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40歳を目前にして、まさかローランドの本に、こんなに影響受けるとは思わなかった

40歳まで残り1週間を切りまして、このnoteが30代として書く最後のnoteに。

せっかくの機会なので、駆け抜けた30代を振り返り、40歳を迎えるにあたっての心構えと今後の展望について語ろう、などと思っていた時に飛び込んできた言葉がこれ。

「年齢は、どれだけ生きたかは教えてくれても、どう生きたかは教えてくれないだろ?」
俺は、 どれだけ生きたかよりも、どう生きたかが人を決める と思っている。
年齢なんて、関係ないのだ。  
できる奴はできるし、できない奴はいつまで経ってもできない。
人間、どれだけ生きたかではない。  
どう生きたかだ。

引用元は全てこちらの本になります。

ぶん殴られた感覚。

40歳を目前に、まさかローランドの本にこんなに影響受けるとは思わなかった。

ローランドのことはよく知らなかったし、今もあまり知らない

ちなみに、私は40歳を目前にしたおっさんであり、最近はたいしてテレビもみないので、ローランドがどれくらいメジャーな存在なのか、どういうポジショニングなのか、まったくわかってない。

たまたま、Kindle unlimitedでおすすめに出てきて、ちょっと前にネットの記事か何かで読んだな、くらいの感じ、読み放題だし、最近のトレンドをおさえる意味でも、読んでみるか、、で手にとった本で。

今も本書以外で、ローランドの情報はなく、よくわかっていないし、正直、ローランド自身については、そんなに興味もない。

が、読んだ後、何かすごく「残ってる」感じがしたので、その「残ってる」のは何なのか、ちょっと考えたので書いて残しておきたいと思った次第。

一言で要約すれば「自分の人生を生きろ」ってこと

一晩考えた結果、この本を自分なりに、かなり乱暴に、一言で要約すれば「自分の人生を生きろ」ってこと、だと理解していて。

自分の哲学、価値観もなく、自分の人生を生きないで、なんの意味があるの?年齢すら、他人の作ったモノサシであり、その基準に振り回されてる時点で、自分の人生を生きられてないんじゃないの?

ってことを問われたから、もやもやが残ったんだと。

そしてその問いに明確に答えて生きているローランドが清々しく、すごいな、と。

俺は、なんのために生まれてきたのか?
人から必要とされて、脚光を浴び、熱狂させるためだ。

ローランドだけじゃなく、みんな誰もが「俺か、俺以外か。」

そして、タイトルにもなっている「俺か、俺以外か。」というローランドの名言、

「世の中には二種類の男しかいない。俺か、俺以外か。」

最初に聞いた時は、どんだけナルシスト(笑)となるセリフなんだけど、

自分の人生を生きる、って観点を持って見れば、これは、ローランドのみならず、誰もが言うべき、むしろ言えないといけないセリフなんじゃないかと。今はそう思っていて。

自分の人生の主人公は自分

ちょっと前に読んだネットの記事でも、似たようなことを言ってる人がいて。

切り口はかなり違うけど。

僕の人生において、僕以外は全員モブキャラじゃないですか。モブキャラと自分を比べてどうすんの?って思う。
金持ち設定のやつに、「なんであいつあんな金持ってんだよ」ってイラついたって仕方ないじゃないですか。
「富豪キャラ」がどんだけ金持ってようが、そういう設定のやつなんでべつに嫉妬のしようもないし、何言われたって関係ないですよね。このゲームの主人公は、あくまで僕なんで。

だから人生って、「与えられた設定のなかで、どんだけ面白いことできんの?」みたいな感覚なんですよね。

「俺か、俺以外か。」ってセリフは、自分の人生を生きていて、自分が主人公であることを強く思えていなければ、出てこない。だから40代を目前に生きる意味を見失いつつあるモラトリアムおじさんに響いたんじゃないかと。ってか、モラトリアムおじさんって言語化するとヤバいな。

ちなみに、ローランドの「俺か、俺以外か。」は結構厳しい。

ローランドの「俺か、俺以外か。」は、かなり厳しさを伴う言葉で。そこはハライチの岩井さんとは結構違う。本書には、こんな補足が。

歴史的ななにかを成し遂げるためには、ある程度エゴイスティックになる必要があるし、自分は特別であると信じる必要があると。  
そもそも特別な存在で居続けるために、当然ながら、努力も、発想の独創性も、勇気も必要だ。 「俺以外」として生きるほうが何倍も楽だろう。  
周りと同じでいい。カテゴライズされた中の一人でいいという感覚は、ぬるま湯のようで楽なのかもしれない。  
でも俺は、どんなに楽で居心地が良かろうと、「俺以外」として人生を歩んでいくのは嫌 なんだ。  
きつくても、つらくても、どんな 犠牲 を払ってでも、唯一無二の「俺」でいたい。

自分に厳しかろうと、自分に甘く、平凡であろうと、どっちでもいいと思うんだけど、「俺か、俺以外か。」で、その俺は、どういう設定で、どういう哲学を持って、どういうストーリーを生きるか、そういうことを問われているんだと、40歳を目前に気づいた次第。俄然、楽しくなってきた。

(余談)男に生まれた幸せについて

最後に、ごくごく個人的なことですが、このくだり読んで、妻と娘に振り回されている毎日が、なんか、それで良かったんだ、って思えた。

「男に生まれた幸せってなんだと思う?」と。  
当時 14 歳か 15 歳だ。そんなこと、わかるわけがない。
「うーん、いい車に乗ること?」  
そんな、ありきたりなことを口にした記憶がある。
「違う。 惚れた女に振り回されることだ」  
父親は、きっぱりそう言った。  
好きな女を大切にすること、喜ばせることが男の幸せだ、と。

すげー振り回されてしんどいな、と思うことも多かったけど、それが男の幸せだ、って思えれば、むしろ尊い。

そもそもよく考えれば、女性のわがままを実現するには、時間的・経済的余裕がなければならない。  
つまり、仕事で成功した一握りの男でないと、好きな女のわがままに振り回されることはできないのだ。  
大人になった俺は、あの言葉を「おまえも仕事を成功させ、経済的にも時間にも余裕のある男になれよ」。そう伝えたかったのだと解釈している。

もっと、振り回されていけるように、40代もぶん回していきたい。

毎週note書いてます!

※今回は、9月29日(日)~10月5日(土)分の週報になります。


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ソウルドアウトという会社で、志を持って挑戦し成長を加速させたい地方の中小・ベンチャー企業をWebマーケの力で支援する仕事をしています。LISKUL(http://liskul.com/ )という自社メディアに記事書いてます。このnoteは個人ブログなので、会社とは関係ないです。
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