きのこーず

いまここに言葉を残しておきたい4人組の共同アカウント。 企画「来週はよろしく」を202…

きのこーず

いまここに言葉を残しておきたい4人組の共同アカウント。 企画「来週はよろしく」を2023年8月からスタート🌍

最近の記事

世界は意外と目新しい

今回のテーマ:彩り 最近、スマホの画面の設定を白黒にした。わたしのスマホ上で白黒になっているだけなので、他の人に伝えようとスクショを送っても、ただカラーのスクショが送られてくるだけだ。カラーフィルタというのをオンにするだけでスマホの中の色彩が一瞬にして消える。 これをすることによって、スマホを触りたい気持ちが減ると聞いてやってみたけれど、実際のところ対して触りたい気持ちは変わらなかったように思う。細かな色の違いはわかりにくいので、ゲームをしたい気持ちはなくなった。 この

    • 人生を彩るアイテムの選び方

      私が持っている時計はすべてデジタル時計である。時間を素早く正確に確認することが時計の目的であると思っているからだ。前々からアナログの腕時計のデザインが好きで、いつか持ってみたいと思っていた。しかし、時計の本来の目的を果たすことのできないものにお金を払う気は起きなかった。 就活にそなえてアナログの腕時計を買ったがその考えは揺らがない、と思っていた。 1分単位で正確な時間を知ろうとしても、認識の速度ではデジタルの時計には勝てない。しかしそれがアナログ時計のいいところだ。 針の時

      • ぼーっとする時間をデザインする

        ぼくは手先を動かしているときの集中力が高い。野菜を切ったり、文字を書いたり、土いじりをしたり。周りの音が聞こえなくなるほどだから、過集中とも言えるしれない。母親には「自分の世界に行っている」と言われる。 しかし、思考の集中力は低い。考え事をするのは好きだけど、集中力が続かず、すぐに考えるのをやめたり違うことを考えたりする。今回「集中」というテーマでこのnoteを書くにあたっても、何を書こうかと考える集中力が終わっていた。 先月、あるラジオにゲスト出演したミュージシャンの岡

        • 聴くことだけに集中すると

          音楽を聴くのが好きだ。授業中以外は、だいたい起きてから寝るまで音楽を聴いているが、私はその度に罪悪感を抱いている。この時抱く罪悪感とは、音楽を作った人達に対して「ちゃんと聴かなくてすみません」というものだ。 私が何かをしながら聴く音楽はただのBGMであり、アーティストが一生懸命考えた歌詞も、奇跡的に思いついたかもしれないメロディーもほとんど耳に入っていない。 音楽は私の周りで流れ続ける。音楽を聞いていたら落ち着くのは、何も無い場所に「なにか」がある安心感からだろうか。音楽は

        世界は意外と目新しい

          昼寝の天才に学ぶ、この息苦しい社会の過ごし方

          「どれだけ充実した人生を送れているか」という指標が、「どれだけ生産的であるか」と同義になったのはいつからなのだろう。 私たちは幼い頃からしばしば「ダラダラするな」と叱られてきた。この年齢になって人からそんな言葉をかけられることは皆無だが、私は依然として、この社会からそのような囁きが聞こえてくるのだ。 「何者かになれ」「何かを生み出せ」「生産的でないなら生きてる意味はない」 生産至上主義のこの世界では、目に見える成果しか生産的だとは呼ばない。 年収、偏差値、学歴といったものか

          昼寝の天才に学ぶ、この息苦しい社会の過ごし方

          余裕があるということ

          人が持つことのできる豊かさとは、余裕である。自分が必ずしなければならないこと以外の事柄に意識を向けることのできる余裕だ。 気乗りしない日の朝、憂鬱な気持ちで音楽を聞くと気分も上がらないし、心にも響かない。これは余裕がないからである。 余裕を保つことは必要不可欠ではないが、人生を有意義に過ごす上では必要になることだと思う。音楽を心から楽しむこともできるし、困っている人に手を差し伸べることもできる。自分だけならまだしも、周りにいる人もハッピーになるなら一石二鳥だ。 余裕とは自

          余裕があるということ

          もっと普遍的な「しあわせ」の話

          仏教の有名な教えのひとつに、「足るを知る」という言葉がある。人間の欲望にはきりがないから、いい加減なところで満足できた方が幸せだという意味だ。しかし、「じゃあ今日から晩ご飯はおにぎりひとつで満足しよう」と言っても、そううまくはいかない。ぼくたちはどうすれば足るを知ることができるのだろうか。 ぼくは寿司屋でバイトをしていた時に、食べては帰っていくお客さんを見ていて、おもしろいなと思うことがあった。高級なネタをお腹いっぱい食べていくおじさんよりも、安めのネタを数皿食べていくお兄

