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短編小説 故郷の妙なお祭り

  この物語は坊ちゃん文学賞に応募するように書いたんですがボツにした完全フィクションです。これからはポツポツと創作も投稿していきたいと思います💐

 では、本編どうぞ。
   
 

僕の住む街には、妙な風習がある。


 人口はそこそこ、目立ったランドマークも名物もない。立ち並ぶカーディーラー、チェーン店、パチンコ、ラブホテル。娯楽も限られ、僕を含めた若者の流出が止まらない、どこにである田舎町。地方都市。
 なんとなく曇りの日が多くて、歩いている人が少ない。居心地も住み良さも及第点。
 そんな僕の田舎の話をしよう。
 
 僕の実家は〇〇市の中でもより郊外の、消えかけの命を燃やす商店街がある××町で、全員の家に小さい頃遊びに行ったであろう、と言えるほどの距離感の近い町だ。
 どの店も午後八時には閉まってしまう。明かりが消えて真っ暗になって、町の外から帰って来た時には、まるで夜に町が消えてしまったかのように見えなくなる。

その祭りの日、町中の大人たちは、車を出し、町に二軒だけある花屋に詰めかける。


 祭りに花なんて、よくあるおめでたい組み合わせのようだが、彼らの顔にはお祭り特有の楽しそうな笑顔はない。その代わりに神妙な緊張感と焦燥が滲み、まるで何かに怯えているかのようだ。
 みんな示し合わせたように、実際示し合わせていたのだろうが、同じ、二十五本ずつ花を選んで花束にしていく。花の種類は人によってばらばらだが、僕が観察するかぎり、華やかな色や大きな花びらのものから選ばれていく。
 この日だけは、どんなに高価な花でも無料でまちの人に提供することになっているので、うちは毎年、祭りのある八月はカツカツになってしまう。
 だが、この花は僕の家族を含めた町のみんなのために必要なもので、これを利用してお金儲けをしようだなんてとんでもない、と祖母にも母にも父にも言われた。
 これは代々花屋を営む家系の宿命であり、名誉だと誇らしげに家族は言う。
 しかし、僕は高校生の時に、町内会長が毎年この時期にお布施のようにまとまったお金を祖母に渡していることに気がついた。ちゃんと、町内会のはんこを押した分厚い封筒を、無表情に玄関で受け取っていた祖母はまるで別人のように冷たい雰囲気を纏っていた。

 

さて、話を戻そう。



 みんなが花を手に入れた後に向かうのは、自宅ではなく、近くの小さな神社のある山の中腹だ。そこには鬱蒼とした木々に包み込まれ、ひっそりとした空気の漂う広場がある。車で町から十分ほど山を登ったところだ。
 人々は花屋から手に入れた大きなの花束を広場の中央の石畳に無造作に置いていく。供えるというより、転がすに近い。ぽいぽいと花束を放っては、逃げるように車に乗り込んで帰るのだ。
 一度、花を町民に与え終わった後に父について広場に行ったとき、父も周りの同級生の親、近所のカフェの気のいいおじさんも皆そうして母さんや僕が手塩にかけて育てた花を広場に置いて帰っていた。
 お供えのように丁寧なものではない。一ヶ所に山のように積み上げられた花束で、薄暗い広場はそこで極彩色に彩られ、美しいはずなのにどこまでも雑多でむしろ不気味だった。 
 店の手伝いや花が小さい頃から好きだった僕はこの扱いが耐えられず、幾度も親に反抗し、手伝いを拒んだ。
「どうせ捨てられるしお金にもならないのに、花を大事に育てるなんて馬鹿らしい」普段はどの花も大切にし、花びらの傷にも敏感な母さんがこの祭りに協力している理由も、そんなふうに反抗する僕を見て辛そうに顔を背けるだけで何も言わない理由もわからないことがさらに僕を祭りから遠ざけた。
 どうして花を一ヶ所に集め、町中の花屋を空にするのか。母さんも父も祖母も教えてはくれなかった。

