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倒れても可愛いケーキ
我が家…というか、わたしと歳の離れた弟の間には、へんてこな秘密の呪文がある。
ズバリ、「食べている最中にお皿の上でケーキが倒れてしまったら、『可愛い~!』と言う」ということ。
…これだけ聞いたら本当に意味がわからないと思うのだけど、これには理由があるので、良かったら聞いて頂きたいです。
この奇妙な習慣が生まれたのは、かれこれ10年くらい前。
まだ幼かった弟と一緒に、家でケーキを食べていた。
うちは何でもない時におやつにケーキを食べるようなリッチな感じではないので、たぶん誰かの誕生日かクリスマスだったんだと思う。
そんなハッピーな日なので、とても和やかに楽しく時は進んでいたんだけど…そこである悲劇が。
なんと、まだ幼い弟の食べていたケーキが、お皿の上で倒れてしまったのだ。
ケーキって始めは綺麗にまっすぐ立っていても、食べ進めていくうちにバランスを崩して倒れてしまうなんてことが往々にある。
大人にとっては平凡なことだし、大したショックもないものだけど…
当時の弟にとっては、一大事だったらしい。
さっきまでおいしそうに、綺麗に立っていたケーキが崩れてしまったのを見て、泣き出してしまった。
それを見たわたしは、どうにか泣き止んでほしくて。
せっかく楽しい雰囲気なのに悲しい空気になってしまうのはやっぱり嫌だし、
可愛い弟が悲しい顔をしているのは姉としていたたまれなかったから。
そんなわけで少し考えた結果わたしがとった行動が、倒れたケーキに対して「可愛い~!」と言うこと。
はじめにそれを聞いた時、弟も他の家族ももちろんビックリしていたと思う。
ケーキは食べ物だから「可愛い」という言葉は適当じゃない気がするし、食べ始める前の綺麗な状態ならわかるにしても、既に食べ進めて割とボロボロ。
倒れたケーキはとても可愛いと言える状態ではなかったので、本当に不思議な発言だっただろう。
だけどわたしは、そんな家族の「???」という表情を無視して、弟に言い続けた。
「ほら、可愛い~!倒れてる姿可愛くない~!?ちょっと崩れてるくらいが可愛いよね~!」
正直、今同じテンションでこんな不思議なことを言えるか自信はないけれど…
当時わたしも10代女子だったので、謎のハイテンションを貫けたのだと思う。
だけどわたしは決して、ただふざけていたわけではないのだ。
じゃあどんなことを考えていたのかというと…
まず、おかしな発言をすることで笑うことができたら、弟も楽しい気持ちになって泣き止んでくれるんじゃないかなって思ったこと。
そして一見マイナスに見えるものを、ポジティブな視点で見てほしいと願っていたこと。
今思えば、10代のうちからそんな願いを込めて咄嗟に行動できた自分を褒めてあげたい気持ちも沸いてきたりする。
でも、自分自身もまだまだ若い当時のわたしがそう思うほど、弟は自分に自信がなくネガティブな言葉を口にすることが多かったんだ。
だから難しいことはよくわからないけど、ケーキが倒れても楽しい気持ちであってほしい。
そんな思いがあっての行動だった。
すると、そのわたしの思いは届いたようで、弟はニコニコ笑って一緒に「可愛い!」と言うように。
もちろん、倒れたケーキを本当に可愛いと思っているのではなく、わたしと一緒にそう言って笑うことを楽しいと思ってくれたんじゃないだろうか。
それ以来、食べているケーキが倒れると必ず「可愛い~!」と言うようになった。
わたしもだし、そのうち弟の方から言ってくることもあったくらいの浸透具合。
わたしが咄嗟にとった何気ない行動が、見事弟の中に定着したみたいだ。
それから年月は経ち、弟は今高校生になっている。
この前久しぶりに一緒にケーキを食べるタイミングがあったんだけど、相変わらず弟は倒れたそれを見て言った。
「お、可愛い。」
今の弟ならあの頃と違って、ケーキが倒れても泣かないし、大して悲しい気持ちにもならないだろう。
このへんてこな呪文がなくても、ケーキが倒れたことを受け入れられると思う。
だけどそれでも、成長した弟の中に当時の思い出が残っていて、それが染み付いて口から出てくるのは、なんていうか…姉冥利に尽きる。
もしこれからの人生で、あの頃倒れたケーキを見た時のように、泣き出したくなるような現実に襲われても。
こんなくだらないことでいいから、思い出して笑ってみてほしい。
そして自分の味方によってはこの人生が捨てたもんじゃないんだってことを、思い出してほしいな。
このことは直接弟に言えたらいいんだけど、なんだか恥ずかしいのでここに残しておきます。
そしてわたし自身も、何かどうしようもなく嫌なことがあっても見方を変えて乗り越えられる人でありたいな。
そうすれば、毎日迎える朝の景色が同じでも、違って見えてくる気がするから。
倒れたケーキはボロボロに見えても、変わらずおいしいケーキなのだ。
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