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あなたのことが嫌いでした【小説】

「おなたのことが嫌いでした」

言葉にしてハっとする。いや、頭の中では好きという感情なのにどうして私はこんなことを言ってしまうのだろう。

私の頭の中には、感情が高ぶった時に、考えている事と言葉に発した時の言葉が真逆になる仕組みが宿っている。例えば、頭の中では好きと考えていても、言葉に発すると『嫌い』と言ってしまう。自分でも制御できない、この気持ち。うまく伝えれなくてもどかしい思いをしてる。どうしたら本当の気持ちを分かってくれるのだろう?

第一章 頭の中の気持ち

私が小さい頃、と言っても10年くらい前のこと。幼稚園児だった私は母に連れられて、近所の病院に行った。今は潰れてしまった病院。病院というよりも小さいクリニックと言った方が正確かもしれない。もちろん、幼い私にそんな違いが分かるはずがない。やたら白い壁を背に背もたれの無い緑色のソファーに座る。静かな建物の中は、これまで立ち寄った幼稚園や遊園地などとは違い、未知の世界に足を踏み入れた感覚でドキドキとした。胸が高鳴る。しばらくすると名前を呼ばれた。そして、母は立つ。私も遅れて立つ。それが母の名前だったか私の名前かは覚えてない。でも、白衣を着た中年のおばさん看護師は子供をあやす時に発するような言葉だったから私の名字と名前だったのだろう。

母に手を引かれて、横開きのドアの中に入っていく。小さな部屋だった。白色の机と黒色の椅子。幼い私はパンダの配色を思い描いた。そこには中年の黒色メガネを掛けた人が座っていた。今思えば医者なのだろう。白い服、白衣を着ていた男性と私の母が何やら話している。何を話していたか分からない。でも、今はなんとなく分かる気がする。私の頭の中のことだ。数年後に母に聞いたことだが、余り言葉を発さない私に相当焦っていたらしい。言語障害じゃないかと。これは大変な病気なのかもしれない。そんな母の焦りの感情に気づかずに、私はもくもくと手遊びをしていた。母と話し終えると、黒色メガネの医者は私に優しく話しかける。

「美咲ちゃん。こんにちは。話すのが苦手なのかな?」

こんな感じで話しかけられていた。色々な角度から話し掛けられたと思う。どれも記憶に残らないほどの内容だった。好きな食べ物とか嫌いなものとか。質問は何分続いたか分からない。ほんの短い時間だったかもしれないが、私には長く感じた。私はうんともすんとも言わずに、ただ下を向いて手元だけを見ていた。

それから訳の分からない単語の問題を解いたり、白い大きな筒の中に仰向けにながら入ったりした。今思えば脳の検査だったのだろう。とにかく恐怖で、ロボットのように従うことしか出来なかった。ニコニコの看護師の姿。心細くて母の方ばかり見ていた。ガラスを隔てて立っている母は縋るような思いでこちらを見ていた。その顔を忘れることは出来ないだろう。一番鮮明に覚えている。

第二章 高校生

私の学校からは海が見える。きれいな海の先は愛知県がある。でも、愛知県の知多半島は見えそうで見えないのがもどかしい。大阪とか東京みたいに都会ではない田舎町で育った。海と山の両方の自然を肌で感じる。高校生一年生の私は柊木美咲。見た目は普通で美人でもブサイクでもない普通の見た目。まあ、他人からはどう思われているか分からないけど、普通の高校生。

私には苦手なものが沢山ある。その中でも一番苦手なのはコミュニケーション。他人と話したりするのが苦手。ただ相槌を打つだけで、こちらから話題を振らない。なぜなら私は軽度のコミュニケーション障害と診断されたのだ。あの小さなクリックで。今は潰れて廃墟になっている。あの黒色メガネの医者はどこに行ったのだろう?どうでもいいことを考えることがある。人と話すのが苦手で相手の空気を読むことが出来ない。だから、クラスの中で孤立している。かといって虐められてる訳でもない。ただ、毎日が孤独なだけ。一人ぼっち過ぎて寂しさを通り越し、何も感じなくなった。コミュニケーション以外は特に普通。運動神経が悪いわけでもない。勉強が出来ない訳でもない。普通の高校生活を送るのには何の不十分のない身体をしている。