          もっと普遍的な「しあわせ」の話

          今週は「期待」でよろしく

          他人に期待をしなければ、人間関係はうんと楽になると色々なところで聞く。しかし、それは簡単にできることではない。 細かい部分で、たくさん期待しているように思う。 例えば、相手から話しかけてくれないだろうか、とか、望んだ通りの関係性にならないだろうか、とか。思っていたものと違う結果になった時、初めて自分が期待していたことに気づく。自分が行動しているうちは、そこに期待が伴っているとは思わない。そして、何か別の理由をつけて行動していることが多いだろう。そういったことはよくある。

          今週は「期待」でよろしく

          今週は「時間」でよろしく

          最近、ある友達が「私には、ひとりで四六時中悩む時間が必要なの」と言っていた言葉に、とても共感した。同時に、その時間が、多くの人が彼女を尊敬し、特別なものにしている理由なのだろうと思った。 人には「バッドに入る」時間が必要なのだと思う。敢えて言葉を選ばずに言えば、それを経験しているかどうかが、人としての「質」に影響する。 バッドに入るとは 本来はこのような重めの精神状態を指す言葉だが、私にとってのバッドに入っている状態は だと考えている。ちなみに、病んだり落ち込んでいる

          今週は「時間」でよろしく

          今週は「自由」でよろしく【2023.09.20】

          私はゲームが好きで、中でもオープンワールドゲームというジャンルの作品をよく遊んでいる。このジャンルが持つ魅力の一つが自由度だ。プレイヤーはゲームの世界、どんな場所でも行くことができる。車に乗って、思うがままに走り続けることもできるし、街中をじっくり散歩してもいい。ゲームをどのように楽しむかはプレイヤーに委ねられている。 そんな特徴から、オープンワールドゲームはよく人生に例えられる。「人生は最高のオープンワールドゲーム」とは有名な言葉だが、現実には様々なしがらみがあり、オープ

          今週は「自由」でよろしく【2023.09.20】

          今週は「バランス」でよろしく【2023.09.12】

          高校3年生の夏休みに、とある料理宿に訪れた。ぼくはそこで食べた料理の美しさに心を打たれ、高校卒業後はその宿屋へ見習いに入った。そこには何か特別な技術があるわけではないけど、とことん丁寧に料理をしていた。 "最善を尽くせ。しかも一流たるべし。" そんな言葉がよく似合う厨房だった。仕込みで千切りをする時も、太さは一ミリ単位で決められていた。もし太すぎたら、ひとつひとつ半分に切り直したりするほどだった。 料理は命と向き合う行為である。だから目の前にある小さな命に失礼のないよう

          今週は「バランス」でよろしく【2023.09.12】

          今週は「人生」でよろしく 【2023.08.30】  

          私はよく「人生」という言葉を多用する。例えば「今日の人生は最高だ」とか「人生疲れた」とかは、よく言っている自覚がある。私がこう言っているのを聞くと、大抵の人は「人生…?」と反応するが、この言葉を使う理由が自分の中に一つだけ明確にある。それは、私が一日をひとつの人生だと捉えていることである。 私の時間感覚は、おそらく他の人と少しずれている。例えば、31日の12時を過ぎても、寝るまでは31日である。寝て起きてようやく、次の日ということにしているため、寝なければ明日は来ないと思っ

          今週は「人生」でよろしく 【2023.08.30】  

          今週は「初めて」でよろしく 【2023.8.29】

           あと2週間ほどで、ヨーロッパに渡航する。  オランダ、デンマーク、ドイツなどのEU圏を周り、最終的には来年から向こうの学校に行くことを考えている。  これだけ聞くとまるでグローバルな人間だと推察するかもしれないが、1人で行く海外は初めてだし、ほとんど英語は話せない。にも関わらず、どこに泊まるか、何をするか、いつ帰るか、などは全く決めていないし、飛行機も往路分のみ予約した。いつでも野宿できるように、キャンプ用品は荷物に詰めた。  今回の旅に限ったことではないが、「そんなプ

          今週は「初めて」でよろしく 【2023.8.29】

          みんな、なに考えて生きてる? せっかくだし文章にしようよ。ということで「来週はよろしく」始めます。

          最近、友達たちがnoteを頻繁に更新するようになった。彼ら彼女らの綴る文章に、自分の考えを書き殴っていた高校生の頃の自分を思い出した。 なにか書きたい。 そのモチベーションがある間に、「来週はよろしく」を始めることにした。 「来週はよろしく」は、僕の母校で毎週発行していた学校広報に載っていた一つのコーナーである。ルールはシンプルで、毎週書く人が代わり、次書く人に文章のテーマを「よろしく」する。 この企画では筆者の個性が丸見えになる。同じテーマでも視点や切り口が全く異なる

          みんな、なに考えて生きてる? せっかくだし文章にしようよ。ということで「来週はよろしく」始めます。