onceagain〜きっと上手く行く〜【小説】

『人』に『生きる』と書いて人生。産まれてから死ぬまでを人生と言う。電車に例えると線路(レール)である。その道を自分という電車で進んでいく。進めば進む程、分岐点という名の選択肢に触れていく。基本的に電車は前に進む。それは人生も同で、前に進むか止まるしかない。止まって動かなるというのは何を意味するのか分かるだろうか。止まって動かない=死だ。生きている限り進んで行く。電車進行を人生で例えると過去には戻れない。もし過去に、いや人生を最初からやり直せるならあなたは何をするだろうか?

1,人生とは?

電車の中で揺られている。新宿にある会社に向かって電車は走っている。向かう先は勤めている会社である。職種は食品関係。その会社で僕は正社員として働いている。僕の名前は川辺康介。25歳。九州の田舎から上京してきた平凡なサラリーマンである。身長も体重も普通。これといった能力も無ければ趣味も無い。いつものように満員電車に乗って会社に向かう。正直に言うと、仕事は嫌だ。殆どの人はそうだろう。電車の中の広告に目を止める、YouTuberのキャッチコピー『好きなことして生きていく』という言葉は嘘だ。好きなことだけして生きていける訳ではない。勘違いさせるキャッチコピーだと思う。しかし、好きなこと"だけ"して生きていくと書いていないだけマシだと自分自身を納得させる。楽な仕事なんてないんだよな。生きていくためには金が必要だ。

でも、会社に行くことは自体は嫌いじゃない。仕事はもちろん、満員電車も嫌だけど、会社に着いてしまえば僕の彼女が居る。彼女の名前は南山美波。同い年の同僚である。三年前、会社の新入研修で長野県に行った。野菜の栽培方法や出来上がるまでを見学したり、ミィーティングをしたりした。8人が二つの班に別れた。そして同じグループになった彼女と出会った。告白と呼べる告白もしてなくて自然に一緒になって付き合うようになった。それには、ある人が僕らの恋愛を後押ししてくれたからだ。

会社に行けば彼女が居る。もちろんプライベートでも何度も会っている。でも、仕事に行くというよりも彼女に会いに行くと言った方が正しいかもしれない。仕事で失敗ばかりしている。そして辞めたくなる。何度も辞めたいと思ったけど辞める勇気が無かった。でも、どんな時でも彼女と一緒に居られるのが幸せだと思って頑張る。そろそろ同棲したいと思っている。そうすればいつも一緒にいれる。


新宿駅を出て、会社に向かう。田舎から上京してきた時は何度も新宿駅で迷ったことがある。そして、人の多さに驚いた。同じ日本でもここだけが異世界空間に思えた。逆に考えれば都会生まれの人が田舎を見て同じことを発するだろうと思った。周りを見ればスマホを覗きながら歩いている人が沢山いる。近年歩きスマホが問題になっているのを聞いた。同調圧力で同じ行動をしている。誰かがしているから自分もしていいという思いが、歩きスマホを増やしている。同じスーツを着ている姿は量産型のロボットみたいだ。僕もその一員であるのだが。

「ああ、都会の街に溶け込んで行くのはこういうことなんだろうな」

と思った。都会は自分みたいな田舎者の集まりで構成されている。人混みに紛れて都会に染まっていく自分にそっと呟いた。


外が熱くて熱中症で倒れそうだ。会社の建物に入るとクーラーが効いていて気温差が一瞬、激しくなるので心臓に悪い。それでも怯まずに自分のデスクに向かう。そして、足を休ませるように椅子に座る。仕事を始める前から体力を使うのは非効率ではないか。少しイライラしたが、右横を見て笑顔になる。右横のデスクには美波ちゃんが居る。挨拶をする。実は会社には二人の関係は秘密だ。理由は仕事に支障が出ると言われそうだから。周りからは同僚という風に思われている。影では何と言われているか分からないが、陰口は気にしないことだ。