教室という缶詰に入れられて、毎日を過ごしている。同じ地元で育った生徒ばかりで、新鮮味はない。中学から一緒の同級生が大半を占める。こんな田舎に転校生など来ない。学園ドラマでよくある転校生なんて、確率論で考えるとゼロに等しいのではないか。バカみたいに将来の夢を描いて過ごす毎日。夢の想像ならだれにも出来る。私はなんとなく高校に入ったもののやりたいことがない。ただ時に身を任せて高校生活を送っている。ただ普通に学校を卒業して学校と同じようなサイクルで会社勤めして人生を歩んでいくのだろう。いつかは結婚するかもしれない。でも全体的に見たら劇的な変化はないと思う。みんなはどこで楽しさを見つけているんだろう。楽しさとは生きがいともいう。私には趣味もないし見つける気もない。ただ呆然と生きているだけ。学校の中で自分は必要とされているのかを考える。教室のクラスの数合わせの一員なだけ。同じ町に育った者同士が集められた教室。居ても居なくても一緒のような存在。スクールカーストの下の下を右往左往する。

色々なことを考えてる私は突然、恋をした。人を好きになってしまったのだ。こんな私にも恋をする権利はある。恋というのは心を高ぶらせる。こんなに胸がドキドキするのか。あのクリニックでのドキドキを超える。でも、私は思ったこととは逆に発言してしまう脳の持ち主。だから、好きな人に話しかけられない。逆の言葉を言って嫌われたくない。好きになったのはクラスの同級生である松並翔太。翔太は陸上部。学年トップの速さだ。性格は、ばか騒ぎする男子と違っておとなしい性格をしている。誰に対しても優しい。

スクールカーストの一番上という訳ではないが、上位の分類には入る。もちろん話かけたこともかけられたこともない。翔太も中学時代から知っている。その時は恋心なんて抱かなかった。でも今は違う。好きなのだ。中学時代と変わって翔太は優しくなった気がする。彼の中学時代は尖っていたのだ。翔太は私のことをどう思っているのか?物静かな人だと思われているのだろうか。地味なクラスメート?それともなんにも思っていないのか?案外、他人っていうのは自分が思うより気にしてないのかもしれない。

昼飯の後の授業は眠い。先生のつまらない授業を受けながら、翔太の姿を見る。斜め前の席。スラッとした体型を維持しながら姿勢が正しい。他の男子とかはばか騒ぎしているのに、翔太はしっかりと授業を受けている。まあ当たり前のことだけど、当たり前のことをするのが難しいのだ。チャイムが鳴って退屈な数学の授業から開放された。

次は移動教室だ。眼鏡を掛けた女美術教師は好きな先生の一人。しかも美術教科は得意な方だ。課題になっている風景を頭の中でイメージしながら絵の具を使い筆を進める。グループで歩く陽キャ集団の後ろを着いていく。まるで背後霊のように。決して前を歩かない。教室から海が見えるので、廊下側からは山が見える。自然の大衆を見ながら移動する。空いている窓から鳥の鳴き声がする。

そう思っていると、絵の具セットを教室に置き忘れたことに気づいた。なんという失態。ギタリストがギターを忘れたのと同じくらいの失態を犯す。急いでも戻っても授業開始に間に合わない。遅れて入ると、目立ってしまうのでそれだけは避けなければ。こういう風に、あたふたしている間にも時は流れている。

「柊木の絵の具セットじゃないか?」

声に反応して振り向くと、翔太が私の絵の具セットを持って立っていた。驚く。人間は本当に驚くと声も出ないことを実感する。こちら側に爽やかな笑顔を向けてくる。窓から入る光に照らされて少し眩しい感じもする。

「当たり前じゃない」

私は、そう言った瞬間に終わったと思った。感情が高ぶったのだ。頭の中では感謝で一杯だ。ありがとうと。でも、声に出してしまうと逆のことを言ってしまう。本当に申し訳ない。嫌な奴と思われたか。変な奴と思われていないか。おもわず翔太の顔色を伺うと、少しニヤニヤしていた。

