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みどりの窓口でヤバイ駅員さんに遭遇した話
突然ですが、皆さんはどれくらいの準備をしてから旅行に行きますか?
人によっては思い立ったが吉日、とばかりにスマホと財布だけポケットに突っ込んで旅立つ人もいるかもしれない。あるいは、数か月前からスケジュールを立てて行きたい場所もご当地グルメも全てチェックしてから出かける人もいるかもしれない。
ちなみにわたし自身について言えば、前日までには持ち物を用意して、行き先の楽しそうなスポットなんかもある程度調べていく。でも、現地で調達できるものはするし、行き当たりばったりにお店に入ってみたりもする。ただ、一つこだわりがあってそれは移動時間をどう充実させるかだ。飛行機はもちろんのこと、新幹線でゆっくりとおつまみを楽しむ時間なんかもたまらない。だから、旅の時には大体指定席をとることにしている。
昔だったら窓口で駅員さんにお願いするの一択だった指定席だけど、最近はえきねっととかスマートEXとかでさくさく予約ができる。ありがたい。ありがたいけど、ネット予約は全て自分の責任であるため、正直とても心許ない。毎回、思う。
これ、ちゃんととれてんのかな。
心配なら窓口に行けば良さそうなもんだけど、なんかそれも面倒でやっぱりぽちぽちとネットに頼ることになる。
そんなこんなを繰り返していたある日、広島に家族旅行に行くことになった。老若男女合わせてそれなりの人数で。一番旅行慣れしているわたしが、えきねっとで全員分の往復の切符を予約した。
旅行自体は完璧であった。美味しい食事、鹿、素晴らしい景観、鹿、温泉、鹿、もみじ饅頭、鹿。すっかりいい気分であっという間に時間は経ち、両腕に一杯の土産を抱えて我々はご機嫌で帰路についた。その後、広島駅で最大の危機に直面することになるとも知らずに。
広島駅は広い。土産物屋も沢山ある。とりあえずわたしは切符の発券をすることにして1人、発券機に向かった。
発券機、なかった。
そう、えきねっとで予約したチケットは、JR西日本の北陸エリア以外での受け取りは出来ないのだ。ホームページにもそう書いてある。現在はどうか知らんが、当時は確かにそうだった。単純に、わたしのミスだ。わたしは顔色を失った。ハイシーズンの広島。そこそこの人数の老若男女。乗車までもうあまり時間がない。とりあえずみどりの窓口の長蛇の列に並び、同時にスマホでえきねっとの画面を立ち上げる。ところが。
ログインできない。
冷や汗がにじむ。何度もIDとパスワードを打ち込むが、ログインできません、と表示されるのみ。ヤバイ。乗車直前になるとキャンセルが出来なくなるので全員分のチケット代をどぶに捨てることになる。お金は無駄にしたらあかん。ばあちゃんが言ってた。ばあちゃんが言ってなくても無駄にするお金などこれっぽっちもない。給料日前なのだ。旅行で散財しちゃったのだ。
冷や汗をかきながら、えきねっとサポートセンターに電話をする。
「ただいま電話が大変込み合っております…このままお待ちいただくか、しばらくたってからおかけ直しください」
急いでるときに聞きたくないセリフ、ナンバーワン。
ちゃーららーと呑気な待ち受け音を聞きながら、列の流れに乗ってカウンターに向かって進む。しばらく待ってようやく私の番がやってきた。カウンターの向こうに座る駅員さんに向かって「す…」と発声したその瞬間、スマホの向こうで「お待たせいたしました」とオペレーターの声がした。
大ピンチ。目の前に駅員のお兄さん、スマホの向こうにえきねっとオペレーター、後ろには順番待ちの列。わたしの思考がフリーズした。
いきなり「す…」と発声したまま固まったわたしを、駅員のお兄さんが訝しげに見ている。失礼ながら、ちょっと今流行りの鉄オタっぽい見た目のお兄さんであった。まさかコイツ「好きです!」とでも言いだすんじゃなかろうな、と不安げな表情(に見えた)でわたしを凝視していた。ヤバイ、誤解を解かなければ。わたしは更に狼狽えながら、何とか声を絞り出した。
「す、すみません。えっとですね、えきねっとの発券がこちらの駅で出来ないことを忘れてまして、ええと席の取り直しをですね」
あわあわと説明していると、スマホの向こうでオペレーターさんが言う。
「お客様?どうされましたか?」
「ええ、えっとですね、えきねっとの発券がこちらの駅で出来ないことを忘れてまして、ええとチケットのキャンセルをですね」
「了解しました、お調べいたしますので少々お待ちください」
オペレーターのお姉さんがまったりと言う。
「あ、それがですね、ちょっともう時間が…」
涙目になってスマホに語り掛けつつ、駅員さんに向かってすみませんすみません、と頭を下げる。すると、駅員のお兄さんの目がキラリ、と光った。指で眼鏡をくいっと押し上げると、言ったのだ。
「状況、理解しました。お任せください」
な、何を任せるんだ。良く分からないけど勢いに飲まれてわたしは頷いてしまった。すると、お兄さんがパソコンの画面に向き直った。かとおもうと、スタタタタタターン!キーを押す音が周りに響き渡る。指を爆速で動かしながらお兄さんがこちらを見ずに言う。
「まずそちらのえきねっと、キャンセルを続けて下さい。キャンセルした瞬間に出た空席をこちらで抑えられるか見てみます。同時進行で他の車両も確認するのでキャンセル出来たら教えてください!」
速い。喋りもキーを打つ指の速さも音速を超えている。
わたしはあわあわと頷きながら、必死でキャンセル手続きを進める。なんかもうチケットがどうこうではなく、やり遂げねば、と思った。意味の分からない激情に突き動かされていた。
「よしよしよしよし、こいこいこいこい…」
無意識なのか、前かがみでパソコンに向き合うお兄さんの口から独り言が漏れる。
最早、パチンコ台に座ったおっさんの台詞である。
お兄さんの勢いに押されながら、やがてわたしはえきねっとのパスワードをリセットして震える指でキャンセルを押した。そして、わたしたちは同時に叫んだ。
「っしゃおらああああああ!!!!!」
お兄さんが、腕を空に突き上げた。
キャンセルが、出来た。新しい席が、取れた。
後ろに並んでいたおばあさんがぎょっとした顔でこちらを見ていた。堪え切れず感涙にむせぶわたしに、お兄さんがそっとチケットを渡してくれた。
「本当に…なんとお礼を言ったらいいか…」
「礼には及びません。それより、発車までもう少しなので急いでください。ご武運を!」
直立不動で敬礼してそうなセリフである。ヤバイ。かっこいい。
滂沱の涙を流しながら、わたしは頷いた。そのままカウンターに背を向けて走り出す。順番を待っていた他の人々が、呆気に取られてこちらを見ている視線を感じた。小走りに走りながら、なんか訳の分からない笑いが込み上げてきた。この経験をしただけでも、広島に来た甲斐があった、と思った。
JR西日本広島駅のみどりの窓口の駅員さん、ありがとう。
あの時、あなたは確かにわたしたちのヒーローでした。
おしまい
後日、感激冷めやらぬままにJR西日本にお礼のメールをしたためた。「本人に伝えましたところ、感激しておりました」と丁寧な返事を頂いた。今日もあのお兄さんが張り切って誰かを救っているといいな、と思う。
サポートしてというのもおこがましいので、しなくて大丈夫です!気にしないで!まじでまじで。サポートしていただいてもひまわり荘のヤツらとの飲み会に消えて、また不穏なネタが増えるだけですから!