美波ちゃんとの会話が弾んでいた時、後ろから声を掛けられた。後ろを振り向くと上司の山坂部長が立っていた。年齢は50代くらい。この部長は会社で一番嫌いな人物。だいたい声を掛けてくる時は仕事で失敗した時だ。案の定、仕事の失敗についてだった。怒鳴り声を聞きながら絞られた。今週何回目だろう。上司の怒りの言葉を聞き流す。それでも声が大きいので聞こえてしまう。怒られ過ぎて内容を理解するという概念すら無くしてしまった。ただ時が過ぎるのを待っていた。

もう、どうでも良い。そう思っているといつの間にか怒られ終わっていた。嵐が過ぎたように心が晴れた。でもそれは一瞬で、失敗ばかりの僕は何をしているんだろうと思った。僕は会社にとって必要な人材なのか?ただの駒にしか過ぎないのではないか?そうであれば僕の人生って何だろう。生きている存在感が思い浮かばない。この先の長い道は暗闇が続いている。一番の恐怖は見えないことだと思う。見えない敵が一番厄介で怖いものだ。

「南山さん、仕事終わりに一杯どう?」

「はい。お供します。」

先程も述べたが、職場では恋愛感情を出さないようにしている。だから、会話が同僚としての事務的な内容になっている。この会話は少し気まずい。不思議な感覚になる。でも凄く嬉しいとも思う自分がいる。

少し残業して会社を出た。美波ちゃんとの待ちあわせまで時間があるので、本屋に向かった。本屋には色々な本が並べている。ビジネスコーナーに向かってランダムに本を取る。手に取ったのはどっかの評論家が人生について語っている本だった。数ページほど読んで元の位置に戻した。特に面白みのない本だった。ありきたりのことしか書いていなかった。執筆者の自己満ではないだろうか?


そして、待ちあわせ時間になった。二人は待ち合わせをしていた目黒の居酒屋『人生荒波』の前に居る。横スライド仕様のドアの上には波が描かれたのれんが掛けられている。ドアを開けて二人は入った。中はこじんまりとしている。ザ・居酒屋という店だ。ここの居酒屋はよく来る。僕が新人の頃から来ている顔なじみの店だ。

「いらっしゃい!おっ美波ちゃんも一緒か?」

二人が店に入るなり、この店の店長である大澤助雄こと助さんが二人に声をかけながらカウンターに案内した。店の客から助さんと呼ばれているので、二人も助さんと呼ぶようになった。40代くらいの年齢の割には若く見える。二人は取りあえずビールを頼んだ。助さんがビールの入ったジョッキと数個の枝豆を机に置く。二人は軽く乾杯をして枝豆をつまむ。

「美波ちゃん、今日も𠮟られちゃった」

「山坂さんも康介の為を思って叱っていると思うよ」

「俺、いつも怒られてばかりだから嫌になる」

「そうかな?怒ってくれるうちが華って言葉があるじゃない?」

「人生なんて色々あるから気にしないことだね」

助さんが言った。そこには頑張れというオーラが溢れている。営業スマイルなのか、いつも笑顔だ。

「そうだよ康介」

「いつも、ありがとうございます。助さんのおかけで救われているようなものです」

助さんは僕たちの恋愛の後押しをしてくれた人だ。初めてデートに誘った時、初めて居酒屋に入った。そこがこの店だったのだ。助さんは、僕らのぎごちない会話を察したように間を入れて話を繋いでくれた。そのおかけでしっかりとした会話が成立することが出来た。そして、自然に付き合うようになった。これは僕の想像にしか過ぎないが、助さんは好き同士ということを察していたと思う。助さんにはお世話になり過ぎている。助さんが居なかったら僕ら二人は出会っていたとしても付き合ってはいなかっただろう。