「柊木の、そういう態度って興奮するぜ。お嬢様気質というか」

変態だ。そもそも私は漁業の父とコンビニバイトの母の普通の家族。貧乏ではないけどお嬢様ではない。ツンデレという訳でもないのだ。何を勘違いしているのか、翔太はニヤニヤを崩さない。そういえば昔からM気質があったけ。こういうタイプは結婚すると決して妻には逆らえないなと分析する。

「中学の時からいつも機嫌悪いぜ。なんか嫌なことがあったら俺に相談でもしてくれよな。力になれかもしれねーけど」

照れくさそうに頭を掻きながら言うと、絵の具セットを渡してきた。手を伸ばして受け取る。渡し終えるなり、翔太は小走りで美術室の方に去っていく。その後ろ姿を眺める。中学の時から気にしてくれていたのか。私のことを見ていてくれたんだ。チャイムの音が鳴った。翔太への恋が増幅していたが、一気に現実世界に戻された気がした。

第三章 友達

翔太に近づくには、話が上手ではないといけない。コミュニケーション能力を鍛えたい。いつでもどんなときでも、気兼ねなく話せる人、そう友達を作ることから始めよう。私には友達が居ない。話し掛けられたこともない。自分自身の体から近づくなオーラが出ていたからかもしれない。まずは同性の友達から作る。上手く話せるだろろうか。今は3限目の休み時間。自分の席の周りを見る。仲良しグループが騒いでいる。インスタにオシャレな格好をして、『いいね』を貰い、承認欲求を満たそうとする女子。カラオケに行こうかと提案する男子。そんな一軍の円を作っているのは4グループか。その近くに、2人で話しているコンビが5コンビ。二軍の分類。いきなりグループやコンビの中に入っていくのは難しい。自分たちの縄張りを破壊するような物だ。自分と同じタイプくらいの人は居ないか探る。一通り探し終えて分かった。休み時間に一人で過ごしているのは私だけだったのだ。今まで意識してこなかったから気づかなかった。クラスメートの人数を数える。トイレなどで教室を離れている生徒は一人もいない。つまり、私だけ一人孤立しているのだ。これはヤバい。男子でもいい、もう一人居て欲しかった。このクラスが駄目なら、隣のクラスはどうか?この学校では隣のクラスに入ってはいけないという校則は無い。黒板の上の時計を見る。時計の針は休み時間終了まで1分を切った。昼休みにしようと思った。

昼休みに入った。いつも一人で弁当を食べている。ぼっち飯だ。弁当を持って、隣のクラスに入る。なるべく目立たないように。そっとクラスの雰囲気を見る。どこのクラスも似たりよったりのグループを作っている。40人という限られた人数の中で私のようなタイプの人を探す。

その子はすぐに見つかった。窓際の席に座っている。その女子は空気に溶け込んでいるような気がした。ショートカットの髪が似合っている。私と同じ髪型。気が合いそう。私自身もこんな風に写っているのだろう。まずは声をかけよう。どんな話題がいいか?まずは自己紹介からスタートしようか?考えながら、ゆっくりと、その子に近づく。よく見るとピンク色のブックカバーを付けた文庫本を読んでいる。内容は分からない。

「私、柊木美咲。あなたの名前は?」

その女子は驚いたように顔をあげる。ぱっちりした目がかわいい。

「私?私は高田美花。同じクラスメートだっけ?」 

アニメ声だ。声もかわいい。

「隣のクラス。なんの本を読んでいるのかなと思って」

「この本?これは『君の肝臓をたべたい』っていう本」

「ネトフリで見たことある!私も好きなんだよね」

「そうなの?私も映画見て、本を買ったんだよね」

その時、私のお腹が鳴った。思わず顔をしかめる。すぐにお腹が鳴るのだ。

「ご飯食べないの?」

「高田さんは、ご飯食べたの?」

「まだ。弁当を持ってきてるけど、本に夢中で」

「だったら一緒に食べようよ」

こんな感じで昼飯を食べながら、意気投合していった。お互いを下の名前で呼ぶようになった。美花は私と似たような名前。それも仲良くなるポイントの一つだった。美花も私と同じ帰宅部だった。美花の好きな食べ物のは杏仁豆腐。私の好きな食べ物は赤福。美花の趣味は庭の手入れ。私は花に水をやるのも億劫だ。なんだろう、どんどん話していける。価値観が違うところが結構あるのに話しやすい。いろいろな言葉がすらすらと出る。自分でもコミュニケーション障害という病気と思えない。どうして、いままで話せなかったんだろう。

