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【劇評270】絶対的な孤独が浮かびあがる野田秀樹『Q』再演の舞台を読む。十一枚。

野田の作品は、未来を写す鏡か。

 野田秀樹の戯曲は、再演されるたびに、別の顔を見せる。
 先の時代に起こる事件を予見していたようにも見える。

 『Q』(野田秀樹作・演出)の初演は二○一九年十月八日だから、再演まで三年に満たない。それにもかかわらず、世界は変わった。激変した。初演の頃は、コロナウィルスの脅威を私たちは知らない。また、ヨーロッパが戦火の渦に巻き込まるとは、想像さえしていなかった。

 今回の再演は、コロナ禍によって予定されていた七月二十九日の初日から四日間が公演中止となり、八月二日になって無事、幕をあけた。
 七月大歌舞伎が千穐楽を待たず公演中止になったり、ホリプロ主催のミュージカルも中断を余儀なくされている。大きなプロダクションだけではない。小劇場の公演でも、稽古の段階から、緊張を余儀なくされ、本番が中止にならないことを、キャスト・スタッフのみならず、観客もまた、祈らずにはいられない。

 予測不可能な未来に日々、私たちは立ち向かうようになった。世界中のだれもが安全圏に逃れるわけにはいかない。こうした状況のなかで、『Q』の第一幕が描くシェイクスピア『ロミオとジュリエット』の書き換えが、さらに緊迫感を持った。

 みずからの努力では、なんとも解決がつかない悲劇を、後の世のロミオとジュリエットが改変しようとする。その祈るような気持ちは、よくできたフィクションの枠にとどまらない。胸に錐をさしこまれるように感じられるようになった。時代はようやく、野田秀樹に追いついたのである。

ウクライナ紛争が、私たちの日常を変えた。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。