「人生って何だろうな。魔法でも使って過去に戻りたい」

酒が回ってきて、彼女に言ったわけでもなく助さんに言った訳でもなく、独り言みたいに僕は呟いた。二人は無言になった。それもそうだろう。過去に戻れる訳がないのだから、そんな夢に付き合ってられないに違いない。それは自分でも分かっている。現実ということからは離れられない。角ばった氷が数個入っている水を飲む。口の中に染みて家で飲むより美味しく感じた。


昼頃、目撃してはいけない現場を目撃してしまった。お昼休憩でいつもとは違う方向にある定食屋に向かっている時だった。一瞬夢かと思った。夢と言っても悪夢の方。美波ちゃんが山坂部長と腕を組んで歩いている。二人の歳の差が親子ほど離れている。傍から見れば親子と思われそうだ。そんな二人は笑顔だった。彼女の笑顔、それは決して自分の前では見せない笑顔だった。そうか、これは浮気なんだ。昨日の居酒屋で話した彼女の言葉が鮮明に思い浮かんだ。山坂部長を擁護していた。それは好きだからに違いない。そう思っていると二人はどこかに消えてしまった。僕は、驚きと悲しみで、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった。


彼女に電話した。本当は会って話したかったが、面と向かって言える勇気が無かった。メッセージでも良かったが、声のトーンを聞きたかった。リアルタイムで話す声を聞くだけで焦りや驚き、悲しみの表情が分かる。それは無機質な文字の羅列では到底表せないことだ。コール音が鳴る。その音と心臓のドキドキと重なる。何度かして彼女は電話に出た。

『電話珍しいね』

「ちょっと話したい事があって」

『何?』

「山坂部長ってどう思う?」

『え?部長のこと?』

「そう」

『いい人だと思うよ』

「例えば?」

『どうしてそんなこと聞くの?』

「君と部長が腕を組んで歩いていたからだ」 

『何のこと?』

「とぼけるなよ。昨日見たんだ。君と部長が歩いているところを」

『それは、仕事の付き合いだよ』

「仕事の付き合いで腕を組むのかよ。相手は上司だぞ?浮気していたのか?」

『なによ。すぐに浮気って。二人で歩いたら駄目なの?』

「じゃあ部長のことが好きなのか?嫌いなのか?」

『それは・・・』

「僕は君だけを愛している。だから君も僕だけを愛して欲しい」

『もういい。康介ってしつこい。束縛されたくない。私別れる』

そう彼女が言い、一方的に電話が切れた。握りしめていたスマホを離した。スマホの落ちる音が聞こえる。僕は一体何をしているのだろう?彼女と喧嘩した。そして、別れることになった。それは一瞬の出来事だった。出会いも一瞬であれば、別れも一瞬だった。もう人生メチャクチャだ。何が何だか頭の中が追いついていかない。「人生って何だよ。全然良いことがないじゃないか」誰もいない河川敷で、そう大声で叫びたくなった。


一人で居酒屋『人生荒波』に行った。愚痴をこぼしながら酒を飲んだくれる。イライラや悲しみが混じった感情で酒を何杯も飲む。「まあまあ」と助さんが必死になだめている。人生なんてどうにでもなれ。誰かに当たるれるわけでもなく孤独を味わった。何かにぶつけたいこの気持ちをなんにもぶつけられないイライラが募る。枝豆がうまく取り出せないことにもイライラを感じる。そして、半分酔ったなと自覚する。色々な感情が溢れて少し涙が溢れる。

2,過去にリベンジ

おしぼりで涙を拭いていると、カウンター席の横に男が座った。年齢は40代くらいか。少し白髪が生えている。店の中は僕を含めて数人しか居ないのにわざわざ真横に座って来たのだろう?他に席は沢山空いている。その男は助さんにビールを頼んだ。

「人生に悩んでいるだろう?」

独り言のように言った。あなた言っているんですよと男はこちらに眼差しを向けた。その目は真剣な目をしていた。この男には自分のすべてを分かっているような気がした。この男の真意が分からない。どうして突然こんなことを言ってきたのか。記憶の中を探るが見たことも無い人だ。