「私、コミュニケーション障害っていう病気なの」

仲良くなった日から一ヶ月後の屋上で私は美花に打ち明けた。

「本当に?見えないけど?」

美花は驚きの顔をした。初めて声を掛けた日と同じ表情。風の音がする。

「本当なの。私、医者に診断されたの」

「美香は話上手じゃん。そんなに落ち込むことないよ」

いざ、話しかけてみると、普通に喋れる。話すことがこんなに楽しいとは。話すことが苦手もいうのは自分の思い込みだったのか。でも検査をしてまで診断された病気。診断書に記載されていい軽度のコミュニケーション障害という文字が頭に浮かぶ。ネットで検索してみる『コミュニケーション障害とは?』

検索結果の一番上のリンクを開く。医者のプロフィールをスクロールしながら、コミュ症とは何かの記事を飛ばし呼びしながら調べる。コミュニケーション障害とは人と話すのが苦手で空気が読めないこと。症状のチェック欄を見る。7つくらい箇条書きで並んでいる。一つ一つ当てはめてみたけど、一つも当てはまらなかった。これはおかしいのでは。それから疑問を持つようになった。

第四章 医者

学校が終わり、美花と二人で通学路を歩く。帰る方向が途中まで一緒なのだ。美花は自転車を押している。今日も他愛のない話を学校の休み時間でした。クラスは違うけど、休み時間のたびに隣の教室に行く。二人で食べる昼飯はなんだかいつもより美味しく感じた。通学路のY字路に差し掛かった。ここで二人の方向は分かれる。私は右で美花は左。別れた後はLINEのみの繋がりになる。

手を振って別れを告げる。私は自分の家を目指して、足を進める。私の家は海際にある木造二階建て。父親は家の近くに停めている漁船で海に行く。いわゆる漁師だ。角刈り姿で作業服を着ている父の姿はまさに海の男を感じさせる。しつけに厳しい父親だ。でも、漁の帰りに持って帰ってくる新鮮味な魚は好き。すごく美味しい。母は駅前のコンビニで働いている。優しい母。いつも、悩みとかを聞いてくれる。いいアドバイスもくれる。一人っ子。兄弟が欲しいと思ったことはない。一人のほうが気楽だ。夫婦仲は普通だと思う。特に家庭問題を抱えていることもない。

「ただいま〜」

横スライド仕様の玄関ドアを開ける。母が台所に立っていた。匂いから今日の晩飯はカレーだと分かった。かすかに換気扇の音がする。

「おかえり」

母は持っている包丁を止めて、こちらを振り向いた。私は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して飲む。直飲みだ。半分くらい残したジュースを冷蔵庫に戻して階段で自分の部屋に上がろうとする。

「美咲、ちょっと話があるの」

ドキッとする。こういう場合は大抵良いことがない。しぶしぶ居間に行く。大事な話はここでする決まりになっている。少し遅れて母が居間に入ってきた。母と向き合って座る。

「美咲が小さい時に行ったクリニックって覚えている?」

黒色メガネの医者、ニコニコの看護師。未知の世界を踏み入れた感覚。今でも鮮明に覚えている。私は無言で頷く。

「落ち着いて聞いてほしいの。あのクリニックは医師免許が無かったの」

どうゆうこと?医師免許?無い?頭の中がパニックになる。

「つまり、藪医者だったの。あなたの病気を別の病院で検査し直すことになったから」

病気の検査というのはコミュニケーション障害のことだ。母の話を要約すると、今朝警察が私の家に来て、母は藪医者のことを知ったという。そのクリニックは、医者が夜逃げしたから潰れたらしい。警察の捜査によって、医師免許を持っていない黒色メガネの医者は春日井市内のアパートで身を潜めていたらしい。あえなく捕まったそうだ。藪医者なので、診断書の結果は殆どがデタラメで検査結果が違う人も出てくる。警察は当時来院した人の名簿を当たって説明しているらしい。

