#41 社会人編 〜ぶら下がり健康器具と裏切り〜
太った。
というのは少し語弊があるかもしれない。正確には、太っていっている、が正確だろう。
高校を卒業してから大学、社会人とまあそれなりにアクティブに活動はしていたと思う。
どちらかといえばアウトドアよりのサークルに在籍していたり、どちらかといえばスポーティな社会人の団体に所属したりと、自分でも
「体を動かさなきゃなぁ」
という思いはその辺に転がっていたはずだった。
しかし、そんな目論みは割と早い段階から崩れ始めた。
仕事の忙しさを理由に、基本的に家での過ごし方が食べているか寝ているかというまるでだめな社会人の生活スタイルになっていたのだ。
それでも健康に気をつけた食生活などをしていればまだよかったが、私も社会人。
なまじお金があるだけについ美味しい物を買ってしまうのだ。
美味しいお米、美味しい肉、美味しいスイーツ、その全てが私の血となり肉となり…いや肉となり体に余分な脂肪を蓄えさせていったのだ。
その結果がこれである。
これと言われても見てないのでわからないだろうが、大学時代から比べなんと驚きの20kg増加である。
家族で買うお米二袋分くらいは軽くある。
「…これはまずい。」
と、いよいよ生命の危機をひしひしと感じ始めたのだった。
そこでまずは無駄な食事を減らそうとした。
今までの誘惑を断ち切らねば、と間食やジュースなどとにかく脂肪に繋がりそうな物を排除していくのだ。
さすがに命が脅かされると、人はそれなりに本気になれるようで見た目ではちょっと痩せたんじゃないかという気になってきた。
そして久しぶりに帰った実家で、家族に言われたのが
「アンタまた太ったねえ」
である。
まさにorz状態で落ち込んだ。だってあれだけの努力をして言われたのだこれだ。落ち込みもするだろう。
しかしそこに追い討ちをするように、
「そんなお菓子やジュースを抜いたくらいで痩せるなら、世の中の肥満な人は今頃モデルだってやってるよ。」
と無慈悲な言葉をいただいたわけである。
確かに、よくよく考えればもうすでにだいぶ太った大人が間食しないくらいでみるみる痩せてくなんてうまい話あるわけない。それで痩せるならダイエット食品に一縷の望みをかける人だっていないのだ。
これは何か運動をしなければならない…。
だが、今の私にとてウォーキングやランニングは確実にオーバーワークである。開始5分で根を上げる自身がある。いや、根を上げるだけならまだ良い。最悪道端で倒れている自信すらある。
どうしよう…と悩んでいた時にふとテレビでやっていたダイエット器具に目がとまる。
それが、“ぶら下がり健康器具”だ。
特集では、ぶら下がるだけでも筋力のトレーニングにもなる。腹筋・背筋・腕立てとあらゆる筋トレを補助することができ、スペースのない室内でも効果的なダイエット器具!ということだった。
なんと、まだ私は見放されていなかった!
と単純なことに、すぐさまネットでぶら下がり健康器具の情報を仕入れ、おそらくその数分後には購入ボタンを押していた。
よし、これで私もすぐにマッスルボディだ!と思ったのは、やはり情報に多少なりとも踊らされいたのと、結局どんな物を使っても頑張るのは自分、という点を見逃していたからだろう。
どれから程なくして自宅に届いたぶら下がり健康器具を早速組み立て、部屋に置いてみる。
なんだか置いただけで痩せた気になってくる。
そう、私も巷で話題の形から入るタイプなのだ。何事も最初が肝心なのだ。
いよいよダイエットデビューだ!と180cmくらいの高さにあるバーを掴み、意気揚々とぶら下がってみた。
…腕が痛い。
紛れもない最初の感想である。
待てよ、そうだった。これで足を上げて腹筋をするんだった。
と足を上げようとする。
…足が上がらない。プルプルとなんとか足を上に持っていこうとするが、ぶら下がっているだけで悲鳴をあげる腕が、体を支えきれない。
なんてこった、私の体はこんなに衰えていたのか。計画が台無しじゃないか。
となんだか裏切られた気分になる。
実際は、別に裏切られたのでもなんでもなく、ただ自分の体と精神が怠惰なだけなのだが、思いの外動かない自分の体に驚愕したのだった。
それから、色々と試行錯誤をしてなんとか重い体を鍛えようとするのだが、一向に体は上がらない。
「もしかしれこれは、とてつもなく努力しなければならない物なのでは…?」
と、ようやくことの本質を理解し始めた時には、もう体はプルプルと震えて使い物にならなくなっていた。
それからは毎日が葛藤である。
運動は嫌だから楽な方向に好きあらば逃げたいという思いと、せっかくぶら下がり健康器具を買ったんだから元を取るまでは痩せなければという思いのせめぎ合いだ。
その勝率は、だいたい50%くらいで推移していた。まあ、そもそもちゃんとやる気がある人は、20kgも太るまで自分の体を甘やかしたりしないのだから、この結果は当然だったかもしれない。
それでも、半年ほどなんだかんだやっていると足がだんだんと上に上がり、数秒しか持たなかったぶら下がりも数分くらいは行けるようになった。3回くらいであれば懸垂もできる。
やれなできるじゃないか、自分。
と、甘いわたしは自分を褒めていく。きっと私は褒めて伸ばすタイプなのだ。
そうして、ある程度成果を実感したある日、またひょんなことで実家に帰ったのだが、そこで
「あれ、また一回り大きくなった?」
と言われたわけである。
そんなはずはない、あんなにぶら下がっていたし懸垂だってできるようになった。これで痩せていないなんてあるもんか。
と、体重計に乗って驚く。なんと体重は確かに増えていたのだ。
思わず白目を剥いて呆然と立ち尽くす。
そんな打ちひしがれた私に兄からの一言。
「あ、筋トレやってるらしいけど筋肉ついたら普通太るんだから体重は増えると思うよ。」
だそうだ。
そうか、やせるというのはこんなに難しいものだったのか。
と、絶望し思わずやけ食いに走りたくなる気持ちを抑え、筋肉をつけて脂肪を燃焼すべく、今日もダイエットのための体重増加に励む私だった。