「まあ、悩むことだってありますよ」

適当に返事した。あまり関わりたくないと思った。しかし、酒のせいで誰かに話したくなった。この不満を誰かに話してスッキリしたかった。解決策を求めているのではなくて、気分を落ち着かせたかった。見知らぬ男にこれまでのことを話した。毎日が同じ繰り返しで、仕事や恋愛が上手く行かなくて失敗ばかりの人生を歩む僕。やり直したいと思っていることなど。

「そんな君にこれをあげよう」

ひと通り聞いた男は、そう言いながら男は鞄から押しボタンが付いているスイッチを取り出して、自分の前に置いた。かまぼこの板くらい幅で厚さは5センチくらい。押しボタンは丸い赤色で他は真っ白だった。どこにも文字は書いて無い。至ってシンプルな機械だ。

「これは?」

「これは人生リセットスイッチだ。これを押せば人生がリセットする」

この男は何を言っているだろう。そんなファンタジーな話しが、この腐った現実世界にあるわけがない。これは何かのドッキリなんだろうか?あたりを見渡したが、カメラのような物は無い。そもそも一般人の僕に仕掛ける理由が無い。しかし、疑いの感情とは別に押したい衝動に駆られた。何かを変えたいという思いが強くなった。こんな人生を変えたいなら今しかないのではないか。押さなければ進まない気がした。今の僕は人生最大の分岐点にいるかもしれない。このスイッチさえ押せば。そう思って手元を見てみるといつの間にか右手人差し指はボタンを押していた。


その瞬間だった。自発的では無い、強制的に目が閉じた。それからは真っ暗な世界が続いた。数分して目を開けて周りを見ると電車のシートに座っていた。ここは帰りの電車だろうか。酔っていて、店を出た記憶がないだけなのか。いや、確かにボタンは押した。それからこの状況に繋がった。客は誰も居ない。電車の外を見たが、真っ暗な景色が写っていた。ただ、電車が動いているのは分かった。どこかに向かって進んでいる。

普通なら夢かと思うが、押しボタンを押したことによってこうなったと考えたら辻褄が合う。腕時計を見ると時計の針が逆回転していた。それも物凄いスピードだ。時が戻っている?電車のアナウンスが聞こえる

「次は始発駅。始発駅です。」

始発駅に向かっている。客を乗せている電車ではありえない。向かう先は終点だろう。これは普通ではない。居酒屋の隣に座った男が言っていた言葉「人生がリセットする」を頭の中で回想する。やっぱり押しボタンスイッチを押したからだ。色々考えていると頭が痛くなった。眠くなってそのまま目を閉じた。


鳴き声で目が覚めた。目を開けると自分の母親である川辺幸子の顔がすぐ近くにあった。違和感がある。母親が随分若いのだ。赤ちゃんの鳴き声は自分から発しているものだと気づいた。随分若い母親の抱っこ、そして自分から発せられる鳴き声。この様子から察するに僕は赤ちゃんに戻ったのだ。これは人生がリセットしたということを意味すると分かった。でも記憶は25歳のままだった。自分の感情を言葉に出来ない。赤ちゃんの時派言葉を知らなくて、思ったことを発せられないのはどんなに苦しいのか分かった気がする。幸せそうな顔をしている母親は自分の名前である康介と呼んでいる。

産まれた場所や西暦、家族、年齢、性別や環境は変わっていなかったと察する。この部屋も変わっていない。わがままを言うと人生リセットするなら産まれた環境が違うようになって欲しかった。田舎より東京とか大阪とかの都会に生まれたかった。自分は別の世界線に生まれ変わった方が良かったのではないか。どうせリセットするなら全く違う環境を歩んでみたかった。こんな非現実的な状況なのに冷静に考えることが出来る自分の受け入れの速さに自分自身が驚いている。