こうして私は別の病院で再検査することになった。

第五章 告白

後日、大学病院にて再検査した。検査結果は良い方向に変わった。脳に問題は無かった。これまで、私は病気を抱えていると思ったが、それはデタラメだったことが証明された。藪医者を肯定するわけじゃないけど、私のケースではデタラメで良かったと思う。

なんだか、心が軽くなった気がする。私に病気は宿っていない。でも、感情が高ぶった時に、頭の中と逆のことを言ってしまうのは分からなかった。それだけは検査しても分からない。私の脳には病気は無い。でも、感情が高ぶる時に逆のことを発してしまうのは病気ではないのか。そのことを医者に相談したけど、脳に異常はない限り、治し方は分からないということだった。

相変わらず、学校は変わりない場所。同じような毎日を過ごしている。翔太の行動を調べた所、翔太には彼女は居ない。これはチャンス。翔太に私の好きという思い伝えたい。本当に好きで好きでたまらないのだ。早く伝えたい。

「告白したら?」

放課後、美花に翔太についての思いを話すなり言ってきた。

「告白って緊張する。私の思いをちゃんと伝えられるかな」

「コミュ症ってデタラメだったんでしょう。美咲ならいけるよ」

美花に好きな人っているのかな。ふとそんなことを思って、美花のアドバイスを聞く。

相変わらず、美花しか友達が居ないが、友達って多ければいいものでもないと思う。なんでも打ち明けられる親友が居ればいいのではないか。たとえ一人でも。友達とは何だろう。クラスのグループを見ていつも思う。ときどき、見せかけだけのグループが存在するんじゃないかと思うことがある。誰もが仮面を被っていて演じている。私は接しやすい人ですよと。そういう人は決して素顔を見せない。孤独になることや虐められてるのが怖くて必死に演技している。グループという括りに入るだけで孤独ではなくなる。あとは虐められないように傍観者になるだけだ。

病気がデタラメと分かった時から自分に自信が持ててきた。私はしっかりと話せるんだよと。私から翔太に告白しよう。そのためには、しっかりと思いを伝えるためには感情が高ぶらないようにしないといけない。

「翔太?ちょっと話があるの。部活終わったら屋上に来てくれない?」

次の日、教室で翔太に話しかける。次の授業の準備をしながら翔太は「オッケー」と居った。そう言った顔は不思議な顔をしていた。翔太は私のことをどう思っているだろう。何かを察したような含みのある「オッケー」だったのだ。私の思いを勘付いているのかもしれない。

放課後、だれも居ない屋上で風を感じながら待つ。太陽の光を浴びながら、深呼吸で心を落ち着かせる。屋上に繋がる階段の扉が開いた。翔太が現る。私はそちらの方向を向く。

「急に呼び出して、どうした?」

「話があって」

「何?」

「あなたのことが嫌いでした」

時が止まったような気がした。やってしまった。やっぱり感情とは逆のことを言ってしまった。なんで伝えれないの?好きで好きでたまらないのに。どうして?どうして?私のバカ。自分を責める。自分で自分が嫌になってしまう。

「きき嫌い?てっきり告白されるかと思ったのに」

驚き顔のまま、翔太は項垂れた。そうとうショックだったらしい。

「違うの。嫌いっていうのは好きの裏返しで。え~と」

弁解しようと思って言葉に詰まる。しどろもどろになった。手を広げて上下させる。滑稽な光景。汗が出てくる。

「私、思ったこととは逆に言葉を発してしまうの」

「え?」

「本当は嫌いじゃないの」

「美咲はさっき、僕のことを嫌いって言った。逆ということは僕のことを好きと思っているということ?」

翔太は物わかりが早い。私の言いたいを分かりやすく変換してくれた。その通りだったので無言で頷く。

「どうして伝えられないの?」

「私にも分からなくて、だからずっと辛かった」

気がつくと涙を流していた。ゆっくりと流れる涙。しだいに溢れ出す。指で覆っても止まらない。

「俺も好きだった。美咲のこと。一緒に思いをしっかりと伝えれるように治していこうぜ」

翔太に優しく頭を撫でられる。ただ私は涙を流すだけだった。包み込まれるように私達はゆっくりと抱き合った。

最終章 希望

自分の生きがいを探している。高校を卒業した私は名古屋の工場で働いている。製造ラインを眺めながら、小さなパーツを組み立てていく。一つ一つが組み合わさって物が動く。どんなに巨大な物でも小さなパーツの集合体。私の働いている工場も同じ。私達は小さなパーツ。世の中の役に立っているかと問われると自信持って、役に立っていると言えるわけじゃないけど、小さくても役に立っていると思う。私の生きがいは働くこと。必死に働いてい給料を貰う。

