

気を取り直して、ラーメンが国民食と呼ばれるまでに愛されるようになった歴史に立ち返りましょう。1920年代から始まる国内の急速な工業化により、当時の近代産業に従事する人口密集地の労働者にとって、安くて早い高エネルギー食だったことが広く浸透したことがきっかけだと考えられています。第二次世界大戦以降のアメリカによる小麦戦略によって、米食の衰退もありさらに爆発的に浸透しますが、先述の下地が大きく貢献しています。

それを象徴するご当地ラーメンといえば、銀食器の町・新潟県燕市や三条市で広く愛される背脂煮干ラーメンと、富山大空襲の復興事業に従事していた労働者に強く求められた富山ブラックラーメンが挙げられます。

前者は銀食器工場で働く工員向けの出前が多かったため、のびにくい極太麺になった点、冷めにくいよう背脂でスープにフタをした点が、現在の姿に結びつきます。後者は肉体労働のための塩分摂取、ならびにライス持ち込みに対応すべく、醤油と胡椒を強く効かせたスタイルになりました。このようなストーリーを持つ両者が掛け合わされば、もう鬼に金棒です。

写真左:成龍(新潟県加茂市)中華そば
写真右:大喜 根塚店(富山県富山市)チャーシューラーメン

ガッツリ煮干の旨みを有したスープに、多めの醤油でしっかりと塩気を効かせれば、それはそれは麺もライスも進んで仕方ないはずです。そこにたっぷりの背脂を投下すれば…あれ?せっかく立たせた塩気が、背脂の甘みによってまろやかになってしまうような気が…。

結局のところ何を伝えたかったのかは後半で完全に見失いましたが、1つだけ確かなのは、私にはラーメンの商品開発力がないということでしょう。

それでも私は、思考が追いつかない、私のラーメン脳内メモリに履歴がないラーメンとの出会いを今でも、そしていつまでも待っています。
(締め方が雑)

※使用写真は筆者撮影、但し以下に記す実食時の各データのため、現在では仕様が異なる場合がございますのでご了承ください。

【筆者実食データ】記事中の使用順
・すみれ 中の島本店:2018年9月20日
・スタミナ満点らーめん すず鬼:2021年6月22日
・中華そば たた味:2021年6月22日
・ゆきちゃんラーメン引山店:2018年4月13日
・さかえや本店:2019年4月27日
・一茶庵 支店:2017年5月3日
・中華そば専門店 笠北:2020年7月13日
・末廣家:2016年6月27日
・らーめん みさと:2016年8月19日
・成龍:2016年9月24日
・大喜 根塚店:2015年9月21日

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