それから月日が経った。何回かの四季を超えて17歳になった。この17年間の人生は以前と同じだった。保育所・小学校・中学校・高校と同じ人生を歩んだ。同じ友達とも出会った。自分自身は二度目の出会いなので上手く話せることが出来た。近所の住人からは大人びていると言われた。もちろん勉強も出来た。このままいけば同じ大学に進んでしまう。そして同じ会社・同じ彼女・・・これでは人生をリセットした意味が無いじゃないか。なぜ記憶が25歳のままか分かった。違う道を選択出来るからだ。人生は選択肢の連続だ。僕は決意した。冒険と言っても過言ではない。町役場で勤めている父・川辺洋介に進路相談した。父は町役場の部長をしていて人事課を担当している。家で、酒好きな父親が酒を飲んでいる最中に話した。ちゃぶ台には数本の酒が置かれている。

「お父さん。俺、お父さんと同じ町役場で働くよ」

「どうしてだ?東京に行きたかったんじゃないのか?」

「この町を離れたくないんだ。俺、人生最大の選択をしたんだ」

「そうか。自分の決めた道だ。自分の人生は自分で歩む。人生は一度切り。頑張りなさい。正し、自分で決めた道なんだから後悔の無いようにな」

二度目の人生なんだけどな。そう呟きたくなったけど辞めた。言っても何のことか分からないに決まっている。それは普通のことだから仕方がない。父親の言う通り二度目の人生は後悔の無い人生にしてみたい。せっかく貰ったチャンスを無駄には出来ない。


それから高校を卒業して町役場で働くことになった。職場の女性社員を見ていると、まだ未練が残っているのか美波ちゃんのことを思い出す。当然、東京に上京して出会ったのだから美波ちゃんと出会うことは無かった。今彼女は何をしているのだろうか?あの部長との関係はあるのか?僕だけが二度目の人生を歩んでいるのだとすると、美波ちゃんはあの会社に入社しているだろう。どうせ別れる運命なら出会わない方が良かったのかもしれない。出会う運命があるのなら出会わない運命もあるはずだ。


それから七年が経って25歳を過ぎた。これまで記憶していた歳を越した。これからも年齢を重ねていく。これまでの25年間は過去の記憶があった。でも、これから生きていくには経験値が無い。年齢と共に新たな知識や経験を重ねていく。前の人生ではどうなってたのだろう?25歳を過ぎたら何をしていたのだろう。振られて仕事に失敗ばかりして、最後にどんな人生を歩んでいたのだろう?今そんなことを心配しても意味が無い。新しい人生を進んでいるのだから。

仕事も順調に進んでいる。失敗は少なくて、顔なじみばかりなので仕事がはかどる。そして、部長の息子のおかげか、嫌味な上司も自分に向けて言わなくなってきた。前に勤めていた会社がブラック企業だと言うことも気づいた。リセットして正解だった。この道が一番良いか分からないが、前よりは確実によくなっている。


この人生になってから初めて東京に向かった。新幹線に乗って東京駅に着いた。仕事の用事は無い。久しぶりに行きたい所がある。そこに向かって歩くが、やっぱり人は多い。人それぞれの人生があって人それぞれ違う道を歩んでいる。当たり前のことだけど、それは凄いことだと思う。交差点では色々な人が行ったり来たりしている。交差点で一人の女性とすれ違った。その人の顔を見てハッとなる。忘れたくても忘れることの出来ない顔。

ー美波ちゃんー

気づいた時にすれ違って、僕と反対方向に進んでいる彼女の背中に声をかけようとして後ろを振り向いた。しかし声が出なかった。相手は自分のことを知らないんだ。もう、かつての自分とは違う世界線に居る。僕の進行方向に振り向き直って足を進めた。

