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小さな箱の小さな唄

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とっても短い色んなお話。 フィクションとノンフィクションの融合。 なんとなく心が粟立つもの。そんなものを書けたらいい。
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色彩の海に還る

色彩の海に還る

 水面が揺れている。きらきら、きらきら。

 この街を出た8年前と変わらぬ色の海が、私の目の前で夕陽を浴びて光っている。薄い灰色の砂浜の上に、真っ白な貝殻が散らばっている。波打ち際で声を上げてはしゃぐ息子の背中を眺めながら、藍はそっと溜息を洩らした。
 この街に帰ってくるつもりはなかった。でも、他に選択肢がなかった。3歳の息子を抱えて離婚した藍のお腹には、新たな命が宿っている。見た目ではまだわから

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サンタクロースのひみつ

サンタクロースのひみつ

ぼくの名前は、ゆいと。
唯一の人って書く。
パパとママは、ぼくが“唯一”の宝ものだからそう名付けたんだって。

「唯一ってなぁに?」

そう聞いたらママはちょっと困った顔をして。しばらく考えて、こんなふうに教えてくれた。

「世界中にたった一つしかない、どんな凄いものにも敵わない、大切なもののことよ」

「どんな凄いものよりも?」

「そうよ」

「ウルトラマンよりも?」

「もちろん」

「じゃ

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優しい夏の休日

優しい夏の休日

『愛情と欲情って何が違うの?』

突然そう聞かれて、奈都(なつ)は飲んでいたアイスコーヒーを危うく取り落としそうになった。いきなり何を言い出すんだ、この男は。

クーラーの効いた部屋で、恋愛映画を見ていた。コンクリートジャングルの照り返しに蒸し焼きにされるのは耐えられそうにない。私たちは北国の産まれだから、未だに関東の夏に慣れない。

わざわざ店頭に赴かなくても、指先一つで映画が見れる時代になった

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