人には個性があって、それぞれの仕事があると思う。人生って何が起こるか分からないし、明日死ぬかもしれない。突然は予想できないからこそ、怖くもある。だから私はいつ死んでも杭の残らないように生きていく。会社にはいろいろな人がいる例えば、怖い上司、優しい先輩。学校にもいろんな人が居る。でも、それ以上に社会はたくさんの人が居る。都会に行けば、年齢層の違い、生まれた環境の違い、経済状況の違い。いろいろな人の集合体、それが社会。個性がぶつかり合いながら社会を作っていく。一人ひとりに人生がある。

翔太とは一年ほど付き合って別れた。今は何をしているか知らない。美花は京都の大学に通っている。出会いが有れば別れもある。彼との恋愛は私にとって大切な思い出の一つ。でも、翔太や美花と同じ時を過ごしている。私は孤独じゃない。空が繋がっているように同じ時を過ごしている。人生にとって大切なものとは何か考える。それは希望だと思う。生きていれば新しい扉や壁が何度も迫って来る。そのたびに人は悲しみ苦しむ。それでも希望や目標さえあれば自分のペースで生きていける。大事なのは生きること。コミュニケーションが苦手でもいい、それも個性ではないか。人間は短所を直そうとする。大事なのは長所を伸ばすことだ。

【あとがき】〜作者からのメッセージ〜
自分の感情とは逆のことを言ってしまう女子高生の物語。現代社会を生きる一人ぼっちの女子高生視点から描く。恋愛要素2、社会派要素8の作品になってしまった。恋愛物語にしようと思って舞台を学校にすると、どうしても、教育問題に触れてしまう。これは自分の癖になっている。今回の話は恋愛要素がそこまで濃くないので社会派小説類になるのかな。作者の思いを主人公にかぶせて書いてみた。下に特別章を書いたので、それも読んでもらえるとありがたい。

植田春人
ペンネーム。今回の作品は長く書けたと思います。教育問題についての作品が多いことに気づいた。

特別章 看護師

夢でうなされて目覚めた。枕元に置いてある時計を見ると、午前4時。中途半端な時間に起きた。朝9時からの勤務なのでもう少し寝ていたい。ときどき、同じ夢を見ることがある。小さな女の子が泣いているのだ。どうしたのか聞くと、「デタラメ」とその子は泣きながら言う。その女の子は見たことがある。私が三重県にある小さなクリックで働いていた時のことだ。もう10年くらい前になる。その子の名前はなんだったかな。美しいに…。忘れてしまった。その女の子の名前を読んだはずなのに。歳を取ると忘れぽくなってしまう。あの子も藪医者に見てもらった患者の一人。私は医者が藪医者だと知らなかったとはいえ同じ職場で働いていたのだ。

あのクリニックは4年前に辞めた。私が辞めてからすぐにあのクリニックは潰れた。医者が夜逃げしたのだ。それから、その医者の行方は分からなかったが、警察の捜査により見つかった。愛知県に身を隠していたのだ。そして、医師免許の持たない藪医者だったことが発覚した。当然、私にも警察が来たが、私は看護師免許を持っている。免許を持っていなかったのは医者だけだった。警察は当時診療した患者一人ひとりに検査結果がデタラメだったことを説明しているらしい。

あのかわいい女の子は苦しんでいないだろうか。確かコミュニケーション障害と診断されていた。藪医者によるデタラメに惑わされてはいないか。自分は人と話せないと思いら自分を追い込んでいるのではないか。苦しい思いをさせている。それが心残りだ。だから私は夢に出てくる女の子に誤り続ける。








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