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アマビエはどこに行った

2021年10月 緊急事態宣言解除 

 新型コロナウイルスは、2021年も変わらず世の中で蔓延している。
 10月1日より緊急事態宣言が解除され、飲食店はアルコール類の販売も可能となり、街には人がまた増えてきたように思う。

 今後、どのような対処が政府によって発令されるのかはよくわからないが、ワクチン接種も順調に国民に施されており、世界でもトップクラスのワクチン接種対応を可能にした国であると、首相は豪語する。

 約一年にもわたって緊急事態宣言続きであったので、いざ解除と言われてもそれによって世の中が一変するということはない。ワクチンの接種が済んでいるかどうかという問題は関係なく、我々は緊急事態宣言中の生活を引きずって暮らしていくことにはなるのだろうと思う。


コロナ禍が育てた発信の土壌

 2020年から続く蔓延防止を意識させる生活は、様々なコンテンツの生成のきっかけにもなった。

 2020年4月に発令された緊急事態宣言の中で、いち早くSNSやyoutubeをはじめとする動画配信サイトが、情報発信および表現の場としてこれまで以上に注目された。youtuberのテレビ出演などの場面を見るたびに、テレビよりもネットを介しての発信が「巣ごもり生活」にとって身近であったのだろうと感じてしまう。有名人のyoutubeチャンネルの立ち上げが目立つ一方で、これまで細々と動画配信を行ってきた“クリエイター”がその頭角を現した。これによってテレビ番組とは違う、より強固な、かつ自由度の高いメディアとしてSNSや動画配信サイトが、我々の「実生活」の中で台頭した。

 そしてそんな中で、2020年において様々な場面で引き合いに出されたモチーフが「アマビエ」であった。

 

脚光をあびた妖怪たち

 「アマビエ」は、江戸時代の肥後国(現在の熊本県)に現れたとされる妖怪で、海中から光り輝きながらやって来て、豊作や疫病の蔓延を予言したとされている。そして「自分の姿を描き写した絵を人々に見せよ」と言い残して海中に消えたという。この話は1846年5月に江戸のかわら版に取り上げられ、海からから現れた三本足でくちばしのある人魚のような姿を描いた絵が、広く世間に知られることとなった。

 この伝承が、コロナ禍の中にあった2020年に再び掘り起こされて、SNSにはアマビエのデザインイラストの投稿が相次ぎ、アマビエグッズが多数販売された。さらには厚生労働省の感染拡大防止を訴えるアイコンとしても採用されるほど、その存在は新型コロナウイルス感染症から逃れるための偶像とでも言うように、キャラクターモチーフとして世間に広がった。

 この「アマビエ」というキャラクターの浸透は、それとよく似た伝承を残している妖怪たちも、キャラクターモチーフとして引っ張り出した。

 アマビエと同じように海から現れて予言をする毛むくじゃらの妖怪「アマビコ」や女性の顔を持った大蛇の姿で描かれ、同様に疫病蔓延の予言と自分の姿を描き写すことを言い残した「神社姫」、「くたべ」という霊獣もアマビエ同様の予言を残した。

 これら妖怪もアマビエ同様に、キャラクターモチーフとしてSNSに多数のイラストとして登場した。


「実生活」と「世間」の境界

 SNSや動画配信サイトによって、程度の差はあれど“クリエイトすること”のハードルは下がり、何かを発信する手段として容易になった。勇気と少しの操作で誰でもできる。

 しかし、このクリエイティブな要素によって示唆されていることは、「世の中にどう影響するのか」が創作物において重要になっているということであり、翻ってそれはコンテンツとして消費される需要がどこまであるかという話になる。

 先述した「アマビエ」については、その伝承にある設定をSNSや動画サイト、さらには「世間」が“コンテンツとしてのアマビエ”というものを作り出したと考えることができる。そしてこのコンテンツは、SNS上でのクリエイトという点で我々の目に届く「実生活」において創作物として消費され、さらにその消費の輪を広げるに至った。

 「世間」が生み出しだコンテンツを「実生活」で我々が消費することで、さらにSNSなどで消費されたコンテンツが拡散される。そしてこの拡散が新たな「世間」としてコンテンツを提示して、さらにそれに準じた創作物がまた生まれる。それら創作物は「世間」の生み出したコンテンツに取り込まれて、あるコンテンツが様々な要素を取り入れて膨れ上がっていく。

 「世間」と「実生活」とは隔たりがあるように感じてしまうが、それらは互いに影響し合って、より一つの「モノ」を形成していく。それぞれの境界線はあってないようなのだが、ある意味で我々の認識を明確に分けている。


アマビエはどこに行った

 かわら版に登場した頃から「アマビエ」というコンテンツは世間というメディアによって消費されていたのかもしれない。

 「アマビエ」というコンテンツが「世間」で騒がれなくなった頃、新たに「東京オリンピック」や「ワクチン接種」というコンテンツで世の中はその情報にまみれた。
 それらは、「アマビエ」の予言や模写によるご利益よりも、格段に「実生活」に影響があるものであったため、世の中の注目は「アマビエ」からそれらの情報にシフトしたのだった。 

 ブームから一年が経った今や、「アマビエ」というコンテンツの残骸はSNSのアーカイブに残るのみである。
 アマビエの神通力は、ワクチン接種によって「世間」からかき消されたらしい。

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