祭りの夜は、いつにも増して町はさっさと暗くなる。


 祭りとは名ばかり。楽しい神輿や盆踊り、出店といった催し物があるわけでも、近所の住職が家にきてお経をあげるわけでもない。大人たちは何かに追われるように子供に寝支度をさせ、床につく。
 家の鍵を閉めたのを何度も何度も確認してから。
 その日の夜は決して家の外に出てはいけないのだ。カーテンを締切り、灯りの一筋も漏らすことは許されなかった。

 祭りの次の日の朝早く、山に捨てられた花たちが気になって一人山に出かけたことがあった。


 買って貰ったばかりの自転車に跨り、商店街を抜け、草だらけで舗装もされていない道を登る。山の広場への唯一の道だ。急な坂道で、背の高い木々が茂らせた真っ黒な葉が空を覆い、昼間でも薄暗い。
 やっとの思いで息を切らせてたどり着いた広場は、花は一輪も見当たらなかった。花束を包んでいた白い包装紙はそのまま、中の花が全て一晩にして枯れて乾ききり、その生を完璧に失っていた。
 よく手入れしていた花がたった一晩山の中に置いておいただけで水分も抜けきり、触れると崩れて砂になってしまうなんてどう考えてもおかしい。
 昨晩、ここに集められた花たちに何があったんだ。ここでの祭りは一体何を意味しているんだ。
 言い表しようのない恐怖が幼い僕を支配し、急いで家路についた。
 家では新たに仕入れた花の手入れを始めた母の姿があった。
「母さん。どうしてお山の広場に持って行ったお花、もう枯れちゃってるの」

「お前、山に行ったの」


 母さんは驚いた顔で勢い良く振り返った。
「いつ、いつ行ったの。まさか、夜抜け出したりなんかしてないだろうね」
 とてつもなく焦った様子で僕の両肩を掴む力が信じられないくらい強くて怖かったのを覚えている。いつもの穏やかな母さんとはかけ離れた形相だった。
 「さっきだよ。自転車で見てきたんだ。ねぇ教えてよ。どうしてお花を山に持っていくの。なんで夜にお外へ出てはいけないの」
 母さんは、いつもならこの話をすると顔をぱっと背けるが、この時は一瞬瞳を揺らした後、視線だけを逸らし、こう言った。
「お花っていうんは、綺麗で健気に生きてる命でしょう。だから、みんなの目を集めるの。花を置いておけば嫌なものの目をそっちに向けられるし、私たちも見ないでいいものを見なくて済むのよ」
 母は言葉を切って、僕の頭をそっと撫でた後、
「お前だって、そうだろう?」
 それ以来、母と祭りについて話すことはなかった。

 街から車で十分ほどのところにある大学に進学した僕は、時期になれば祭りに向けて準備をするし、店に立って花の世話もする。腰の悪くなった父の代わりに山まで運転し、我が家の分の花束を広場に置いてくる。周りの大きくなった同級生も広場で花を置いている。きっと彼らや僕らの子供も、同じことをするようになるだろう。
 
 みんな今までの大人たちと同じになっていくんだ。
 同じように考えないようにしてるんだ。
 
 どうして花がたった一晩でからからに、まるで命を吸い取られたみたいに枯れてしまうのか。
 中学生の時、隣の隣の聖くんが祭りを見にいくと言って夜抜け出して。次の日から登校班に来なくなって、聖くんの家族がみんな気がついたら町を出て行ってしまったことも。聖くんが今どこで何してるのかも。
 人々が老い、世代が変わり、街がどんどん朽ちていくのに同じように暮らしを営んでいく僕らのことも、きっと僕らの子供がそれを紡いでいくことも。
 
 僕らが見ないようにしているものも。
 祭りの夜、あの山で起こることも。
 
 続きは、まぁ、また今度ね。 
 今日も花の手入れで忙しいんだ。

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