千代田から電車を乗り継いで目黒に着いた。向かっている先は最初の人生の最後に居た場所『人生荒波』である。営業しているのはネットで検索済みだ。正し、助さんがいるかどうかまでは分からなかった。

店の外観は変わっていなかった。変わったのは、やはり僕の周りくらいだろう。やっぱり僕以外の誰もが同じ道に進んでいるんだろうなと思う。僕だけが二回目の人生を歩んでいる。そう考えると優越感に浸ってくる。ドアを開ける。厨房には助さんが居た。店内には誰も居なかった。内装も助さんも変わっていない。

「ビールを一つ貰えますか」

僕は、カウンターに座るなりビールを頼んだ。

「リセットした人生はどうだ?」

助さんは泡が溢れそうなビールジョッキをテーブルに置きながら話しかけてきた。

3,魔法使い

驚いて口が開いた。僕は過去に何回も会った人だが、この世界線では助さん自体は僕に合うのは初めてのはずだ。何故リセットしたことを知っているのか?助さんは、僕がそう考察するのを察したように

「俺の友人にリセットボタンを渡すように指示した」

と言った。ああ、あの男か。

「あなたは?」

「信じられないと思うけど魔法使いだよ」

「どうしてこんなことを?」

「良く言えば救済、悪く言えば実験かな」

助さんの目を真っ直ぐに見た。もう信じられないことは無かった。これまでの不思議な事があるから何が起こっても変じゃない。覚悟は出来てる。何を言われても受け入れる勇気を持つことが出来た。

魔法使い。子供の頃に童話で見たことがある。現実に居る魔法使いは中年のおっさんだった。なんの変哲も無くて普通の店長の見た目。変わった性格でもない。自分が想像していた魔法使いとは違う。でも、童話の魔法使いの方が現実が無いことに気づいた。童話の世界に出てくる人物だからこそ、変な格好をしている魔法使いは現実世界に置き換えれば助さんみたいな格好になるんだろう。

「正体を言ったからには消えないといけない。二度目の人生は後悔の無いようにな。じゃあね」

そう言うなり助さんは悲しそうな顔をして薄っすらと消えていった。本当に魔法使いだったんだなと思う。別れの挨拶もかけれない。ただ呆然として口が動かなかった。助さんは完全に消えた。店内は僕一人になった。思わずビールジョッキを眺めた。出された位置のままだ。変わったのはビールの泡はもうすっかり消えていたことだけだ。しばらくして、何もすることが無いので誰も居ない店を出た。

店を出て空を眺めた。あたりは夕方の太陽でオレンジ色に染まっている。これからは二度目の人生を生きていく。過去にはもう戻れない。だから一度だけくれたチャンスを大切にしよう。これで何度目の決心だろう。それだけ勇気がいる事なんだろうな。空に向かって僕は呟いた。

「大丈夫。きっと上手く行く」


〜作者からのメッセージ〜
人生の中で失敗は必ずある。そんな時にリセットしたいと思ったことはないだろうか?一度だけの人生だから戻ることは出来ない。前に進むしかないのだ。この話はリセットしたいという主人公が魔法でやり直すことが出来るという夢物語。こういうファンタジー物を書くのには躊躇した。単なるファンタジーでは意味が無い。なのでメッセージ性を込めた。この話の内容の魔法は当たり前だが、現実には出来ない。もし過去に戻れる魔法があったら自分は何をするのだろうかと考えて読んで欲しい。考え方は十人十色だろう。想像すればワクワクすると思う。息苦しい現実世界をこの小説を読んでいる間は忘れて楽しんで欲しい。人生は一度きり。終わったことは仕方がない。それもまた人生である。人生は選択肢の連続だ。チャレンジすることに意味がある。それが生きると言うものではないだろうか。過去は変えられないけど未来は変えられる一歩一歩進もうというクサいセリフを残して終わりたいと思います。

植田晴人
偽名。社会派小説などを書いています。テーマを考えるの大変です。






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